夢は失われた
黒猫のウィズ内イベントストーリーのパロです。キャラが義肢を着けてたり死ネタを含んでいたりします。
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夢と現実の狭間の世界で、戦う者たちがいる。彼らは日々、誰かが抱き叶わないまま終わった、見果てぬ夢を斬り、穿ち、消し去っている。見果てぬ夢の成れの果て、『ロストメア』。それらは自らを叶えようと、現実へ向かう。だが、叶わないはずのロストメアが現実に出てしまった時、世界にとんでもない影響を及ぼすこともある。夢は夢のままで終わらせなければいけない。
そのためにロストメアを追い、狩る者たちは『メアレス』と呼ばれる。その名の通り、メアレスは夢を持たない。だからこそ彼らは、ロストメアと戦える。夢を持つ者は、誰かの抱いた見果てぬ夢を狩ることができないのだ。
メアレスが夢を持たない理由は様々だ。かつて何かの夢を抱き、それが叶わず夢を捨てた者が多いが、夢を持ったことがないという者も中には存在する。多くのロストメアを撃ち抜き、同業者から一目置かれているカシマも、その一人だ。彼女は運動も勉強も何でもできて、望みなど持つ必要がなかった。願いがなくても、生きてこられた。そしてこれからもきっと、夢を抱くことはないのだろう。
宙を舞う異形のロストメアに、カシマが銃の照準を合わせる。引き金を引くと、あっという間にロストメアが消え去った。
「一丁あがり、と」
銃を使いこなすことも、カシマにとっては造作もないことだ。生まれてから今までの間に、苦労した記憶などない。彼女があっという間に多くのロストメアを倒し、優秀なメアレスとして名を馳せたのも必然と言えた。
歩き出したカシマの後ろから、足音が近づいてくる。振り返ると、よく見知った同業者がいた。
「よっ、カシマ。今日も絶好調だな」
「ミコシバ。そっちはどう?」
「ああ、何とか仕留めたぜ」
「そっか、よかった。何か食べて帰る?」
「そうだな。じゃああそこ行こうぜ、こないだの」
そんな会話をしながら、ミコシバと二人で歩いていく。この世界での生活は、日々ロストメアを狩り、時に同業者とつかの間の交流をする、その繰り返しだ。たまに手を焼かせてくれるロストメアはいるが、基本的には同じことをまいにち行うだけ。単調な毎日だ。だが、それでいい。
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
悲鳴に二人が足を止める。振り返ると、女性がロストメアに追われながら走っていた。今まで見た中でもかなり大型なロストメアに、揃って息を呑む。
「これは一人だと骨が折れそうだね。ここは一つ、共闘としゃれこもうか」
「ああ、そのほうがいいな」
「分け前の話は、後にしたほうがいいね」
カシマが再び銃を手に取る。ロストメア目がけて撃つと、それがカシマ達へ顔を向けた。
「よし、こっち向いた」
「おまえ、よくこの距離で当てられるな」
「そんなこと言ってないで構えて、ミコシバ。来るよ」
雄叫びを上げながら、ロストメアが迫ってくる。銃弾を撃ち込み続けるカシマの隣で、ミコシバが剣を構えた。
「間合いに入ってきたら、お願い。私も援護するから」
「分かってる」
カシマが弾を放ち続けながら、ロストメアの横へ回り込む。カシマのほうへ向きを変えたロストメアに、ミコシバが斬りかかった。
「よそ見すんじゃねぇよ!」
大剣の刃が、ロストメアを切り裂く。だが、消滅させるには至らない。
「ミコシバ、ぼーっとしないで!」
カシマがロストメアに弾を打ち込む。それを見ながら、ミコシバが剣を構え直した。
「いくぜ、ロストメア!」
ミコシバが走ろうとした瞬間、突風が吹き抜ける。剣が風を受け、ミコシバの体勢を崩した。
「ミコシバ!」
ロストメアが、真っ直ぐミコシバを見る。きつく目を閉じたミコシバの耳に、大きな銃声が届いた。カシマのものとは、明らかに違う。
