関係が変わった日
自室の照明を落とし、ベッドに潜り込む。掛け布団を重ねているにも関わらず、肌寒い。やっぱり、冷房なしで冬を乗り切ろうっていうのは無謀だったか。
「先輩! せんぱーい!」
ノックもなしにドアが開けられる。声のほうを見ると、鹿島が笑顔で立っていた。
「一緒に寝ましょう!」
「断る」
「何でですか! やることもやった仲なんですから、遠慮しないでください! 私は気にしません!」
「少しは気にしろ! また襲うぞ!?」
嬉しそうに近寄ってきた鹿島が、掛け布団をめくって潜り込んでくる。
「別にいいですよ。一回やってしまったらもう、二回も三回も変わりませんって」
明るく笑う鹿島に、息を吐いた。
「勝手にしろ」
「分かりました!」
鹿島に背中を向けると、そこにくっついてくる。どうせ出ていきやしないんだし、もうほっとくしかない。
「おやすみなさーい」
小さな声が聞こえたかと思うと、寝息が耳に届く。寝るの早すぎだろ。俺の身体の前まで腕を回してくるのやめろ。抱きつくな。おまえの薄い胸が背中に当たってんだよ。いろいろと言ってやりたいことはあるけど、寝入ったところを無理に起こすわけにもいかない。
俺と鹿島は、少し前から同居を始めた。同棲じゃないし、付き合ってはいない。でもさっき鹿島が言ったように、俺たちは一線を越えてしまった。正確には、俺が鹿島を無理やり押し倒して犯したんだ。嫌われても仕方ないことをしたのに、こいつはそれからも以前と同じように、寒い時は俺のベッドに潜り込んでくる。前はそれに対して、行き場のない欲を持て余して悶々としてたけど、そういうことになってからは、こんな状況でも少し冷静になっている自分がいる。鹿島への気持ちが薄れたわけじゃなく、むしろ俺の乱暴な行為も受け止めてくれた鹿島への愛しさが増したくらいなんだが、だからこそこいつを傷つけるのが怖い。一回ヤったんだから別にまたしてもいいと鹿島は言うが、それに甘えてしまったら、きっとどんどん欲が深くなっていって歯止めが効かなくなる。今はそんな思いが、鹿島に触れたいという欲求を押さえ込んでいる状態だ。
好きだ、鹿島。おまえが俺と同じ気持ちだと言ってくれれば、何の遠慮もなくおまえを抱きしめられるのに。俺とするのが嫌じゃなかった理由、まだ分からねぇのか? いくらおまえがふざけた言動ばかりする奴だといっても、そういうことを軽く考えてるわけじゃねぇだろ? ましてや、初めてを奪われたっていうのに。
背中に感じるぬくもりは心地いいのに、とても残酷だ。
寒さに負けて、エアコンの電源を入れる。備え付けのエアコンは型が古くていまいち効果は薄いが、それでもないよりましだ。
「先輩は、本当にいいんですか?」
「暖房か? そりゃ確かに電気代はかかるが」
「そうじゃなくて、したいって思わないんですか?」
目を見開いて、鹿島のほうを向く。そいつの表情は真剣だ。
「おまえ、まだそんなこと」
「だって先輩、言ってたじゃないですか。我慢するのはやめたって」
確かに言った。でも俺は、
「俺は、我慢はしてねぇ。おまえに触れたいって気持ちより、無理におまえとそういうことしたくねぇって気持ちのほうが強いんだ」
「無理にじゃないでしょう。私がいいって言ってるんですから」
「でもそれに甘えて関係を続けて、おまえの出した結論が俺をそういう意味で好きじゃないってものだったらどうするんだ。おまえはその時、好きでもねぇ男に身体を任せていた自分を許せるか? それに」
この先を言えば、情けない奴だと思われるだろうか。でも、今までじゅうぶん情けないところは見せてるか。
「それに、惚れた女にお情けで抱かせてもらってたなんて、みじめじゃねぇか」
鹿島が眉を下げる。
「別に、お情けなんてつもりは。前にも言いましたけど、私自身、先輩に恋とかしてるのかよく分からないんですよね。だから、そういうことしてるうちに分かってくるかなって」
「俺とばかりそういうことしてたら、恋かどうかは別にして、俺に対する情が出るかもしれねぇ。それを恋と勘違いする可能性もある。あまりこういうこと言いたくはねぇけど、他の男と試そうと思ったことは」
「ありませんよ! 人をふしだらな女みたいに!」
「……悪い」
そういえば前にも、他の奴に襲われるなんて考えるだけでもおぞましいとか言ってたな。
「でも俺は、おまえが俺を好きだと思ってくれねぇ限りは、おまえを抱くつもりはねぇ。おまえとセックスフレンドになりたいわけじゃねぇんだ」
溜息を吐いて、鹿島を見る。
「なぁ鹿島。やっぱり一度、同居解消するか? 互いに距離を取って気持ちの整理を」
「待ってください、何でそうなるんですか。どうしてすぐ同居をやめる方向に行くんですか!?」
「今のままじゃ、埒が明かねぇだろ」
「そうかもしれませんけど、まずは話し合いましょう」
こいつにも話し合いって概念があったのか。
「私、先輩にいちど訊いてみたかったんです。恋って、先輩の私に対する気持ちって、どういうものなのかって」
「何でそんなこと」
「だって私、未だに恋がよく分からないんです。というか、恋をしたことないです」
「嘘だろ!? おまえもう二十代なかばだぞ!?」
高校生の時ならまだしも、大学や職場でも気になる奴の一人もいないっていうのか!? どうなってんだこいつ。
「高校生の時からずっと、一番いっしょにいたいのは堀先輩なんですよね」
困ったように呟く鹿島に、また目を丸くした。
「……鹿島。俺に襲われた時に嫌じゃなかったって言ってたけど、他に何か思ったことはあるか?」
「えっ!? 何ですか突然。うーん、そうですね。正直、堀先輩でよかったって思いました。嬉しいとすら感じましたね」
「初めてだったのに?」
「初めてだったからこそ、でしょうね」
一番いっしょにいたいのは俺、初めての相手が俺で嬉しい。ちょっと待て、それってまるで、
「で、俺に対して具体的にどう思ってるかは」
「まだ分かりません。でもとにかく、先輩と一緒にいたいんです。同居はやめたくないです」
何だそれ。子どもか。いや、たぶん子どもなんだこいつは。自分の中にある感情の名前すら分からず、それを持て余してるだけの幼子みたいな奴なんだ。まぁいい。そこまで気持ちがはっきりしてるなら、あとはそれに名前をつけてやるだけだ。
鹿島と距離を詰める。不思議そうに首を傾げたそいつの耳元に、唇を寄せた。
「鹿島。それはな――」
鹿島が目を見開く。すぐに納得したように微笑むそいつと視線を合わせ、笑み返した。
俺たちの関係は、今日から形を変える。
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update 2015/11/18