うさぎの魔法
68号で野崎くんの描いた漫画に出てきた、人格修正された鹿島くんといろいろとでかい堀ちゃんの小話。堀鹿が激しく別人な上に、何かちょこっとファンタジーです。
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さっきからずっと、心臓の音がうるさい。頭の中は、少し前に告げられた言葉でいっぱいだ。あんなこと言われたの、生まれて初めてだった。
部屋の中でベッドに腰かけながら、私は宙を見上げた。頬が熱くて仕方がない。昔からかわいがっているうさぎのぬいぐるみを抱く腕に、少し力を込めた。
「ミニスカート、本当に私が履いても大丈夫かな? 似合うのかな?」
演劇部の部長である堀先輩が、私にそう言ってくれた。昔から女子にしては背が高くて、男の子には女扱いされないし、女の子には男子よりかっこいいと言われるしで、とにかく私を女の子扱いしてくれる人はいなかった。そりゃ私も、自分の見た目が女の子らしくない自覚はある。でも私だって、少しくらいは女の子として見てもらいたい。そんな私に、堀先輩が。
「女の子扱いしてもらえるのって、こんなに嬉しいんだね。どうしよう、うさちゃん。私どうにかなりそう」
ぬいぐるみをきつく抱きしめる。高校生にもなってぬいぐるみに話しかけるのが痛いのは分かってるけど、女の子として見られない悩みを話せるのは、昔からこのうさちゃんだけだった。でも今回、堀先輩に打ち明けてよかった。
「さっそく明日にでもミニスカートにしてみようかな? いきなりそんなことしたら、さすがに引かれちゃうかな」
堀先輩は、私がミニスカートを履いたらどんな反応をするのだろうか。褒めてくれるかな?
「あっ、でも」
堀先輩は、私がミニスカートを履いたところを見たことがない。それどころか私自身、きっと自分には似合わないと思って、スカートを短くしたことがなかった。だからもしかしたら、実際に履いてみたら思ったより似合わなかったってことがあるかもしれない。それでも堀先輩は優しいから褒めてくれるだろうけど、内心で幻滅されたりしたら嫌だ。それに、クラスメイトや先輩以外の部員はどう思うだろうか。
どうしよう。今さっきまで天にも昇る心地だったのに、一気に不安になってきた。堀先輩はもともと私の憧れで、彼がいるから私は演劇部に入った。その先輩に、がっかりされたくない。
うさちゃんを抱く腕に、またわずかに力を入れる。
「うさちゃん。私、どうすればいいかな」
答えなんて返ってこない。分かりきっていることなのに訊いてしまう自分が嫌になりながら、うさちゃんの頭に顔を埋めた。
学校の廊下を歩いていると、向かっている方向から一人の生徒が歩いてくる。その人は私に気がついた瞬間、微笑んだ。
「鹿島」
「堀先輩」
手を挙げて近づいてきた堀先輩が、私の足元を見て不思議そうな顔をした。
「ミニスカートにはしてないんだな」
「は、はい。やろうかと思ったんですけど、私も短いスカートに慣れてないし、ちょっと心の準備が」
苦しい。言い訳が苦しすぎる。それでも堀先輩は、また笑って私の頭を撫でた。
「そうか、まぁ仕方ないな。おまえの心の準備ができたら、ぜひ履いてみてくれ。きっと女の子らしくて、今よりもっと鹿島の魅力が引き立つと思う」
本当に、堀先輩は優しい。その優しさが心に染みてきて、涙が出てきそうだ。
「鹿島、どうしたんだ? 目元が潤んでるけど」
「め、目にごみが入っちゃって」
「そうか。見てやろうか?」
屈もうとした堀先輩から、思わず身を引いた。
「だ、大丈夫、です」
私の馬鹿! 何やってんの! せっかく先輩が心配してくれたのに、こんな失礼なことして!
