悪魔のジレンマ | Of Course!!

悪魔のジレンマ

 世界のどこかに、魔界と呼ばれる場所がある。長い時間を生き異形と化した獣や、人間と似た姿をしながらも人間と異なる存在などが暮らしている。その多くが何らかの形で人間を捕食するため、魔界の住人は人間から「悪魔」「怪物」と昔から恐れられてきた。

 その住人たちの頂点に立ち、人間と魔界の住人との均衡を保つべく、魔界を治める者が存在する。誰が呼び始めたのか、その者は「魔王」と呼ばれ、魔界の住人から畏れられている。今の魔王は真面目に仕事をしているのかは謎であるが、その強さは本物で、誰も反旗を翻すことができない。魔王がきちんと魔界を治めなければ、人間を狩りすぎる者が現れ、人間の数を減らしてしまうことで将来に困る可能性が出てくる。そのため、現状を憂えている者は魔界に少なくない。

「だから、早くやっちゃいましょうよ先輩。クーデターですよ!」

 少女の声に、少年が息を吐く。

「簡単に言うな。俺の魔力は、まだ魔王には及ばねぇ。実際に行動した弟がどうなったか、おまえも知ってるだろ」

 少女が眉を下げた。

「それを言われると、ぐうの音も出ませんね。でも、魔王さまを倒せる可能性がいちばん高いのが先輩なのは間違いないですし」

「ユウ」

 少女――ユウが身体を固くする。

「弟も、確かにそう言っていた。だからこそ俺は、充分な力をつけるまで動かねぇ。これで俺が倒れたら、あいつは無駄死にだ。大体」

 少年が、ユウと距離を詰めた。

「おまえがそういうこと言う理由なんて、俺が魔王になったらおもしろい、程度のお気楽なもんだろ」

 眉尻を下げたまま、ユウが顔をほころばせる。

「バレました?」

「とっくにバレてるぞ」

「マジですか? やだなぁ、今度から気をつけます。ところでマサユキ先輩、お腹すきませんか?」

「いや、全然」

 ユウが頬を膨らませた。

「先輩って、全然ごはん食べないですよね」

「必要ねぇし。おまえだって、普通の食事じゃ効率わるいだろ? 人間でも狩ったほうがよっぽど」

「嫌です。私は、好きな人以外としません」

「そんなこと言ってる場合か」

 マサユキがユウの腕を掴む。

「おまえはサキュバスだろ。とにかく男を食って、そいつの精気を得ないと」

「絶対に嫌です」

 眉間にしわを寄せるユウを、マサユキが睨む。彼女が言うことを聞かないことは分かっていても、マサユキとて譲れない。

「それより先輩。この間の話、考えてくれました?」

「ああ、おまえが俺の眷属になりたいってやつか」

「はい。魔王の一族は昔から、魔界の住人を眷属にするんですよね。他に候補がいないなら、ぜひ私に」

 ユウを見ながら、マサユキが考える。

「そうだな。おまえが狩りをするっていうなら考えても」

「それだけは嫌です」

「じゃあ破談だ」

 離れようとした彼に、ユウが縋り付く。

「ま、待ってください! も、もう少し考えてくれても」

「おまえが俺の条件を飲むっていうなら、考えてもいいけどな」

「いや、それはちょっと」

 マサユキが苛立たしげに髪を掻く。彼女の肩を掴み、その目を見つめた。

「分かってんのか!? おまえらサキュバスが男の精気を得ないってことは、死ぬってことだぞ!」

 マサユキを見つめ返すユウは、切なげな表情だ。

「分かってますよ。生き長らえるために好きでもない男性と寝るくらいなら、死んだほうがましです」

 マサユキの手から、力が抜ける。彼の手をすり抜けたユウが、寂しそうに笑った。

「向こうでごはん食べてきますね」

 立ち去る彼女の背中を、マサユキはただ見送るだけだった。

 

 

 マサユキは現魔王の長男として生まれ、次期魔王と言われ育てられてきた。弟がいたが、少し前に父である魔王に戦いを挑んで破れてしまい、命を落とした。マサユキも父の有り様を嘆いており、父を殺してでもその地位を奪う気はある。だが、それには自分の強さが足りないことを誰よりも自覚していた。そんな彼の力を誰よりも信じ、いつも傍にいるのが、魔界学校の後輩であるユウだ。明るく気さくだが、時に迷走する彼女に呆れつつも、彼女といる時間は心地よい。だからこそ、彼女が信念を貫こうとするのを見ていられない。

 魔王の一族は代々、悪魔や怪物の魔力を糧としている。それは自然と魔界中に満ちているので、魔界の中にさえいれば、獲物を狩ることも食事をとることも必要ない。逆にそのような体質だからこそ、人間を狩ることを抑えるという選択を取ることもできるため、魔王として祭り上げられたともいえる。一方ユウは、男と交わることで得られる精気で生きるサキュバスという悪魔だ。男であれば人間以外でもよく、むしろ悪魔相手のほうが多くの精気を得られるのだが、狩りやすいからと人間を相手にする者が多かった。大半のサキュバスは性行為を食事と割り切っているが、中にはそれに抵抗を示す者もいる。ユウもその一人で、マサユキがなんど説得しても、思い人以外とは交わらないと言い続けているのだ。だが、通常の食事から得られる養分などたかが知れている。彼女が誰かも分からない男と身体を重ねることを考えると不快だが、彼女が衰弱して死んでしまうより、よほどいい。

 あまりにも頑なな彼女を見ていると、無理やりにでも彼女を犯し、自分の精気を与えようかと考えることもある。しかし、魔力が他の悪魔たちと桁違いな魔王一族の精気は、逆に多すぎてサキュバスが受け止めきれず、壊れてしまう可能性が高い。耐えられるサキュバスも稀にいるらしいが、彼女がそうである確証がない以上、踏み切れなかった。最悪の場合、サキュバスの命すら脅かされることもあるからだ。

 ユウを守るために、自分はどうすればいいのだろうか。マサユキはそんなことを考えながら、無邪気に懐いてくる彼女に頭を悩ませるばかりだった。

 

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update 2016/1/4