揺れる、揺れる
人間に猫耳のようなミミとシッポがあり、オトナになると取れるという設定を拝借したものです。
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道を歩きながら、隣の鹿島へ視線を向ける。満面の笑みを浮かべるそいつの頭上では、ミミが忙しなく動いていた。
「何がそんなに嬉しいんだ」
鹿島が振り向く。
「そりゃ、堀先輩と一緒だからですよ」
視界の端で、鹿島のシッポが揺れた。
「それだけか?」
「それだけってなんですか。私にとっては重要です」
頬を膨らませた鹿島に肩をすくめる。そいつの目線が、俺の頭に向いた。手を伸ばしてきたそいつが、俺のミミをつつく。
「やめろ」
鹿島の手を払いのける。そいつが楽しげに笑った。
「先輩のミミも、人のこと言えない状態ですけど」
「うるせぇ」
笑顔の鹿島を、横目で見る。ミミは相変わらず揺れていた。
「そういえば先輩。王子ってやっぱり、ミミが付いてるほうがいいんですかね」
「どうした急に」
「いえ、なんとなく」
鹿島の言葉に、考える。
「まぁ、そうだろうな。ヒロインと出会った時点でミミが落ちてるってことは、他に女がいたってことになるわけだしな」
「ミミが落ちちゃってたら、ヒロインだけの王子様って感じしないですもんね」
「そうだな。とはいえ、もしおまえがミミなしになったとしても、劇の時は付けミミで対処することも」
鹿島が声を立てて笑った。
「私がミミなしですか。なんかピンと来ないですね」
もしこいつが、ミミなしになるとしたら。
「確かにな」
こいつが誰かに、抱かれるとしたら。相手はいったい誰なんだろうか。
鹿島が目を向けてくる。
「先輩? どうしたんですか、そんな不機嫌そうな顔して」
「は?」
そいつが俺の眉間をつついた。
「しわ、寄ってますよ」
また鹿島が笑う。そいつのシッポが、ゆるりと揺れた。
「何か嫌なことでも思い出したんですか?」
「いや」
前方に視線を投げる。
「そういうんじゃねぇ」
鹿島が首を傾げた。
「そうですか? まぁ甘いものでも食べれば、嫌なことも吹っ飛びますよ」
そいつのシッポが、また左右に動く。
「そうかもな」
いつか誰かが、鹿島のミミとシッポを落としてしまう。そう考えると、胸の奥がざわついてくる。きっと俺は、鹿島のミミを落とす誰かに嫉妬してるんだろう。それが誰かも分かんねぇのに。
「先輩、先輩ってば」
声に振り返る。
「悪い、ぼーっとしてた。もういちど言ってもらえるか」
「ですから、寄る場所、駅前のカフェでいいですか?」
「あ、ああ。構わねぇぞ」
鹿島が両肩を上げた。
「先輩ってば、どうしたんですか?」
「別に」
「別にじゃないでしょう?」
鹿島がまっすぐ見つめてくる。息をついて、そいつと向き合った。
「おまえのミミが落ちたら、なんて今まで考えたことなかったんだが。いざその可能性を考えると、正直おもしろくねぇなって」
こいつのミミを落とす男が、俺であればいいなんて。そんなこと、こいつには、
「そうですよね。先輩だっていつか、ミミが落ちちゃうんですよね」
鹿島がミミを伏せる。
「私も、特に意識したことなかったですけど。先輩のミミも誰かに取られちゃうって考えたら、なんか嫌だな」
その言葉に目を見張った。鹿島が寂しそうに、瞳を揺らす。
「ねぇ先輩。先輩のミミとシッポ、私にくれませんか?」
風が吹き抜けて、鹿島の前髪をなびかせる。力なく垂れたシッポが、地面に影を落としていた。その影に視線を向けて、目を閉じる。まぶたを開くと、鹿島の目を見つめた。
「おまえのも、俺にくれるなら」
鹿島が目を見開く。口元を緩めたそいつが、小さく頷いた。
「はい、もちろん」
微笑を返して、また歩き出す。合わせて、鹿島も足を進めた。またそいつのミミとシッポが、わずかながら揺れ始める。もしかしたら俺も、同じ状態かもしれない。
いつかきっと、互いにミミをなくす時が来るんだろう。だが今はまだ、その時じゃない。
再び、鹿島の揺れるミミに目を向ける。まだ当分は、こいつの感情を乗せてくれるこれを、失いたくはない。
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update 2017/8/1