恋する人形師 | Of Course!!

恋する人形師

人形師な堀ちゃんと、その恋人の鹿島くんの話。死ネタです。

 

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 徳川が天下を治める時代。上方のあるところに、室町時代から続く人形師の家があった。堀家というその家はひな人形を長く作っていたが、近頃では人形浄瑠璃で使われる人形も手がけている。先祖代々、堀家の人形はまるで生きているように表情が豊かだと評価されており、後を継ぐ者たちも生き生きとした人形を作ることに心血を注いでいた。現在の当主である政行もまた、先祖と同じように人形と向き合う人形師だ。まだ数えで二十にも満たない彼は当主としては若いが、その実力は確かなものだと評価されていた。

 完成した人形に、政行が着物を着せていく。小さな人形相手のその作業は、とても神経を使うものだ。帯を結んで全て整えた彼は、着物に歪みがないのを確認して息を吐いた。どの人形も失敗は許されないが、今回は殊更に気を遣った。口元を緩めながら人形の髪を撫でた瞬間、障子に人影が映る。

「政行さん!」

 障子を開けると、長身の女性が笑顔で立っていた。

「遊。悪いな、来てもらって」

「いいですよ、これくらい。ここから上がっちゃっていいですか?」

「ああ、構わねぇ」

 縁側に歩み寄った遊が、腰を下ろして草履を脱ぐ。縁側に上がった彼女を部屋に入れ、障子を閉めた。

「あっ、すごい。綺麗」

 人形を見る彼女に、政行が頭を掻く。

「まぁ、とりあえず座れ」

「は、はい」

 腰を下ろしながら、遊が咳きこんだ。

「どうした、具合わるいのか」

「はい。風邪ぎみみたいで、この間から少し熱っぽくて。すみません」

「そうか。じゃあさっさと用事を済ましたほうがいいな」

 政行が人形を手に取り、遊に差し出す。

「これ、もらってほしい」

 遊が目を見開いた。

「そんな。こんな立派な人形、いただけません。政行さんは上方で一番の人形遣いに認められている方ですし、その技術の粋を」

「俺の技術の粋だからこそ、おまえにもらってほしいんだ」

 彼女の腕に人形を預け、政行が微笑む。

「おまえが迷惑じゃなければ、だが」

「迷惑なんて、そんな」

 遊が戸惑ったように、人形を見た。

「本当に、いいんですか?」

「ああ。これは、おまえを思って作ったんだ。おまえにもらってほしい」

 遊が目を伏せる。

「では、いただきます。ありがとうございます」

 人形を抱え直した彼女が、瞳を輝かせた。

「やっぱりすごい。今にも動き出しそうなくらい、生命力に溢れてて」

「それがうちの売りだしな」

「それもそうですね」

 遊が小さく笑う。また咳きこみだした彼女の背中を、政行が撫でた。

「大丈夫か?」

「はい、すみません」

 政行が息を吐く。

「おまえに伝えたいことがあったんだけど、今度にしたほうがいいな」

 何度か咳をして、遊が顔を上げた。

「言いたいこと? 何ですか?」

「いや、今はやめとく。早く帰って休め」

「はい」

 遊が頷いて、腰を上げようとする。だがまた咳きこんでしまい、しゃがみこんだ。

「本当に大丈夫なのか? 家まで送るぞ」

「そんな。忙しい政行さんに、そんな面倒をかけるわけには」

「遠慮すんな。恋人同士なんだから、もっと甘えろ」

「は、い」

 遊が咳をしながら、口元を押さえる。政行が背中をさすり続けていると、彼女が目を見開き、口元から手を離した。手の平についた血に、遊が青ざめる。

「これ、って」

 遊の瞳が揺れる。彼女を見つめる政行の頬を、冷や汗が伝った。

 

 

 床の中で、遊が横たわる。彼女を見ながら、政行が口を開いた。

「労咳なんて、嘘だろ? 何でおまえがこんな目に」

 政行を見上げる遊は、とても弱々しい。

「政行さん。もう、私に構わないでください。政行さんにうつったりしたら、大変ですから」

「そんなこと言うな。俺が、おまえと一緒にいたいんだ。こんな状況で、人形作りも何もあるか」

 遊がかすかに笑う。

「政行さんってば。そういえば、この間の話って、何だったんですか?」

「ああ、あれか」

 政行が遊の手を握った。叶わないと分かっていることを口にするほど、むなしいことはない。だが少しでも彼女を元気づけられるなら、決して無意味ではない。

 遊の顔を覗き込み、熱で潤んだ瞳を見る。

「俺の妻になってほしい」

 遊が目を見張った。彼女の目元に、涙が浮かぶ。

「なりたい、です。政行さんの妻になりたい。政行さんと、一緒に生きたい」

 溢れた涙が、彼女の白い肌を伝って落ちた。

「政行さん。私、あがいてもしょうがないから、もう諦めようって思ってたんです。でも、やっぱり私、まだ死にたくないです」

 政行が遊を抱きしめる。元から細かった身体は更に痩せ、彼女が衰弱していることを政行に実感させた。

「俺は諦めてねぇ。いつかおまえの病気が治って、夫婦として共に歩んでいける時がきっと来る」

 遊の涙が、政行の着物に染み込む。いつもであれば抱き返してくれる腕が、全く動かない。政行だって、もう駄目だということは分かっている。それでも、奇跡が起きることを信じたかった。

