彼女の結婚
のざちよ・堀鹿前提です。
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私には、好きな人が二人いる。そのうちの一人とは恋人同士で、もう一人には他に付き合っている人がいる。もう一人のほうと結ばれることはないだろうけど、それでもいい。もう私は好きな人と付き合ってるんだし、もう一人とも友達として傍にいられればいいんだ。その人が幸せでいてくれれば、私も嬉しいから。
「千代ちゃん。私、結婚するんだ」
正面に座る彼女が、笑顔で左手の甲を向けてくる。その薬指で、シルバーのリングがきらめいた。
「そっか、おめでとう」
彼女が笑みを深める。
「ありがとう、千代ちゃん。式の招待状、送るね」
「うん、ありがとう。ぜったい行くから」
彼女が笑い声を立てた。
「無理はしないでね。予定が合わなかったら、断ってくれていいから」
彼女は好きな人と、永遠に寄り添い合おうとしている。それはとても素敵なことだと思う。私も、いま付き合っている人とそうなれればいいと考えている。でも、なんだろう。なぜか、のどの奥に何かがつっかえてるような気分だ。
彼女が首を傾げる。
「千代ちゃん、黙りこんでどうしたの?」
「えっ!?」
左右に首を振ってみせた。
「なんでもないよ」
「そう? それならいいんだけど。具合が悪いなら言ってね」
そう言って笑う彼女は、とても綺麗だ。初めて会った時よりもずっと。「学園の王子様」だった彼女が魅力的な女の子だってこと、他の人はほとんど知らないと思っていたのに。
「本当に大丈夫だよ、鹿島くん。心配してくれてありがとう」
二つの恋のうち、一つが今、完全に終わったのを感じた。
本当は、前から分かってた。ショートカットだった髪が、だんだん伸びていって。ただでさえ美人なのが、もっと美しさを増していって。そんな彼女と友達でいられるだけですごいと、そう思っていたはずだったんだ。
今、目の前で純白のドレスをまとっている彼女は、世界中のどの女性よりも綺麗だ。思春期には同性に憧れる時もあるって聞いたことがあるけど、私が抱いているこの気持ちは、決してそんなものじゃない。彼女が幸せでいてくれたら、なんて自分をごまかす嘘だ。本当はあわよくば、彼女を彼女の恋人から奪えれば、なんて考えてたんだから。
彼女の隣にいる男性と、目が合う。その表情が得意げに見えた。彼は気づいてたんだ。その上で自分が彼女を手に入れたんだって、見せつけてきてる。けっこう悪趣味だな、あの人。いや、
「悪趣味なのはどっちだろう」
隣の恋人が振り返る。
「千代? どうした」
横に頭を振った。
「ううん、なんでもないよ」
微笑むと、彼は不思議そうに目を逸らす。きっともう、目の前で繰り広げられている、実物の結婚式へ意識が向いているんだろう。でも、そのほうがいい。彼には、この気持ちを知られたくない。
手に入らないと分かっていて、不毛な恋心を抱き続けていた私のほうが、彼女の恋人よりずっと悪趣味だ。きっとすごくマゾで、どうしようもない。それでも、手放せなかった。
また振り向いた恋人が、目を見開く。
「千代、本当にどうしたんだ?」
また左右に首を動かした。目元を拭い、口角を上げる。
「なんでもないって。ただ」
寄り添い合う二人に目を向けた。
「鹿島くん、すっごく綺麗だなって」
「ああ」
私の恋人が、彼女たちを見る。
「千代がああいう格好したら、例えようもなく綺麗なんだろうな」
彼が、私へ視線を動かした。
「俺の隣で、着てくれるか?」
目を見開いて、彼を見つめる。大きく頷いて、また彼を見上げた。
「もちろん」
「千代ちゃん!?」
彼女の手が頬を包んでくる。
「なんで泣いてるの!? 野崎が何か変なこと」
「ち、違うよ」
近くで見上げる彼女は、やっぱり綺麗だ。
「すごく嬉しいこと言ってくれたから、嬉し泣きだよ」
彼女が肩をすくめて、抱きしめてくれた。
「それならいいけど、嫌なことがあったら無理しないでね。野崎に変なことされたら、すぐに言って。いつでも飛んでくるから」
頭を撫でてくれる彼女は、すごく優しい。優しくて、残酷だ。
「そんなことは起きないと思うけど、ありがとう。鹿島くん」
彼女が「のろけられちゃったな」と笑う。この笑顔も、優しい手も、決して手に入れることはできない。
彼女の手を掴んで、私の頭から外させる。
「先輩のところに戻って、鹿島くん。主役なんだから」
「あ、そっか」
彼女が手を振って、旦那さんの元へ向かっていった。微笑み合う二人の姿に、また涙がにじんでくる。
二つの恋のうち、一つは完全に終わった。でも私はまだ、それを捨てられそうにはない。
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初出 2017/8/20(SUPER COMIC CITY 関西 23無料配布ペーパー)
update 2017/9/1