悪魔たちのラプソディ サンプル | Of Course!!
  • Top
  • Offline
  • 悪魔たちのラプソディ サンプル

悪魔たちのラプソディ サンプル

・魔王と眷属の日常

 

 世界のどこかに、魔界と呼ばれる場所が存在する。そこに住む者たちの多くは人間を食糧とするため、人間からは「悪魔」や「怪物」などと呼ばれ恐れられていた。その頂点には「魔王」と呼ばれる者が立ち、住人たちが人間を狩りすぎないよう調整している。絶対的な力を持つ魔王の統制がなければ、必要以上に狩りを行い人間の数を減らしてしまう者が現れるため、悪魔と人間の均衡を保つために魔王の存在は欠かせない。

 現在の魔王は悪魔としてはまだ若いが、いま魔界にいる誰よりも強い。彼は魔王の座についた直後から、父である前魔王の怠慢をいいことに人間を多く狩っていた者たちを厳しく取り締まり、人間の領域を侵しすぎないよう心を砕いていた。人間があまりにも減ると後で困るのは住人たち自身ということもあり、日々きびしく統制を行う彼を、多くの住人は好意的に見ている。そんな彼の傍にはいつも、一人の悪魔がいた。

 その悪魔ユウが、鍋に入ったクリームシチューを楽しそうに掻き回す。湯気を立てるそれを満足そうに見ながら、お玉で掬い皿によそった。

「マサユキ先輩、できましたよ」

「ああ」

 テーブルに置かれた皿を、マサユキが見下ろす。

「うまそうだな」

「本当ですか まぁ、とりあえず食べましょう」

 ユウから手渡されたスプーンを、マサユキが受け取る。彼の向かいに腰を下ろして、ユウが自分の皿を見た。

「じゃあ、いただきまーす」

「いただきます」

 揃ってシチューをスプーンで掬い、口に運ぶ。

「お、うまい」

「うん、いい感じですね」

 ユウが二回うなずく。

「ねっ、先輩。こうやって誰かと一緒に食事するっていうのも、いいものでしょう

「そうだな」

 またシチューを口に含み、マサユキが息を吐いた。

 

----------------

 

・少女と強欲の悪魔(のざちよ)

 

 魔界には、様々な悪魔や怪物が入り乱れている。そのため、異なる種族同士の夫婦も珍しくない。そのような夫婦の間に生まれた子どもは、どちらかの親と同じ種族になることもあれば、両方の種族の特徴を併せ持つ場合もある。夫婦間の子どもが複数いれば、兄弟で全く違う種族になることも多かった。

 また、悪魔と人間の混血もある程度の割合で存在する。その大半はインキュバスが人間の女に産ませたり、サキュバスが人間の男と交わった時に授かったりした子どもだ。そういった子どもの場合は、魔界の住人同士の時とは異なり、ほとんどが悪魔としての特性を持って生まれてくる。だが、何事にも例外は存在する。

 その例外の一人であるチヨは、インキュバスの父と人間の母の間に生まれた。彼女は魔術への耐性が多少あることと、傷の治りが早く身体が丈夫なこと以外は、普通の人間と変わりなかった。生まれて間もない頃から父親と共に魔界で暮らしている彼女の世界は、家の中だけで閉ざされている。他の悪魔や怪物の餌食になってしまうかもしれないから、外に出てはいけない。それが父親の言いつけだった。だがチヨは、父親が本当に心配していることが何なのか分かっていた。

 父親と目が合ったチヨが微笑んでみせると、彼も笑み返す。その瞳に宿った色に身体がすくみそうになるのを堪えていると、父親が家を出て行った。恐らく、獲物を探しに行ったのだろう。ひとまず今日は助かったと思っていいのかもしれない。胸を撫で下ろしたチヨは、玄関の扉を見つめた。

 チヨを引き取ったのは、母親が病弱で子どもを育てられないためだ。父親からそう聞かされているが、チヨは嘘だと確信している。病弱な女性が、自らの身を危険にさらしてまで悪魔の子を産み落とすことに、どんなメリットがあるというのか。父親以外の者と会ったことがないチヨですら、疑問に感じることだ。それにチヨが成長するにつれて、父親が自分を見る目が変わってきた。ナイフのように鋭く、チヨを刺そうとしているかのような瞳。捕食者の目というのは、きっとあれのことを言うのだろう。このままではいつか、父親の獲物にされてしまう。生きている限り精気を搾り取られ、枯れていくだけだ。