まぶたを上げると、少しずつ消滅するロストメアが視界に入る。一体、何があったのだ。
「ミコシバ、大丈夫!?」
駆け寄ってきたカシマが、ミコシバの顔を覗き込んでくる。
「さっきのって」
ミコシバが周囲を見回す。カシマも視線を巡らせていると、小柄な影が近づいてきた。バズーカのような大きな武器を担いだその人物は、カシマ達とあまり歳が変わらないであろう男だった。
「大丈夫か、おまえ」
カシマが目を細める。
「見慣れない顔ですけど、新入りですか? 同業者が戦っているところに手を出すのは、マナー違反ですよ」
「ああ、そうだったな。うっかりしてた」
「でも、ありがとうございます。ミコシバを助けてくれて」
カシマが頭を下げる。顔を上げて男を見ると、真っ直ぐ見つめ返された。視線を注がれ続けることが気恥ずかしくなり、カシマが目を逸らす。
「私の顔が、どうかしたんですか」
「いや」
男が担いでいた武器を下ろした。
「おまえ、いい役者になれそうだなって」
「役者?」
再び男へ視線を向けたカシマが、目を丸くする。
「お芝居してるんですか?」
「前はしてた」
彼の返答に、カシマは自分の失敗を悟った。
「すみません」
目の前にいるのが同じメアレスと分かっているのに、なぜこんなことを訊いてしまったのか。
「何で落ち込んでるのか知らねぇが、ここにいても仕方がねぇ。飯でも食いに行くか? 獲物を横取りした詫びっちゃ何だが、奢るぞ」
カシマとミコシバが、顔を見合わせる。また揃って男を見て、
「まぁ俺たちも、もともと飯を食いに行くつもりでしたけど」
「いいんですか? 初対面の人にそんな」
「構わねぇ。むしろ、メアレス同士の約束事を破ったのはこっちだしな。それくらいはさせてもらえねぇか」
ミコシバと目配せし合った後、カシマが頷いた。
「それじゃ、お願いします」
「よし。じゃあどこ行く?」
「私たちのお勧めでよければ、行きませんか?」
「ああ」
男が首を縦に振り、武器を手に持つ。彼の手元から光が発せられ、武器がそれに包まれる。光が霧散した後、武器があったはずの場所は、何もなくなっていた。
「今の、魔法ですか?」
「まぁ、そんな感じだな」
「魔法使いなんて珍しいですね」
男が肩をすくめる。
「確かに、今はほとんどいねぇよな。それより、さっさと店に行くぞ。悪いけど、案内してもらえるか」
「分かりました! では行きましょう」
歩き出したカシマの隣に、ミコシバが並ぶ。その後ろから、男がついてきた。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はカシマ、こっちはミコシバです」
「よろしくお願いします」
ミコシバが会釈する。
「おまえ達は、コンビを組んでるのか?」
「いえ、今日はたまたま手を組んでただけです」
「そうか。俺はホリだ。よろしくな」
「ホリさんですね。よろしくお願いします!」
振り返って笑顔を見せるカシマに、ホリが頷いた。
「着きましたよ」
ミコシバの声に、カシマが前を向く。簡素な木造の小屋が、彼らの目の前にあった。
「ここ、安くてボリュームもあってうまいんすよ」
「へぇ、そりゃいいな」
カシマが扉を開け、三人で中に入っていく。席に着くと適当に料理を注文し、互いに向き直った。ホリが、向かいに座るカシマとミコシバへ代わる代わる視線をよこす。
「おまえ達は、ここで出会ったのか?」
「はい。お互いにメアレスになって、この世界に来てからですね」
「何でメアレスになったか、訊いてもいいか?」
カシマが目を丸くする。
「私はいいですけど、ミコシバは」
「別に構わねぇぞ」
「だ、そうです」
カシマがホリを見つめた。
「といっても、私はおもしろみも何もないですよ。そもそも、夢を持ったことがないんですから」
ホリが目をしばたたかせる。
「は? 何だそれ」
「自慢じゃないですけど、私は昔から何でもできました。勉強でも運動でも、挫折した経験なんてありません」
