心模様は晴れ模様? サンプル
マンションの一室で、二人の男女が向き合って正座している。互いに相手を見る表情は真剣だ。
「佐倉。おまえも知っていると思うが、真由と御子柴が付き合い出したらしい」
「うん、そうみたいだね」
「俺としては、やはりそれぞれの気持ちが一番だと思うし、応援してやりたい。だが、二人とも男だ。世間の目は厳しいだろう」
「私も同じ気持ちだよ、野崎くん」
佐倉千代の言葉に、野崎梅太郎が頷いた。
「ここは二人の理解者として、ひとはだ脱ぐべきだな」
「そうだね。私たちでみこりんと真由くんの仲を応援しよう!」
佐倉がガッツポーズをする。
「でも、具体的に何をすればいいのかな」
「そうだな。やっぱり、普段はできなさそうなことをやらせてやれれば一番いいんだが」
「普段できないことって?」
「例えば、デートだな。二人で出かけるだけならともかく、外で指を絡め合って手を繋ぎ、見つめ合って微笑む。こんな男女のカップルが当たり前に繰り広げている光景も、男同士だと難しいだろう」
「確かに、恋人つなぎは厳しいね」
眉を寄せ、佐倉が呟いた。野崎がまた首を縦に振る。
「そこで俺たちの登場だ。罰ゲームだと二人の横で囃し立てるだけでも、周りはそうなのかと思うだろう」
「でもそれじゃ、みこりん達が二人きりになれないよ」
「ああ、そこが問題だな。何とか俺たちが手助けしつつ、あいつらが水いらずで過ごせるのが理想なんだが」
野崎が両腕を組み、考え込む。
「難しいねー」
佐倉も額を人差し指で押さえながら、思考し始めた。友人である御子柴実琴の恋を後押ししたい気持ちは強いのに、全くいい案が浮かばないのがもどかしい。
野崎が拳で手の平を叩く。
「逆に、人数を増やすというのはどうだろうか。他の奴らも誘って、男女混合の仲良しグループで遊んでいるように見せかければ、周りの目も気になりにくいんじゃないか」
「それってみんなに、みこりんが男の子と付き合ってるのをバラすってこと? 勝手にそんなことして大丈夫かな。みこりんと鹿島くんの仲がこじれないかも心配だし」
その指摘に、野崎が再び思案を巡らせた。
「佐倉の言うことはもっともだが、一体どうすれば」
「遊園地?」
二つの声が重なる。野崎が頷き、
「やっぱり遊園地デートは定番ですからね。堀先輩も、少しでも資料があったほうがいいでしょう」
「別に背景を描くからって、俺が遊園地に行く必要ねぇだろ。おまえが佐倉とでも行けばいいじゃねぇか」
「いえ、それじゃ駄目なんです」
「即答かよ」
「人数が多いほうがいいので」
堀政行が眉間にしわを寄せる。横で若松博隆が首を傾げた。
「何で人が多いほうがいいんですか? 写真を撮ってくるだけですよね」
「そうだよ。きちんと理由を説明しろ」
二人の言葉に、野崎が困った表情を見せる。
「それだけは勘弁してください」
「何だよ怖ぇな。変なこと企んでんじゃねぇよな」
「野崎先輩。遊園地にはアシスタント全員で行くんですか?」
「ああ。でもそれだけじゃ、男女比に偏りがありすぎるからな。佐倉から瀬尾と鹿島にも声がかかってるはずだ」
堀と若松が訝しげな顔になった。
「何で瀬尾先輩も?」
「おまえまさか、そんなとこでまで鹿島のお守りをしろっていうのか?」
「他には御子柴も呼ぶ予定です。あと、弟も一緒に行っていいですか?」
「弟?」
またしても二人の声が重なる。
「おまえ弟いたのか」
「はい。いま中三です」
「なら俺の一つ下ですね。先輩の弟さんも第一中なんですか?」
「ああ」
「へぇー、ぜんぜん知りませんでした」
若松が呟く。堀がまた眉を寄せ、
「ちょっと待て。何で行く前提で話を進めてんだおまえ」
「駄目ですか? 鹿島にも御子柴にもアシスタントのことは気づかれないように、精いっぱい努力するつもりですが」
「そこまでして、鹿島や御子柴を参加させる意味が分かんねぇって言ってんだ」
「そうですね。遊園地に行くのはいいですけど、取材でこんな大人数のほうがいい理由も分かりませんし」
「第一、鹿島と瀬尾が入って男女比がちょうどよくなっても、そこに御子柴とおまえの弟まで加わったら、結局は男のほうが多くなるじゃねぇか。言ってることめちゃくちゃだぞ」
二人の反応に、野崎が肩を落とした。