 だがここから逃げ出したとしても、どこへ行けばいいというのだ。父親しか頼れる者がなく、逃げるあてなど浮かばなかった。それでも、いつまで現状を維持できるか分からない。機が熟したと父親が判断すれば、その瞬間にただ食われるだけの存在に成り果てる。父親が留守の今がチャンスだ。

 チヨが両手の拳を握りしめる。何度か深呼吸をして、扉を睨みつけた。そこに歩み寄って鍵を開け、ドアノブを回す。少しだけ扉を開けて周りを窺うと、一気に扉を押して走り出した。自分はどこへ行くつもりなのか、どこへ行けるのか。不安はあるが、とにかく逃げないといけない。どこか遠く、父親に見つからないところへ。そんな場所があるのかは分からないが、とにかくあの家から離れなくてはいけない。そんな思いで走っていると、誰かにぶつかった。

「きゃっ

 こけそうになった身体を支えられ、相手を見上げる。大柄な男性が、自分を見下ろしていた。

「大丈夫か

「は、はい」

 男性が不思議そうに、チヨの全身を見る。

「何で、人間がこんなところに」

「あ、あの私」

 何と説明すればいいのだろうか。うろたえるチヨに、男性が肩をすくめた。

「とりあえず、魔王のところに行くか

「魔王

「ああ。聞いたことくらいはあるか

 チヨが頷く。

「いい人だぞ。眷属も気さくな奴だ。こんなとこにいるよりはよほどいい」

 チヨは少し考えて、再び首を縦に振った。男性に手を引かれ、歩いていく。父親以外の住人と話すのは初めてで、しかも異性であるというのに、触れられるのが嫌ではない。理由は分からないが、彼の手はチヨに安心感をもたらした。

 しばらく進んだところで、彼が向かっているのが遠目にも目立つ黒い城であることに気がついた。

「あのお城が、魔王の

「ああ。魔王は代々あそこで暮らしている。ちょうど魔界の中央でな、魔界中を見渡すのに最適な場所だ」

「そう、なんですか」

 男性が数回まばたきする。

「別に、敬語じゃなくていいぞ。そんな気を遣う相手なんて学校の先輩や教師か、それこそ魔王くらいで充分だ」

「そう、なの

「魔界なんてそんなものだ」

 男性が頭を縦に振る。

「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺はウメタロウだ。おまえは

「チヨ、だよ」

「そうか。かわいい名前だな」

 チヨが目を丸くした。

 

----------------

 

・魔女と月夜の獣(若瀬尾)

 

 魔界に住む悪魔や怪物は、魔力と呼ばれる力を持つ。彼らはその力をもって魔術を使い、時に人間を惑わす。そのため、人間は魔力というものを恐れている。例え同じ人間であろうと、その恐れの対象となることからは逃れられない。

 基本的に人間は魔力を持たないが、極まれに持っている人間もいる。なぜか女性が多いことから、そのような存在は「魔女」と呼ばれ忌み嫌われていた。なぜ魔力を持つ人間が生まれるのかは分かっていないし、分かろうとする者もいない。多くの人間は、魔女と関わることすら嫌なのだ。

 ユヅキも、そんな魔女の一人だった。彼女は魔力を持たない両親の元に生まれ、大切に育てられてきた。だがユヅキが十歳になった頃、魔女狩りに遭い、両親は命を落としてしまった。両親によって逃がされ、魔術で身を守りながら生き延びたユヅキは今、人里から離れた湖のほとりで暮らしている。彼女は十七歳になった今でも、両親を助けられなかったことを悔やみながら日々を過ごしていた。当時はまだ魔力が及ばず、自分の身を守るので精いっぱいだったのだ。

『あなたの力は、人を傷つけるためのものじゃないわ。きっといつか、みんな分かってくれる』

 それが母の口癖だった。確かにユヅキが魔術で人を害したことはないが、たった二人の両親も救えない力に何の意味があるというのか。こんなことになるなら、魔力などないほうがよかった。どうしても魔力を持って生まれる運命だったのだとしたら、もっと強い力が欲しかった。神とやらが存在するのであれば、随分と中途半端な仕事をしてくれたものだ。

 空腹を覚えたユヅキが、釣り竿を持ち外に出る。湖を覗き込んで、溜息を吐いた。いつまでこんな生活が続くのだろうか。上を見ると、真っ暗な空に星がまたたいている。あの中のどれかが、両親なのかもしれない。

