関係が変わる日
社会人になって同居してる堀鹿(付き合ってない)の話です。堀→鹿島な感じです。
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きっかけは思い出せない。気が付いたら一緒に暮らすことになっていた。同棲かと訊かれたことがあるが、そんなもんじゃない。だって俺達は付き合ってないんだからな。
「せんぱーい! ただいま帰りました! すぐにごはん用意しますね!」
大きなエコバッグを持った鹿島が入ってくる。真っ直ぐにキッチンへ向かい、エプロンを着け始めた。手を洗い、慣れた手際で食事の支度をする鹿島を見ていると、同棲とかすっ飛ばして結婚したような気分にすらなってくる。でもくどいようだが、付き合ってないからな。落ち着け俺。
鹿島が俺を見て、照れくさそうに笑う。
「先輩、何でずっと私を見てるんですか? テレビ見ればいいじゃないですか」
点けっぱなしのテレビから、芸人の笑い声が聞こえる。
「まぁ、そうだな」
俺がテレビの方を向くと、中断していた包丁の音が聞こえ出した。でも、テレビなんて見る気が起きない。くだらないバラエティ番組より、惚れた女が台所に立つ姿の方がいいって思って何が悪いんだ。
「そういえば先輩。きょう仕事から帰る時、千代ちゃんに会いましたよ」
「佐倉と? 元気そうだったか?」
「はい。ただ、野崎とは相変わらずだそうです。もう片思い歴が十年こえてるし、いい加減に野崎とどうにかなりたい! って言ってました」
「佐倉も野崎と前に進みたいってガッツはあるのに、なかなか進展しないもんだな」
「本当ですね。野崎も野崎ですよ。いくら鈍いって言っても限度がありますって」
「千代ちゃんのめげなさと健気さには泣けてきますね」なんて呟きながら寄せ鍋の用意を終えた鹿島が、卓上のガスコンロを持ってくる。
「悪い、気が付かなくて」
「えっ? 別にいいですよ。座っててください」
鹿島が鍋をガスコンロの上に置き、火を点ける。取り皿と箸を二人分こたつに載せ、鹿島がキッチンに戻った。
「先輩も飲みますよね。ビールでいいですか?」
「あぁ、頼む」
冷蔵庫から缶ビールを二本とり出し、一本を手渡してくる。受け取ると、鹿島も席に着いた。
「じゃあ先輩。鍋もできてますし、食べましょう! 飲みましょう!」
「それはいいけど、飲みすぎるなよおまえ。潰れても知らねぇぞ」
「大丈夫です!」
いい笑顔で答えてくるのはいいが、大丈夫だという根拠が知りたい。
「それでは先輩、まず乾杯しましょう」
「そうだな」
缶のプルタブを掴み、開ける。鹿島と缶を軽くぶつけ合い、ビールを呷った。
「仕事を終えてビールを飲むと、こう、今日も一日がんばった! って気分になりますね」
「親父かおまえは。気持ちは分からなくもねぇけどな」
「だったら先輩も親父じゃないですか!」
笑い声を立てながら、鹿島が豆腐を自分の取り皿によそう。
「先輩のも取りましょうか?」
「いい。自分で取る」
「そうですかー」と鹿島が、こちらに伸ばしていた手を引っ込める。豆腐を食い出した鹿島を見て、豚肉を箸で摘んだ。
「そういえば、先輩と同居し始めてそろそろ一年になりますっけ?」
「あぁ、そのくらいだな」
「先輩、ぜんぜん彼女とか連れてこないですね!」
箸が止まる。こいつ、人の気も知らないで。
「とうぶん作る気ねぇよ。彼女ができても、家におまえがいるんじゃ連れ込めないし、変に修羅場になっても困るからな」
「いやいや、私に遠慮しなくても」
「それに、おまえに取られるかもしれねぇし」
「取りませんよ! 私を何だと思ってるんですか!」
再び箸を動かし、肉を食う。本命の女がこんなに近くにいるのに、他に彼女を作るなんて状況をこじらせるような真似するわけねぇだろ。
「それよりおまえ。寒いからって俺のベッドに入ってくるのはやめろ」
「えっ何でですか? 先輩もあったかいでしょう? 光熱費を節約するためにも暖房はあまり使いたくないし、いい手だと思うんですけど」
「そう思ってるのはおまえだけだ」
鹿島がベッドに潜り込んでくる度に、肌の感触とか匂いとかを意識してしまうのをかろうじて堪えてるっていうのに。
「私は好きですけどね、先輩と一緒に寝るの。それにしても、今日はあまり食べないですね。食欲ないんですか?」
いつの間にか白身魚を口にし始めた鹿島に、頭を抱えたくなる。誰のせいだ。
「食べさせてあげましょうか? はい、あーん」
鹿島が箸で摘んだ鶏肉を差し出してくる。
「おい。それ、おまえの箸だろ」
