鮮烈な印象 | Of Course!!

鮮烈な印象

過去回想話です。年齢は数え年です。

 

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 雲ひとつない青空が広がる。武家である堀家の屋敷で、嫡男の政行とその妻である遊が縁側に座っていた。ふたり揃って茶をすすり、一息つく。

「ねぇ、おまえ様。つい訊きそびれてましたけど、この間の私の活躍どうでしたか?」

「活躍? 何の話だ」

「ほら、曲者を撃退したじゃないですか!」

 政行の眉間にしわが寄る。

「あんなの撃退したうちに入らねぇよ。たまたま相手が腰抜けだっただけだろ」

「えーでも、私がすぐに気づいたから、何も盗られずに済んだんじゃないですか」

「大層なもんを盗む度胸があるようには思えなかったけどな。刀も質に入れたとかで、腰に差してたのは竹光だったし、つくづく情けねぇ泥棒だった」

「それは言えてますけど」

 遊が茶を口に含み、大福を一口かじった。よく噛んで飲み込み、政行を見る。

「勇気を振り絞って立ち向かったかわいい妻に、労いの言葉があってもいいんじゃないですか?」

「……悪い、おまえがなに言ってんのか分かんねぇ」

「ひどい! どうしても私が欲しかったっていう、あの熱い言葉は嘘だったんですか!?」

 政行が溜息を吐いた。

「どうしてそうなるんだ。おまえは勇気を振り絞らないといけないような、かよわい女じゃねぇだろって言ってんだよ。第一」

 彼が湯のみを置き、遊を見つめ返す。

「嘘だったら、あそこまでおまえを娶ることにこだわってねぇよ」

 政行の脳裏に、彼女を見初めてからのことが浮かんだ。

 

 

 時は十ヶ月ほど前に遡る。山をひとつ越えたところに暮らす親戚の元へ所用で訪れた政行は、用事を済ませた後、元きた山を引き返していた。山といっても標高は低く、鷹狩りに訪れる人間の姿もたびたび見られる場所だ。馬を使ってもよかったが、足腰の鍛錬も兼ねて、政行は歩いてそこを進んでいた。

 彼の脳裏には、結婚を急かす親戚の言葉がうずまいていた。確かに政行は十九歳で、とっくに妻をもらっていてもおかしくない年頃だ。家を継ぐ立場として、一刻も早く跡継ぎを産む女性を迎え入れなければならない。頭では分かっていても、親が持ってくる縁談に乗る気にはなれなかった。相手の女性に非があるわけではない。政行の気持ちの問題だ。

 自分の歳よりもっと早く結婚する者も少なくないし、何年も前から結婚そのものは意識していたのに、一体なぜなのだろうか。政行自身にとっても不思議なことだが、どんな縁談が持ち込まれても彼の中ではしっくりこなかった。あまり選り好みしていられないが、生涯を共にする伴侶について妥協もしたくない。だが、それはただのわがままだ。結婚は自分ではなく、家のためにするものなのだから。

 そんなことを考えながら足を進めていると、大きな川の近くを通りかかった。思わず水音の方を向くと、木の枝に狩衣が掛けてあるのが見える。恐らく鷹狩りに来た貴族のものだろう。こんなところで水浴びでもしているのだろうか。いくら何でも不用心すぎる。

 呆れながら溜息を吐いた時、川の中の人影に気づいた。あれが狩衣の主かもしれない。一体どんな間抜けなのかと目を凝らすと、整った横顔が視界に入った。歳は同じくらいだろうか。水を肩にかけながら心地よさそうに目を細める表情からは、警戒心が全く感じられない。いま曲者が襲いかかってきたらどうする気なのだ。

 そこまで考えたところで、違和感を覚えた。水面から時おり覗く肩が男にしては薄い。そう思って見れば、肌も透き通るような白さだ。いくら身体を鍛えていない貴族といえ、いい年頃の男にしてはおかしい。楽しげに水中で跳ねる姿からすると、身体が弱いとかこもりがちということもないだろう。一体あれは何者なのだ。

 その人物が岸へ歩み寄り、川から上がる。腕で隠された胸元が隙間から少し見えて、わずかながら男にはない膨らみが認められた。目を見開き凝視する政行に気づく様子もなく、その人物は枝から狩衣を引き下ろし、身に着け始めた。つい脚の間へ目を向けると、男ならあるはずのものがない。その人物は男の恰好をした女なのだと結論づけるしかなかった。

