悪魔のモノローグ | Of Course!!

悪魔のモノローグ

『俺、飯いらねぇから』

 初めて同じ屋根の下で過ごす夜、マサユキからそう言われた。彼に食事が必要ないことは理解しているものの、その言葉が寂しい。久しぶりに、誰かと一緒の食事を楽しめると思っていたのに。そこまで考えて、勝手に期待した自分が馬鹿だったのだと思い直した。期待しなければ、裏切られることもない。実際に、一緒に過ごせる時間が増えただけでも嬉しいのは事実だった。弟を失い悲しむ彼の心を、自分が少しでも癒せるといい。

 そう思っていたのに、彼と過ごす時間が長くなるほどに期待してしまう自分もいた。一度くらいは頷いてくれるのではないかと、食事は必要ないかをつい訊いてしまう。だがいつも答えはノーで、けっきょく前と変わらない一人の食卓につくことになる。彼が何かを食べているのを見たのは、彼が初めて来た日だけだ。あの時の紅茶とスコーン以外のものは、ユウが知る限り口にしていない。せめて隣にいてくれればと思ったが、食事の邪魔になると考えているのか、彼は寝室にこもってしまう。今だって彼は、ユウもさっきまでいた彼の寝室から出てくる様子がない。

 キッチンに立ったままだったユウが、ダイニングテーブルへ歩いていく。椅子を引いて腰を下ろし、テーブルを見つめた。彼には食事をとると言ってきたが、食欲が湧かない。そもそも、ユウの身体は元から大して食物を欲していないのだ。

『私、先輩の眷属になりたいです』

 自分が数日前に告げた言葉が蘇る。それに対する彼の返答を思い返し、息を漏らした。彼は自分の気持ちに気づいていないのか、それとも分かっていて拒んだのか。どちらにせよ、彼にこの願いが受け入れられなかった事実は変わらない。

 ユウだって分かっている。マサユキが狩りを勧めてくるのは、ユウの身体を心配してのことだ。いくら否定しようとも、自分がサキュバスでしかないことは誰よりも実感している。眷属のことだって、すぐに頷いてもらえるとは考えていなかった。魔王の様子を見てきた彼は恐らく、サキュバスと契約すること自体に抵抗感があるだろう。少しでもユウとの契約を悪くないと思ってもらえれば上々のつもりではいたが、あそこまで取り合ってもらえないとなると、どうすればいいのか分からない。

 ユウの身体は、既に限界が近づいていた。これまで飢えを食物でしのいできたが、これ以上の我慢は難しい。サキュバスの食欲は、性欲と直結している。糧である男性の精気を得られていない身体が、この身に男性を受け入れたいと訴えてくるのだ。受け入れて、思う存分に精気を食らいたい。それはどうがんばっても抑えきれない、サキュバスの本能だ。

 先ほど見たマサユキの顔が頭に浮かぶ。自分を睨みつけてきた瞳に宿る強い光を思い出すだけで、身体が火照ってきた。思わず右手を脚の間に伸ばしかけ、留まる。自分を慰めることは何度か考えたことがあるが、今のところ実行したことはない。快楽を知れば、本当に歯止めが効かなくなりそうで怖かった。近頃は男性を見ただけで欲情しそうになるため、学校に行くのも恐ろしい。彼と一緒に暮らしているという状況も、心臓に悪い。

 立ち上がり、足を進める。自分の寝室に入って、ベッドに寝転がった。食事をとらず移動したことは、足音や気配で彼にも気づかれているだろう。何か訊かれるかもしれないが、その返答を考える気力もない。肉欲をどうやって抑えるか、それがユウにとっていちばん重要なことだ。少なくとも、彼の同意を得ず一方的に襲いかかるような真似はしたくない。

 初めは、彼の抑えきれない強大な魔力が気になっただけだった。彼に憧れ、彼のような力を得たいと思った。しかし同時に、それが叶わないことも知っていた。努力では埋められない圧倒的な差が、彼と自分の間に存在している。しかしそれを驕ることもなく、むしろ一般的な学校生活を送りたがっている彼が好ましかった。眩しさすら感じられる彼との差を、少しでも埋めたかった。実力が伴わなくても、心の距離を埋めることはできるのではないか。そんなことも考えたりした。だが現状を見る限り、それは思い上がりだったのだろう。

 溜息を吐き、身体を動かす。壁を見つめながら、枕を腕に抱いた。そういえば少し前に、幸せな夢を見た気がする。だが、夢は夢でしかない。だって彼は、自分の思いを受け入れてくれやしない。

 そこまで思案して、飛び起きた。自分は本当に、ベストを尽くしたといえるのだろうか。さっき自分でも少し考えた通り、真意に気づかれてすらいないのではないか。彼が特別に鈍いとは思わないが、魔王のこともあって、無意識にそのようなことを考えるのを避けている可能性もある。

 ユウが拳を握りしめる。もし彼が気づいていないのなら、自分から気づかせるまでだ。失うものなどないのだから、何も恐れる必要はない。自分が壊れてしまうのだとしても、彼によるものであれば構わない。どうせこのままでは緩やかに死んでいくだけなのだから、どちらでも同じだ。自分は、彼以外の相手に抱かれるつもりなどないのだから。

 ベッドから降りて、ドアノブを握る。これが最後のチャンスだと自分に言い聞かせ、ドアを開けた。

 もう、後戻りはできない。

 

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update 2016/1/15