「やっぱり、そうですよね。仕方ない、他の手を考えよう」
堀と若松が顏を見合わせる。
「野崎先輩、何かよっぽどの事情があるんですか?」
「理由によっちゃ考えるぞ」
野崎が首を左右に振った。
「いや、いいです。忘れてください」
やはり、御子柴と真由の仲を明かさずに協力してもらおうなんて虫のいい話だったようだ。本人たちの許可なく二人の交際について話すわけにもいかないし、他の方法を探すしかない。
脳内で結論づけた野崎を、堀と若松が不思議そうに見つめていた。
(中略)
「なぁ、遊園地がどうとかって鹿島が言ってたけど、何の話だ?」
部屋に来訪してきた御子柴の言葉に、野崎が動きを止める。そういえば、最も肝心な相手に話をしていなかった。
「そのことだったら、後で話そう。もうすぐ真由も来るし」
「そうだ、真由! 何だよ、あいつまで一緒って! 鹿島とか堀先輩みたいに、あいつとぜんぜん会ったことないメンツも多いのに、なに考えてんだ」
「それも含めて、真由が来てから説明する」
御子柴が不服そうに野崎を見る。
「本当だな」
「ああ、ちゃんと言う」
頷いた野崎に、御子柴が目をつぶって少し考えた。
「ならいい。ただ、OKするかは別だからな」
「悪いな」
「そう思ってるなら、何で今まで黙ってたんだよ」
「おまえ達に伝えてなかったことを忘れてた」
「何だそれ」
呆れ顔で御子柴が溜息を吐く。その瞬間、玄関チャイムの音が響いた。野崎がドアを開けると、弟である野崎真由が立っている。
「思ったより早かったな。御子柴はもう来てるぞ」
真由が首を縦に振る。二人でリビングに入ると、御子柴の表情が明るくなった。
「よっ、真由! 一週間ぶりだな!」
「はい。こんにちは、実琴さん」
立ち上がり背中を叩いてくる御子柴を、真由が無表情で見つめる。御子柴の反応は漫画の参考になるかもしれない、などと考えている野崎のほうへ、御子柴の視線が移った。
「野崎。真由も来たんだし、話してもらうぞ」
「分かってる」
「……何の話ですか」
「ほら、メールしただろ。野崎と佐倉が勝手に話を進めてるっていう、遊園地のことだって」
「ああ、あれですか」
納得したように真由が呟く。
「勝手にというのは心外だな」
「今まで俺たちに黙ってたのは事実だろうが」
気まずそうに口を閉ざした野崎が、真由を見ながら座るように促した。真由が腰を下ろし、御子柴も元の位置に座り直すと、野崎が二人の前に正座する。正面を見据え、野崎が口を開いた。
「今回の件はな、一言で言うとグループデートだ」
その発言に、御子柴の顔が強張る。
「何だそれ」
「ほら、おまえ達ふたりだけじゃ遊園地デートなんてしづらいだろう?」
「余計なお世話だ! どうせ一番の目的は漫画のための取材なんだろ。だったらおまえと佐倉の二人で行けよ」
「いや、おまえ達をデートさせるのが目的だ。もちろん、資料も手に入ったらそれに越したことはないが」
「ますます大きなお世話だよ! 真由、おまえからも兄貴に何か言ってやれ!」
真由が御子柴のほうを向いた。
「俺はどっちでもいいです」
「反対するのを面倒くさがるんじゃねぇ! もうちょっとやる気だせよ!」
「そう言われても、実琴さんと出かけるのは面倒じゃないので、行くなら行くで別にいいかと」
「何だよこの状況! 嫌がってんの俺だけかよ!」
喚いた後、御子柴が息を吐く。
「メンバー誰がいるっけ?」
「おまえたち以外だと、佐倉、堀先輩、若松、鹿島、あと瀬尾もいるな。それと俺だ」
「ならおまえと佐倉がペアで、鹿島と堀先輩、若松と瀬尾か」
「いや、俺が瀬尾と組むつもりだ」
「はぁっ!?」
野崎に片思いしている佐倉のことを考えると、彼女と野崎が組まないなどありえない。
「俺だって瀬尾とペアというのは気が進まないが、若松とあいつを組ませるのもかわいそうだからな」
若松に気を遣うのもいいが、佐倉の気持ちに気づいてほしい。そう考える御子柴をよそに、「佐倉と若松の組み合わせは悪くないと思うぞ。仲もよさそうだし」などと野崎が呟いている。貴重な女友達かつアシスタント仲間である佐倉のために、この状況を見過ごすわけにはいかない。
「やっぱ俺も行くわ」
御子柴の言葉に、野崎の表情が明るくなった。