「父ちゃん、母ちゃん。何かもう、やってらんねぇよ」

 両親の元に行きたいと、何度も願った。だがそれでは、命と引き換えに逃がしてくれた彼らに申し訳が立たない。そんなことを考えていると、かつて両親に歌を褒められたことをなぜか思い出した。大声で歌えば、少しは気も晴れるかもしれない。聞いている者など、どうせいやしないのだ。

 釣り竿を地面に置いたユヅキは、大きく息を吸い歌い始めた。昔、母がよく歌ってくれた子守歌。どんな歌詞だったか、おぼろげな記憶を辿りながら旋律に乗せていく。

 少し離れたところで、大きな音がした。近寄ると、茂みの中で男が倒れている。眉を寄せるユヅキの前で、彼が寝息を立て始めた。

 

----------------

 

・二人の吸血鬼(御子柴&真由)

 

 悪魔や怪物は人間より長く生きるが、決して不死ではない。悪魔にだって老衰という概念はあるし、糧を得なければ飢え死にする。今はマサユキから定期的に精気を得ているユウも、一時は限界まで飢えたことがあった。それは彼女の、思い合った相手としか身体を重ねないという信条が起こしたものだ。悪魔といえども、人間と同様に意思や理性がある以上、彼女のように敢えて糧を得ないということも充分ありえる。そのような悪魔は多くはないものの、珍しいというほどでもない。彼らが己の得るべき糧を摂取しない理由は様々だ。ユウのような信念がある者もいれば、消極的な理由で接種していない者もいる。

 吸血鬼のミコトは、消極的な理由で糧を得ていない者の一人だ。吸血鬼にとって一番のごちそうは異性の人間の血だが、彼は人間の血を吸ったことがなかった。人を襲うという行為が、彼にとってはとにかく恐ろしいのだ。人間は、悪魔よりずっと脆い。血を吸いすぎて殺してしまわないかが、ミコトは不安だった。また、彼は極度の人見知りでもある。所用で人間の世界に行く時も、友人のウメタロウやユウに付き添ってもらわなければ、まともに人間と話せないくらいだ。このままではいけないと感じてはいるが、怖いものは怖い。とはいえ、この生活をいつまで続けられるかも分からない。ミコトだって、餓死したいわけではないのだ。

 そんなことを考えていた、ある日のこと。ウメタロウの弟であるマユが、こんな話を持ちかけてきた。

『俺とミコトさんで、互いの血を吸い合いませんか

 ミコトは人間を襲うのが怖い。マユは極度の面倒くさがりで、人間の世界まで狩りに行くのが面倒くさい。そんな二人の利害は一致しており、そうすることが理にかなっているというのがマユの言い分だった。

『でも悪魔の血って、あくが強くて飲めたもんじゃねぇって言うぞ』

『それは確かですね。兄さんの血をいちど飲ませてもらったことがありましたが、えぐみが強くて飲み干すのが大変でした』

『飲んだことあんのかよ。ウメタロウも大変だな』

 多くの悪魔にとっては人間が至高の餌であり、吸血鬼も例外ではない。確かに我慢すれば悪魔も糧にできないことはないが、敢えてそうする理由がないと考える悪魔が大半だ。人間のほうが弱くて捕食もしやすいのだから、尚更だった。

 

----------------

 

・魔王と眷属の睦言

 

 常に空が淀んでいて薄暗い魔界にも、時間や日付の概念は存在する。人間の世界の基準に則ったものであり、人間の世界が暗ければ夜という程度のものだが、魔界の住人の生活もそれに従って回っている。魔界学校での授業は昼間にあるし、悪魔の狩りは人目につかない夜に行われることが多い。

 そんな魔界の夜の中、ベッドの上に横たわるユウが、わずかに身じろぎする。身体を寄せてきた彼女を、マサユキが抱きしめた。

「寒いか

「そうですね、少し」

 ユウの腕がマサユキの背中に回る。彼女のむき出しの背中を撫でて、マサユキが腕の力を強めた。

「腹いっぱいになったか」

「はい。ありがとうございます」

「別に気にしなくていい。俺だっていい思いさせてもらってるしな」

 ユウが頬をすり寄せてくる。

「私の身体、いいですか

「ああ、とても」

「それなら何よりです」

 マサユキが彼女の髪を撫で、額に口づけた。

「それにしても、先輩が魔王になってから、いろんなことがありましたね」

「何だ、急に」

「いえ。何となく、思っただけです」

「そうか」

 またユウの髪を撫でた後、細い肩を抱く。彼女の素肌はとても滑らかで柔らかく、温かい。