堀先輩が頭を起こして、私を見る。
「ならいいんだけど、目に傷でもついたら大変なことになるから、気をつけろよ」
「はい、ありがとうございます。先輩も、気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとな」
堀先輩が私の頭を軽く押さえ、ゆるく手を振りながら去っていく。一歳しか違わないのに、大人の余裕のようなものすら感じられて、すごくかっこいい。でもそれだけに、自分の対応のまずさが際立ってしまって恥ずかしい。向かっていた方向にまた歩き出しながら、昨日とは違う意味で熱くなる頬を押さえた。
それから放課後になり、家へと帰る。今日ほど部活がなくてよかったと思う日はない。
「ただいまー」
部屋の中に入ると、机の上に鞄を置いて、ベッドに腰かけた。溜息を一つこぼし、背中から倒れ込む。
「やっぱり、ミニスカートにしといたほうがよかったのかなぁ。でも、期待はずれだって思われたら」
『彼の言葉を信じてみなよ』
とつぜん聞こえた声に、身体を起こして辺りを見回す。でも、どこにも人影がない。
「な、なに一体。誰?」
『ここだよ、遊ちゃん』
声のほうを向くと、うさちゃんが目に入った。
『やっと気づいてくれたね』
「……うさちゃん、なの?」
『そうだよ。私ね、ずっと遊ちゃんに話しかけてたんだけど、気づいてもらえなくて寂しかったんだ。やっと声が届いてよかった』
まさか、そんなことあるわけない。だってぬいぐるみがしゃべるなんて、まるで漫画の世界じゃないか。
右手で頬をつねる。走った痛みに手を離して、頬をさすった。
「夢じゃ、ない?」
『遊ちゃん。私が遊ちゃんとお話しできるのは、きっとこれが最初で最後だと思う』
「えっ、どういうこと?」
『だって遊ちゃんにはもう、私は必要ないから』
「な、何で!?」
うさちゃんを両手で掴む。いつも微笑んでいるうさちゃんの笑みが、より深くなった気がした。
『遊ちゃんはよく、女の子に見られないって悩みを私に話してくれたよね。それを聞きながら私ね、そんなことないよってずっと言ってたの。遊ちゃんは、とても素敵な女の子だよって。でも遊ちゃんには聞こえてなくて、どうしようかと思ってたの』
「ずっとって、私が話し始めた頃からってこと?」
『うん。何度も話しかけてたらそのうち聞こえるかなって思ってたんだけど、なかなか遊ちゃんとお話しできなくて。でももう、私が話しかけなくても大丈夫だね。だって遊ちゃん、悩みを話せる人ができたんでしょう?』
「堀先輩のこと? で、でも、うさちゃんはずっと話を聞いてくれた友達で」
『もう私の役目はおしまいだよ。遊ちゃんがかわいい女の子だって、彼が気づいてくれたから』
そうなんだろうか。確かにミニスカートもきっと似合うとは言ってくれたけど、私をかわいいと思ってくれてるかどうかとは別なんじゃないかな。
『遊ちゃんは、彼を信じられないの?』
「そ、そうじゃないよ。ただ、私の勇気が足りないだけ」
『それが分かってるなら、答えは簡単だよ。きっと大丈夫。遊ちゃんは世界一かわいい女の子だもん。私が保証するよ』
「……うさちゃん」
『じゃあね、遊ちゃん。私はもう遊ちゃんとお話しできないけど、これからもずっと見守ってるよ。大好きだよ、遊ちゃん』
うさちゃんから光が溢れ出て、ゆっくり舞い上がっていく。それは天井に届く前に、飛び散って消えていった。うさちゃんを見ると、いつも浮かべていた笑みが消えているように感じられる。そうか、あれはぬいぐるみ自体がそういう表情なんじゃなくて、うさちゃんの魂が私を優しく見守ってくれてたからなんだね。
うさちゃんを抱きしめて、額に鼻先を埋める。
「ありがとう、うさちゃん。私、がんばるよ」
だからもう、ぬいぐるみに話しかけるのは卒業するね。さようなら、うさちゃん。今まで本当にありがとう。私も、うさちゃんが大好きだよ。
「おはよう、鹿島くん。あれっ、スカートの長さ変えた?」
「鹿島、おまえそのスカートどうしたんだ?」
「鹿島くんイメチェンしたの? ミニスカもいいね」
登校してからというものの、繰り返しそんな言葉をちょうだいする。共通して言えることは、私を見た瞬間、みんなもれなく驚いているということだ。まぁ、しょうがないよね。
学校の廊下を歩いている間も、心なしか周りから見られているような気がする。どう思われてるのかは分からないけど、もう開き直るしかない。
「鹿島」
後ろから聞こえた声に、振り返る。視線の先から、堀先輩が近づいてくるのが見えた。
「先輩!」
彼へ向けて、足を進める。勇気を出したごほうびを得られるまで、きっとあと少し。
堀先輩の前で立ち止まる。私を見下ろした彼の表情が、どことなく嬉しそうに見えた。
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初出 2015/11/23(別冊ラブロマンス4無料配布冊子)
update 2016/7/21