「じゅうぶん自慢に聞こえるんだが」
カシマが苦笑する。
「まぁそんな感じなんで、夢とか希望とか、無縁の生活だったんですよね。何も望む必要がなかったんです。で、だったらメアレスにでもなろうかなって」
明るく笑い声を立てるカシマに、ホリが肩をすくめた。
「まったく、羨ましいもんだな。ミコシバだっけ、おまえは?」
「はい。俺は」
ミコシバが背筋を伸ばす。
「俺には、絵描きの友人がいました。そいつは話を考えるのも得意で、一人で絵本を作ったりしてました。俺はたまに、そいつの手伝いをしてました」
「絵描きの手伝い?」
「はい。俺は小物や花を描いたり、絵を華やかに見せる効果を加えるのが得意だったんです。他に絵の具を塗るのが得意な奴も、そいつを手伝ったりしてました。そいつはけっこう人気で、仕事を多く抱えてて、一人じゃ作業が追い付かなかったから」
「へぇ、器用なんだなおまえ」
ミコシバが首を横に振った。
「逆に言うと、俺が手伝えるのはそれくらいでした。でもそいつは、俺の効果があるのとないのとでぜんぜん違うって、俺の腕を買ってくれて。だから俺は、そいつが必要としてくれている限り、そいつの手伝いをしたいと思ってました」
「それもまた夢、だな」
「はい。でもある時、事故で手を怪我してしまいました。日常生活には問題ない程度まで回復したんですけど、前ほど細かい作業ができなくなって、そいつの手伝いにも支障が出たんです。そいつも他に手伝ってる奴も、まるで気にしてないように、友人として接してくれました。でも俺は、まともに手伝ってやれないことに、耐えられなかった」
ミコシバが俯く。
「そして俺は、そいつを手伝い続けるという夢を捨てて、メアレスになりました。でもこの手じゃ、武器を選ぶのにも選択肢が狭いんすよ。銃の引き金はうまく引けねぇし」
「それで剣か」
ミコシバが頷いた。ホリが呆れ顔で息を吐く。
「おまえら、随分と落差があるんだな」
「メアレスになった事情は、人それぞれですしね」
「それぞれすぎだろ。何だ夢を持ったことねぇって」
「確かに、かなり少数派ですね」
無邪気に笑うカシマを、ホリが見つめる。そこに店員がやってきて、料理を何品かテーブルに置いていった。シーザーサラダをよそいながら、ホリが口を開く。
「おまえ達の事情を話してもらったことだし、俺も言ったほうがいいんだろうが」
「別に、無理しなくてもいいですよ」
「話したくないってわけでもねぇけど、食事中にするような話でもないからな」
自分の皿に野菜を取り分けながら、カシマが考える。ロストメアを倒した後、大きな武器を抱えて、ゆっくりと歩いてきたホリの姿。身体が小さく小回りの利きそうな彼が、なぜ敢えてあんな武器を持ち、あんな動きをするのか。
「もしかしてホリさん、脚が悪かったりしませんか? それであまり動き回れなくて、大きな武器で遠くから一発でロストメアを仕留めようとしてるとか」
ミコシバが目を見張った。
「おまえ、何を」
「なかなか鋭いじゃねぇか」
ホリがズボンの裾を、わずかにめくり上げる。そこから覗いた木の肌に、二人が息を呑んだ。ミコシバが、わずかに後ずさる。
「義足?」
「まぁ、いろいろあってな」
キャベツを食べるホリを、二人が見つめた。もしかしてこの義足が、彼がメアレスになった理由と関わりがあるのかもしれない。そう思いながら硬直する二人に、ホリが目を向けた。
「食わねぇのか?」
「あっ、食べます食べます。ねっ、ミコシバ」
「お、おぅ」
慌ててサラダを口に運ぶ二人を見つつ、ホリが息を吐く。
「そんなにこれが気になるか?」
自分の足を指すホリに、二人が顔を見合わせた。
「そりゃ、気になるかならないかっていったら、ねぇ」
「まぁ、気になるよな」
ホリが肩をすくめる。
「仕方ねぇな。聞いて気持ち悪くなったって言われても、責任とれねぇぞ」
深呼吸したホリが、正面を向いた。
