望んでいるのは サンプル | Of Course!!
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望んでいるのは サンプル

 静かな部室の中、俺は一人で椅子に腰かけている。部員はほとんど帰路に着いて、外も暗くなってきていた。正直なところ、できるだけ早く帰りたい。だがまだ女子更衣室に一人だけ、部員が残っている。随分と遅いが、何をもたついてやがるんだか。さすがに覗くわけにはいかないけど、そろそろ声でもかけたほうがいいかもしれない。

 しかしよく考えてみると、とんでもないシチュエーションだよな。更衣室も含めた部室内に今は俺と、まだ着替えてる鹿島しかいないなんて。鹿島はイケメンだし王子だけど、正真正銘の女だ。俺も年頃の男だし、さすがに俺と鹿島のあいだで妙なことが起きるとは思えない、とは言えない。少なくとも俺は、鹿島のことを異性として意識してるんだからな。いつからあいつをそういう目で見るようになったかなんて、もう覚えていない。けっこう前からのような気がするし、最近になって気づいた思いのようにも感じる。

「やっぱりないなぁ。あれ、なんで

 更衣室から、そんな声が小さく聞こえる。すぐにドアを開ける音と、慌ただしい足音が近づいてきた。

「すみません先輩、私の靴下しりませんか!? さっきから探してるのにぜんぜん見当たらなくて」

 やけに時間かかってると思ったら、そういうことか。

「いや、見てねぇ」

「そうですか。おかしいなぁ、ちゃんとロッカーに置いといたのに」

 鹿島が眉を寄せ、首を傾げる。そいつの足元に目を落とすと、素足に上履きという出で立ちだった。鹿島の足をまともに見るのは初めてだが、こいついい足してるな。引き締まっているけど、やたら細すぎるわけでもない。正直いって、理想の足だ。まるで、このあいだ写真で見た足みたいだ。いやそれどころか、あの足そのものなんじゃないか

「先輩 どうしたんですか、ぼーっとして」

 不思議そうな鹿島の肩を掴み、床に押し倒す。背中から倒れた鹿島が、目を見張って俺を見た。

「先輩

 鹿島の首筋に、舌を這わせる。身体をびくつかせた鹿島が、俺の肩を掴んできた。

「な、何してるんですか」

「何って、分かるだろ。いくらおまえでも」

 確かに御子柴も、あの足は鹿島のだと言っていた。でも、信じられなかった。いやもしかしたら、信じないようにしてたのかもしれない。分かってしまった今、こいつに触れたくて仕方がないんだからな。

 鹿島が身を捩り、手に力を込めてくる。

「ま、待ってください。先輩」

「待てねぇ」

 左手で肩を押さえたまま、右手を胸の上に這わせる。その手首を鹿島が掴み、強い力で振り払った。

「やめてください」

 冷たい声に、顔を上げる。鹿島を見ると、軽蔑するような目を向けられた。その視線に、頭が冴えていく。俺は、なんてことをしようとしてたんだ。

 鹿島の上から身体をどかして、床の上に正座する。鹿島が上体を起こして、俺を見た。

「先輩、なに考えてるんですか

 冷ややかな瞳に、顔を俯かせる。本当に、なに考えてたんだ。いきなりこんなことをして、こいつが嫌がらないとでも思っていたのか。いや、きっと思ってたんだ。俺に懐いている鹿島なら、なんだかんだいっても、最終的に受け入れてくれるって。

「黙り込んでないで、何か言ったらどうですか

 肩が跳ねる。こんな冷淡な鹿島の声、演技でも聞いたことがない。これは今の鹿島が抱く、俺への心情そのものなんだろう。純粋に先輩としての俺を慕ってくれていたこいつを、裏切ってしまった。鹿島は俺のことを男として見てなかったのに、なんで受け入れてもらえるなんて思えたんだ。

「先輩」

 苛立ち交じりの声に、少し身を引く。床に両手をついて、頭を下げた。

「悪かった。おまえの気持ちも確かめずに、こんなことをして。謝って済む問題じゃねぇのは分かってるし、俺の顔も見たくねぇかもしんねぇけど、できれば詫びだけはさせてもらえねぇか」

 都合のいいことを言ってる自覚はある。襲っておいて、まだ鹿島との繋がりを持とうとしてるなんて。それでも俺は、こいつと離れたくない。

「許してほしいですか

 ひときわ冷徹な声に、顔を上げる。鹿島の瞳はやっぱり冷たいままだ。

「許して、くれるのか

「先輩次第ですね」

 鹿島が俺の目を見据えた。

「条件があります」

 背筋を伸ばして、鹿島を見つめ返す。

「なんだ

「私に、従ってください。私の言うことを聞いて、求めに応じてください」