 彼女とまた目を合わせて、距離を詰める。一瞬だけ唇を重ねると、彼女が微笑んだ。この笑顔を失う瞬間が来るなんて、考えたくない。

「本当に、うつっちゃいますよ?」

「その時はその時だ」

「……仕方のない人ですね」

 再び彼女に口付ける。それを受け入れる彼女がいじらしくて、とても愛おしい。この時間が終わらなければ、どれほどいいか。

 政行は何度も、遊と軽い口づけを交わす。いっそのこと、彼女の病気が自分にうつってしまえばいい。そんなことすら考えていた。

 それから一週間も経たず、遊はこの世を去った。政行が彼女と会ったのは、この日が最後だった。

 

 

 遊の葬儀が終わり、彼女は土の下で眠りについた。しばらくは忙しなく動いていた彼女の家族も、落ち着きを取り戻してきている。だが政行は、心ここにあらずといった様子だった。最後に会った日の彼女の言葉が、政行の頭の中を占めている。遊はとても明るくて、共に過ごした日々の中で、いつも笑顔を浮かべていた。弱音を吐くこともなく、常に朗らかな女性だった。そんな彼女が、死を恐れて泣いたのだ。その姿はとても痛ましく、政行の胸を締め付けた。

 彼女の部屋だった場所には、政行が贈った人形が置かれている。遊の形見として、彼女の家族から丁重に扱われているようだ。彼女があの世へ持っていけるように、彼女の遺体と共に埋める話も出たが、実現はされなかった。

 周りは政行に気を遣っているのか、仕事の依頼などは全く来ていない。仮に頼まれたとしても人形を作れる気は全くしないので、政行としてもありがたかった。だが、何もしないでいると彼女のことを考えてしまい、気分が沈むばかりだ。なぜ彼女だったのか。こんな理不尽なことが、あっていいものなのか。そんなことを思っても彼女は戻ってこないことくらい分かっているが、考えずにはいられなかった。

 遊が今の自分を見たら、何と言うだろうか。政行の人形を褒めてくれていた彼女のことだから、きっと落胆するだろう。自分のことは気にしないで、これからも人形を作ってほしいと言うかもしれない。少なくとも今の政行は、いつかあの世に行った時、胸を張って彼女と会えるような人間ではない。例えこの世に遊がいなくとも、彼女が失望しそうな男に成り下がるわけにはいかない。

 政行の目に、光が宿る。仕事道具を手に取った彼は、それまでの腑抜けた様子が嘘のように、手際よく作業を進めた。それとほぼ同時に、熱っぽさを感じるようになった。だが体調など気にしていたら、何もできやしない。だんだん咳も出るようになり、たびたび吐血もしたが、それを無視して手を進め続けた。恐らく自分も、労咳を発症したのだろう。それはそれで構わない。遊の元へ行けるなら、これほど嬉しいことはない。しかし死ぬならせめて、彼女への手土産として人形の一つくらいは用意したい。だからせめて、この人形が完成するまではもってほしい。できるだけ早く仕上げたいが、手抜きはしたくない。彼女に差し出す人形は、自分の中で一番の出来でなければならない。

 政行は寝食も忘れ、人形作りに没頭した。周りからはまず医者にかかることを勧められたが、そんなことをしている時間はない。自分の身体がかなり弱っていることは、政行自身がよく分かっている。だからこそせめて、彼女に誇れる自分でいたかった。もうすぐ人形ができあがる。その完成を迎えるのと、自分が死ぬのとではどちらが早いだろうか。そんなことを考えながら、手を動かし続けた。

 

 

 数日後、訪ねてきた友人によって、作業部屋で息絶えた政行が発見された。その腕の中には、女性をかたどった人形がある。その人形はとても綺麗で、過去の彼の作品の中で最も生き生きとしている。人形を抱く政行の表情はとても穏やかで、安らかなものだ。それを見た者たちは、きっと遊が迎えに来たのだろうと口を揃えて言った。彼が最期に満足していたことを誰もが確信しながらも、彼が生きていれば今後どれほど素晴らしい人形を作ったかと思いを馳せて、多くの人間がその死を惜しんだ。

 

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update 2016/3/14