「芝居をしてたっていうのは、さっき言ったな。俺は劇団に所属して、役者として舞台に立ってたんだ。自分で言うのも何だが、演技はそれなりに評価されてたと思う。でもある時、大道具が倒れてきて、脚が下敷きになったんだ。完全に潰れちまって、脚は切断するしかなかった」
「何で、大道具が」
眉を寄せるカシマを、ホリが見つめる。
「調べた結果、事故ってことになった。その時はな。まぁその後も、義足を着けてリハビリをしながら、演出なんかで劇には関わってたんだが」
「ちょっと待ってください、何か引っかかる物言いですけど。結局、事故じゃなかったってことなんですか?」
「まぁそう焦んな。ちゃんと話すから」
サラダを味わうホリに、カシマが視線を注いだ。
「分かりました」
不服そうなカシマに、ホリが肩をすくめる。
「そうしているうちに、だんだん演出のほうが楽しくなってきてな。あるていど動き回れるようになったら、裏方メインでたまに舞台に出るって感じでもいいかもしんねぇって思ってた。でもある時、遅い時間に歩いて帰ってた時に、わき腹を刺されたんだ」
カシマとミコシバが絶句した。そんな二人に、ホリが苦笑する。
「まぁ今こうしていられる程度には、大した怪我じゃなかったんだがな。ただ、その後が問題だった。犯人が、同じ劇団の奴だったんだ。そいつが惚れてた女優が、俺を気にかけるのが気に食わなかったらしい。大道具を倒したのもそいつだった」
「そんな。いくら恋愛が絡んでいたからって、一緒に舞台を作ってきた仲間を」
「仲間、なぁ」
ホリが遠い目で天井を見上げた。
「そいつは俺のこと、仲間だと思ってたんだろうか」
カシマとミコシバが、互いの顔を見る。カシマが気まずそうな表情で、グラスに入った水を少し飲んだ。
「最終的に、どうなったんですか?」
ホリがまたカシマへ目を向ける。
「俺としてはあまり騒ぎにしたくなかったんだが、周りが重く見て、そいつを警察に突き出したよ。そいつはけっきょく逮捕されて、市井にも広く知られてな。純粋に劇の内容や演技だけ見てほしくても、どうしても観客は色眼鏡で見るし、やりづらくなって劇団を去った。他の劇団の奴らにもそのことは知られてるし、人間関係せまいからな。演劇の世界で生きていくこと自体を、諦めるしかなかった」
ミコシバが、自分のグラスへ視線を落とした。
「理不尽っすね。ホリさんは、何も悪くねぇのに」
「そうですよ。それでホリさんがお芝居をやめなくちゃいけないなんて、そんなのおかしいです」
「そうは言っても、俺のわがままで劇団の奴らに迷惑をかけるわけにはいかねぇからな。それが一番よかったんだ」
カシマが、両手の拳を握りしめる。自分のことではないのに、ひどく悔しい。こんな不条理な目に遭った彼を、放っておくわけにはいかない。
「ホリさん」
真剣な顔つきで、カシマがホリを見据えた。
「提案があります。一緒に、ロストメアと戦いませんか?」
「カシマ、おまえ何を」
「私はミコシバの剣ほどじゃありませんが、ホリさんよりずっと小回りが利いて動き回れます。ある程度は近距離での戦闘もできます。ホリさんを、お助けすることができるんじゃないかと」
カシマの瞳を、ホリが真っ直ぐ見つめ返す。
「分け前は?」
「報奨金はきっちり分けましょう。ロストメアの魔力はいりません」
「その条件だと、俺の取り分が多くなるだろ。おまえが報奨金を多く取れ。魔力は本当にいいのか?」
「いいです。私は魔法を使いませんから、今までも換金してましたし。ホリさんは魔法を使うんですから、魔力はいるでしょう?」
「ああ」
カシマとホリがまた、相手の目を見る。カシマの隣で、ミコシバが唾を飲んだ。
「分かった。カシマだったな。これからよろしく頼む」
差し出された手を、カシマが眺める。口角を上げて、それを握った。
「よろしくお願いします、ホリさん」
ホリもカシマの手を握り返し、小さく笑う。それに胸を撫で下ろし、ミコシバが水を口に含んだ。
「じゃあコンビ結成記念ってことで、ここはぱっと食べて飲んで騒ぎましょう!」
