一緒に歩こう サンプル
「お兄さん、落としましたよ」
声と共に、生徒手帳を差し出される。
「ああ、悪い」
相手の顔を見ながら、それを受け取った。小学生みたいだが、随分とイケメンだ。将来有望だな。
「あの、お兄さん? 私の顔に何かついてますか?」
「えっ、ああ、いや。なんでもねぇ」
そいつが、俺の生徒手帳へ目を向ける。
「その学校、私も来年から通うんです」
「おまえ小六か。なら、校内で会うこともあるかもな」
「そうですね。その時はよろしくお願いします!」
満面の笑みで、そいつが頭を下げた。
「じゃあ、私はこれで」
「ああ。拾ってもらって悪かったな」
立ち去っていくそいつの背中を見送る。赤いランドセルが揺れるのが目を引いた。ん? 赤いランドセル?
そうかあいつ、イケメンだけど女だったのか。声は高かったけど、小学生ならだいたい声変わりしてねぇから、普通に男だと思ってた。
それにしても、来年から同じ学校か。またあの顔が見れるのかと思うと、少し楽しみだ。そうだ、演劇部にスカウトしとけばよかったな。演技経験がなかったとしても、見た目だけでじゅうぶん華やかだし。
あいつが向かったのと、逆方向へ歩いていく。別の部に入られる前に、あいつを確保することはできるのだろうか。
春が来て、俺は中学二年生になった。一年生が体験入部をする時期になって、部活をやってる奴らはみんな浮足立っている。今年から「先輩」になる二年生は特にだ。
「部長。ちょっと俺、外で一年生に声かけてみようと思うんですが」
部長が俺を見て、眉を寄せる。
「そうだなぁ。確かに運動部なんかが人気だし、人前で演技するなんて恥ずかしいって言って、自分からは来てくれない子も多いし。そうしたほうがいいのかもな。じゃあ堀、頼んだぞ」
「はい」
軽く頷いて、部室を出る。下駄箱で靴を履き替えて、校舎の周りを歩き始めた。あちこちで他の部が呼びかけをして、一年生の目を引いている。俺も負けてらんねぇな。
息を吸い込み、口を開く。
「あれ、お兄さん」
声に振り返ると、見覚えのある奴が立っていた。相変わらずのイケメン顔で、俺に笑顔を向けてきている。
「おまえ、あの時の」
そいつの笑みが深まった。
(中略)
「やった、堀先輩の連絡先ゲット」
小さく笑うそいつに、息をついた。
「何がそんなに嬉しいんだ」
「えーだって、先輩の番号ですし」
意味わかんねぇ。
「なんで俺の番号ってのが、そんなに嬉しいんだ」
鹿島が頬を膨らませた。
「先輩、意外と鈍いですね」
そいつが距離を詰めてくる。
「好きです」
は?
「誰が誰を?」
「私が、堀先輩をです」
真剣な瞳が俺を見た。
「初めて会った時から、先輩と同じ部に入るつもりでした。もっと先輩のことを知りたいし、先輩に近づきたいです」
そうか。ほとんど演劇経験ないのに演劇部に興味を持ったのも、ヒロイン役を渋ってたのにすぐ手のひらを返したのも、そういうことだったのか。
鹿島の視線が突き刺さる。早く答えないといけない。
「俺、は」
本当に恋しているように振る舞っていたこいつから、目が離せなかった。他の奴がこいつとラブストーリーをやるなんて、演技でも嫌だと思った。それって多分、つまり、
「俺も、おまえのことが好きだ」
鹿島の表情がやわらいだ。目を見開いたそいつが、満面の笑みで手を握ってくる。
「嬉しいです! これからよろしくお願いします!」
苦笑して、そいつの手を握り返した。
「こちらこそ」