 その光景は、政行にとって衝撃的だった。姉妹はなく、身近にいる女は実の母か年を取った女中くらいという彼にとって、歳の近い女の裸を見るのは初めてだったのだ。真っ白な肌、くびれた腰、細くしなやかな身体、全て今までに目にしたことがないものだ。濡れた髪を搔き上げる仕草も色っぽくて、政行の瞳はその人物に釘づけになっていた。

 どのくらいその人物に意識を奪われていたのか分からない。気がつけば、既に姿を消していた。どこの誰かも見当がつかないが、その美しい顔も身体も彼の頭に焼き付いていた。また会いたい。どんな声で話すのか聞きたい。先ほどの楽しそうな笑顔を、自分に向けてほしい。あの綺麗な身体に触れたい。

 彼女がどのような人間か分からないが、それでも一つだけ確信があった。夫婦として一緒になるなら、彼女しかいない。

 

 その後、彼女が公家の一つである鹿島家の人間で、長男ということになっているらしいという情報はあっという間に得られた。その華やかな容姿と教養の高さ、物腰の優雅さから貴族の間で知らない者はいないらしい。だが歌会には決して顔を出さなかったり、どんなにいい縁談があっても断っていたりと、謎の多い人物でもある。決して数は多くない本人の書も、男の字にしては筆致が柔らかく繊細だという。

 そこまで知ったところで、政行は両親に鹿島の姫を娶りたいと伝えた。公家の姫が武家になじめるのかと二人とも難色を示したが、一ヶ月以上に渡り主張し続けた結果、両親が折れた。そこまで意志が固いのであれば、鹿島家に使者を出して姫が欲しいことを伝えようと言う父に政行は告げた。

「私が望むのは上の姫だと、鹿島家に伝えるようことづけてください」

 彼の言葉に父親は首を捻りつつも、ここまで望む相手のことなのだから、きちんと身辺を調べた上で言っているのだろうと使者にそのまま伝えた。使者の口から上の姫という言葉を聞いた鹿島家の当主は激昂し、

「なぜ遊のことを知っているのだ!? 帰れ、貴様らなど遊には会わせん!!」

 と叫んで使者を追い返してしまったが、政行は落ち込むどころか、彼女の名を知れたことを喜んだ。

 それから何度も使者を向かわせたが、鹿島家の対応は変わらなかった。文を持たせても受け取ってすらもらえない。しびれを切らした政行が、使者ではなく自分が行くと言い出したのを周りがなだめながら時間が過ぎ、半年ほど経過した。そんなある日のこと、使者と鹿島家当主が話しているところにとつぜん彼女が現れた。奥に戻れと指示する当主を意に介さず、彼女は言い放った。

「お話を受けます、とお伝えください」

 その瞬間に当主は泣き叫んで言葉を訂正させようとしたが彼女は聞き入れず、何だかんだで結婚の話が進んで今に至る。

 

 

「おまえが出てこなかったら、本当に俺が行ってたと思う。そもそも使者を向かわせるっていうのが回りくどいし、性に合わねぇ」

「……いや、ていうか、私の名前を教えたのっておもうさんだったんですか?」

 遊が目を丸くする。

「教えたって言うと何か違う気もするけど、まぁそうだな」

「それずっと不思議に思ってたんですよ! 何で性別だけじゃなくて本名まで知ってるんだろうって!」

 「本当おもうさん駄目だあの人!」と叫ぶ遊に、政行が苦笑する。鹿島家当主は彼女の中でどういう扱いなのだろうか。

「説得するのに何年かかろうと、おまえ以外と結婚する気はなかったんだけど、意外と早く話が進んだな。おまえ、どうやって親父さんを説得したんだ?」

「最初は、結婚すれば鹿島家にとってどういう得があるかを説いてたんです。でもぜんぜん納得してくれなかったので、奥の手を使おうとしたらそれだけはやめてくれと」

「奥の手って何だ」

「絶交です」

「それでいいのかおまえんち」

 呆れ顔を見せる政行に、遊が笑顔を向ける。

「まぁでも、前にも話したと思いますけど、おまえ様からの求婚は本当に渡りに船でしたよ。私も最初は性別を知られてることへの不信感が強かったんですけど、ぜんぜん諦めないし、だんだんおまえ様に興味が出てきまして。実際に結婚してみたらとても素敵な旦那様で、あのとき決断してよかったなって思ってます」

 嬉しげな遊に、政行も微笑み返す。彼女の右手を握ると、上から左手を添えられた。

「私を見つけてくれてありがとうございます、おまえ様」

「こっちこそ、俺を選んでくれてありがとな、遊」

 

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update 2015/6/19