「おい、支払いが俺だって分かって言ってるよな」
「分かってますよ! ホリさんもほら、賑やかにいきましょう!」
ホリが溜息を吐く。
「まぁ、こんな時くらいはな。よし、おまえら飲め飲め。ミコシバもな」
「えっ!? いや俺は関係ないし」
「関係なくないよ。ミコシバを助けてもらったのがきっかけだし」
ミコシバが、カシマとホリを交互に見た。息を漏らして、ミコシバがフォークを手に取る。
「じゃあ、遠慮なくいただきます」
「おぅ」
「ねぇミコシバ、グラタン頼まない?」
「それは今あるもん食ってからでいいだろ」
呆れ顔のミコシバに、カシマが笑みを返した。それを仕方なさそうに眺めてから、ホリがパスタを皿によそった。
「ホリさんの家って、もともと魔法使いの家系なんですか?」
銃を布で拭くカシマへ、ホリが視線を向ける。
「いや。メアレスになることにしてから、独学で身につけた。今は武器を運ぶ負担を軽くすることに注力してるけど、もっと戦闘系の魔法も使えるようになったほうがいいな」
「独学、ですか」
カシマが銃と布を、机の上に置いた。
「すごいですね! リハビリをして、義足でも普通に歩けるくらいになって、魔法まで」
「そんな大したことはしてねぇよ」
「してますよ!! 何でそんな卑下するんですか!?」
身を乗り出したカシマに、ホリが目を伏せる。
「リハビリしようが、魔法を練習しようが、ロストメアと戦うには不利なことには変わらねぇ。おまえとコンビを組んでから、なんど助けられたか」
「そんなのお互い様ですよ! 私がホリさんに助けてもらったことも多いですし」
「俺ももっと、近距離での戦いができりゃいいんだが」
「確かにそのほうが戦い方に幅が出ますけど、焦る必要ないですよ。戦いでも何でも、得意な人間がやればいいんですから」
カシマが、椅子に座るホリに歩み寄る。見上げてきたホリに、カシマが少し眉を下げた。
「ホリさん。いま私を見ながら、何を思いましたか?」
ホリが目をしばたたかせる。
「やっぱりおまえ、舞台映えしそうだなって」
カシマが悲しげに笑った。
「諦められてないんですね、お芝居のこと。本当によかったんですか? メアレスになって」
「ああ。職業病みたいなもんだから、今後もそういうこと考えるだろうけど、今さら戻れるとは思ってねぇし」
「戻れたら、戻るんですか?」
「さぁな。そんなこと、考えるだけ無駄だ」
ホリが椅子に座り直す。
「でもほんと、おまえイケメンだよなぁ。もし今でも劇団にいたら、即刻スカウトしてるんだが」
カシマが目を丸くした。
「イケメン」
「ああ」
カシマが俯いて、肩を震わせる。首を傾げたホリの前で、彼女が笑い声を立てた。
「ありがとうございます。でもホリさん、勘違いしてますよ」
ホリの手首を、カシマが掴む。彼の手をそのまま引き寄せ、自らの胸を触らせた。不思議そうな顔をしていたホリが目を見張り、カシマを再び見る。
「お、おまえ、女なのか」
満面の笑みを浮かべたカシマから、ホリが目を逸らした。
「悪い」
「いいですよ。ミコシバにも初対面の時、間違われましたから」
「ま、まさかその時も胸を触らせて」
「いえ、ミコシバはすぐ気付きましたし」
ホリが目線を、カシマの胸元へ動かす。
「気づかなかったら、触らせたのか?」
「そんなわけないじゃないですか!」
「じゃあ、何で俺には触らせたんだ」
カシマが何度かまばたきして、首をひねった。
「そういえば、何ででしょうね」
「何ででしょうね、じゃねぇよ。それよりまず、手を離せ」
カシマが掴んだままの手首を見る。
「あっ、そうでしたね。すみません」
ホリの手を離し、カシマが元いた机の前に戻った。置いていた銃を手に取り、弾を込める。
「こっちの準備はばっちりです。ホリさん、出れますか?」
「あ、ああ」
カシマの胸に触れた手のひらに、ホリが目を落とす。彼女の胸は決して大きくないが、わずかながらも確かに膨らみがあった。
「ホリさーん? 置いてっちゃいますよ?」