「当たり前じゃないですか。別に私は気にしませんから」
俺が気にするわ。さっきまで鹿島が口をつけていた箸でそのまま俺が食うってことは、つまり、
「いや、いい。そういうのは彼氏ができた時に、そいつにやってやれ」
「私に彼氏なんてできませんって! 会社でも女扱いされてませんから」
「さぁどうぞ!」なんて箸を突き出してくる。こいつ何なんだ本当に。ここまでされて、我慢してる俺が馬鹿みたいじゃねぇか。
箸を持つ鹿島の手を掴み、身体を乗り出す。目を丸くした鹿島に顔を近づけ、唇を重ねた。口を離すと、鹿島が困った顔をする。
「あの、先輩? 今のって」
「……やめた」
「えっ?」
「もう、我慢するのはやめた」
立ち上がり、鹿島に歩み寄る。不安そうに見上げてくる鹿島にまた口付けして、床に押し倒した。シャツをはだけさせて、白い首筋に吸い付く。
「んぁっ、せんぱいっ」
戸惑った鹿島の声も、俺の熱を煽るだけだ。もう止まらない。全部、俺のものにしてやる。
「好きだ、鹿島。ずっと前から好きなんだ」
随分と明るいな。朝か? 何かやけに暖かいものが腕の中にあるけど、何だったっけ。
ゆっくりと目を開けると、鹿島の寝顔が飛び込んできた。その首筋にはいくつも赤い痕が――って、ちょっと待て!
上体を起こして、鹿島を見下ろす。全裸で寝るそいつの周りに、ゆうべ着ていた服が散らばっていた。その中には俺の服も混じっている。自分の身体を見ると、やっぱり裸だった。部屋の照明は点いたままだし、いま何時だ? いや、時間なんてどうでもいい。俺は、何てことをしたんだ。鹿島の身体を押さえつけて、同意も得ないままに犯して。いくら鹿島の無邪気な接触に焦らされてたからって、これが何よりも大切な女にすることなのか?
「ん……朝?」
鹿島が身じろぎする。起き上がったそいつは、寝ぼけた様子で俺を見た。
「あー、先輩。おはようございます」
「あ、あぁ」
俺を上から下まで見た鹿島が、自分の周りを見回す。仮に酒で記憶が飛んでたとしても、この状況を見れば嫌でも理解するだろうな。もう駄目だ。今までの関係に戻ることすらできない。
「どうしたんですか、先輩。深刻そうな顔して」
「……むしろ、おまえがもっと深刻になるべきだろ」
「んーまぁ、そうですよね」
眠そうな表情で目を擦りながら、鹿島が俺を見る。
「私、びっくりしました。先輩に、女として見られてるなんて考えたこともなかったです」
「考えた上でベッドに潜り込んできてたとしたら、そっちの方が驚きだ」
「この歳でって思われるかもしれませんが、初めてでした」
だろうな。高校を出てから同居を始めるまでも連絡はよく取っていたけど、こいつに男の影がちらつくことはなかったからな。
正座をして、床に両手をつき頭を下げる。
「悪かった。謝って許されることじゃないと思うし、おまえが俺の顔も見たくないようならすぐにでも出て行く。こんな形でおまえの」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私そんなこと言ってませんよ!? まさか、本気で同居やめようって思ってませんよね?」
「とりあえず頭を上げてくださいよ!」という鹿島の声に従う。鹿島を見ると、眉を下げていた。
「私、怒ってませんよ。確かに驚きましたし困惑しましたけど、先輩に触られるの、嫌じゃなかったんです」
目を見開いた俺に、鹿島が苦笑する。
「自分でも理由はよく分かりません。もしかしたら自覚がないだけで先輩のことを好きなのかもしれないし、他に何かあるのかもしれない。ただ、他の人に同じことをされたらって思うと考えるだけでおぞましいのに、先輩だと嫌じゃない。それだけは事実です」
鹿島が、今度はあどけない笑顔で俺を見た。
「理由がはっきりするまで、結論は出せません。だから、今回のことで責任を感じているのなら、私がそれを見つけられるまで傍にいてください。先輩と一緒に、見つけていきたいんです」
何て奴なんだ。こいつはこうやってごく自然に、俺がどんなにひどいことをしても許してしまうんだろうな。
「ただ、一つ確認させてください。先輩が私を抱いてる時、何度も好きだって言ってましたけど、あれは紛れもない本音ですよね?」
「……あぁ、もちろんだ」
「そうですか。なら、充分です」
「これからもよろしくお願いします、堀先輩」とお辞儀する鹿島の姿が、少し滲んで見えた。
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update 2014/12/23