玄関に立つ彼女を見て、ホリが腰を上げる。
「いま行く」
「大丈夫ですか? 手伝いましょうか」
「これくらい自分で移動できる。おまえも知ってるだろ」
「分かってますけど、やっぱりちょっと不安で」
ホリが足を動かし、カシマに近づいた。
「おまえな、少しは俺を信用しろ」
「信用してないわけじゃないですけど」
「本当か?」
「本当ですって。ホリさんこそ、私のこと信じてないんじゃないですか?」
唇を尖らせたカシマの頬を、軽くつつく。
「そんなんじゃねぇよ。おまえの腕は確かだからな」
「それだけですか? ホリさんは私の銃撃の腕だけが目当てなんですか?」
「そうじゃなきゃ、何のためのコンビだよ。おまえもそのつもりで話を持ちかけてきたんだろうが」
「そうですけど、何か納得できないというか」
「わがままだな」
ホリが両肩を上げた。
「おまえらしいけどな」
「えっ。ホリさんの中で私のイメージ、どうなってるんですか?」
「よし、今日もたんまりロストメアを狩って、報奨金と魔力を稼ぐぞ」
「ちょっとホリさん!? 答えてくださいよ!」
先を行くホリに、カシマが追いすがる。背中を向ける彼の口元が緩んでいることに、カシマは気づかなかった。
二体のロストメアを、カシマが追いかける。銃の引き金を引き、一体をあっという間に消し飛ばした。もう一体に銃口を向けた瞬間、彼女の動きが止まる。そんなカシマの前で、ロストメアが撃ち砕かれた。
武器を抱えて歩いてきたホリが、カシマに目を向ける。
「どうした、カシマ。いきなり立ち止まって」
カシマが銃を下ろした。
「分かりません。どうしてかは謎ですが、何か、撃てないって思いました」
ロストメアのいた場所を、カシマが眺める。
「なぜか唐突に、これも誰かの夢だったんだっていうのを意識してしまって」
ホリが眉を寄せて、カシマを見た。
「それを意識して動けなくなるようじゃ、メアレスとしてやっていけねぇぞ」
カシマが下を向く。
「分かってます」
「今までも、こんなことがあったのか?」
「前はなかったんですけど、ホリさんとコンビを組むようになって少し経った頃から、たまに」
溜息を零して、ホリが武器を下ろした。
「今のところどうにかなってるけど、次も大丈夫だって保証はねぇ」
「はい」
「ロストメアと戦えねぇんじゃ、メアレスやめるか? おまえなら、どんな仕事でもできるだろ」
「嫌です!」
ホリが目を見開く。
「ぜったい嫌です。メアレスはやめませんし、コンビも解消したくありません。私は、ホリさんと一緒に戦いたいんです!」
また今回のようなことがあれば、彼の足を引っ張ることにしかならない。カシマもそれは、充分わかっている。だがそれでも、ホリと共にいたい。
「戦わせてください」
ホリが眉をつり上げる。
「駄目だ。おまえはもう、戦わねぇほうがいい。俺だって一応、おまえと組む前は一人で戦ってたんだ。前に戻るだけなんだから、大した問題じゃねぇ」
「だったら、せめてチャンスをください。もうしばらくコンビは続けて、次にまたこんなことがあったら、その時は本当にコンビをやめる。それじゃ駄目ですか?」
カシマの顔を、ホリが見つめる。彼女の懇願するような表情に、しばらく思案した。
「分かった。次に戦えなかった時は、メアレス自体やめろよ」
安心したように、カシマが息を吐く。
「はい、約束します」
これでまだ当分は、彼と戦える。そのことに気を落ち着かせるカシマと対照的に、ホリの顔は暗かった。
「なぁカシマ。おまえ、大丈夫か?」
ミコシバの言葉に、カシマが目を丸くする。
「えっ、何が?」
「何つーか、ちゃんと戦えてんのか?」
カシマが身を固くした。しかしすぐに元に戻る。
「当たり前でしょ。なに言ってんの、ミコシバってば」
ミコシバが硬い表情を浮かべた。
「そっか。ならいいけど、ホリさんとはどうだ? 喧嘩とかしてねぇよな」
「うん、問題ないよ。ミコシバってば、心配性だなぁ」
笑顔を見せながらも、カシマの心の内は穏やかではなかった。ミコシバにも、ロストメアと戦えなくなっていることを勘付かれている。そんなに自分は、様子がおかしいのか。
ホリと約束してから、カシマは何度も考えていた。ロストメアと戦えないということは、夢を抱いているということだ。だが自分がどんな夢を見ているのか、カシマには分からなかった。それはきっと、今までに夢を抱いたことがなかったからなのだろう。もしかするとミコシバは、カシマが抱いている夢にも気付いているのかもしれない。相談するべきか、それとも。
歩きながら思考を巡らせていると、遠くから悲鳴が聞こえた。二人で駆け寄ると、一体のロストメアが対面から向かってくる。腰のホルスターから銃を抜いたカシマが、ロストメアと距離を詰めた。
「カシマ!!」
追ってくるミコシバを気にすることなく、銃を構える。自分は戦える、戦わないといけない。ここで躊躇などしていられない。
狙いを定めて、引き金に指をかける。その瞬間、声が聞こえた。
――また芝居をしたい。
それにカシマが硬直する。
――舞台を作りたい。観客を喜ばせられる最高の舞台を、この手で作り上げたい。
その声に、カシマは聞き覚えがあった。毎日のように聞いている、誰よりも傍にいたい人の声。
――やめたくない。まだ俺は、演劇に関わりたい。
切実な声が、カシマの心を刺す。彼はどんな思いで、この夢を捨てたのだ。この夢を撃つことなど、自分にはできない。既に見果てぬ夢だとはいえ、大事な人の抱いたものなのに。
その時カシマは、唐突に理解した。自分の抱く「彼と共にいたい」という思いもまた、夢なのだということを。
ロストメアの鋭い爪が、カシマに迫る。
「カシマ!」
ミコシバとは違う声に呼ばれたのを認識したのと同時に、彼女の意識は途切れた。
「カシマ、カシマ! おい起きろ、カシマ!!」
ホリがカシマの身体を抱きかかえ、揺さぶる。しかし彼女は、少しも動く気配がない。彼らの傍では、撃ち落とされたロストメアが姿を消していっている。その光景を、ミコシバが呆然と眺めていた。ホリもミコシバも、もう分かっている。カシマは二度と、起きることはない。
「すみません、ホリさん。俺が、間に合っていれば」
彼女を抱いたまま、ホリがうなだれる。
「そんな言葉に意味はねぇ。何を言っても、死んだ人間は生き返らねぇ」
ロストメアの爪で引き裂かれたカシマの身体を、ホリが見下ろした。間に合っていれば、なんて言葉はホリだって言いたいことだ。だが、悔いても状況は変わらない。
彼女が戦えなくなっていると知ってから、ずっと不安だった。本当は一刻でも早く、彼女をロストメアとの戦いから遠ざけたかった。本人に自覚はなかったのだろうが、彼女の「ホリと共に戦いたい」という気持ちがまさに彼女の夢であったことも、気づいていた。それが彼女の死と共に、見果てぬ夢と化したことも分かっている。きっと彼女の夢はロストメアとなり、現実へと向かうことだろう。
そしてホリは、自らの夢が消えたことも自覚していた。カシマに戦ってほしくない。危ない目に遭わせたくない。彼女に生きていてほしい。そんな願いも、叶わなかった。望みを持っていた彼が戦えたのは、カシマが生きていてくれていたからだったのに。
だがまた一つ、ホリには夢ができた。それは、いま失った夢に再会することだ。実際に会ったことはないが、ロストメアの中には人型のものもいるという。ならいま消えた自らの夢はきっと、彼女の姿をしていることだろう。例え彼女本人ではなくても、彼女の姿で動いて笑ってくれるなら、これ以上の幸福はない。その夢に自分が殺されたとしても、彼女の元に行けるのであれば本望だ。
カシマを失い、こんな歪んだ夢を抱いてしまった自分は、きっともうメアレスではいられない。そう感じながら、ホリは自嘲の笑みを浮かべた。
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update 2016/8/14