夢の後で
2006年にweb上にて開催されていたお祭り「世界の外れで愛を叫べ!」様に投稿したSSを手直ししたものです。タイトルはお祭りサイトにて用意されていたお題だと記憶しています。
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「草灯、あした思い出づくりしに行こう」
こっちを見て、草灯が笑う。
「いいね。行こうか」
「約束だぞ」
小指を差し出すと、草灯のそれが絡められた。
「うん、約束」
オレからも絡めて、草灯を見上げる。満面の笑みを浮かベるそいつに、オレも少し笑った。
その翌日、草灯から電話がかかってきた。
『立夏、ごめんね。このままじゃ課題が間に合いそうになくて』
受話器の向こうから、慌ただしい足音や会話が漏れ聞こえる。
「分かった。じゃあな」
電話を切って、携帯の画面を見た。
「なんだよ」
昨日の時点で、余裕ないなんて分かりきってただろ。なんでオレと約束したんだよ。思い出づくりするって、確かに言ったのに。約束したのに。
「草灯のばか、嘘つき」
携帯に目を向けたまま、ゆっくりと息をつく。ベッドにそれを投げつけて、床の上に座り込んだ。立てた膝に顔を埋めて、また吐息を漏らした。
「草灯なんて、嫌いだ」
あいつはいつも隠しごとをして、嘘をついて。草灯なんて、もう知らない。
そうして、どれくらいうずくまっていただろうか。
「立夏」
声に顔を上げる。そこに、男がいた。
「草灯? なんで」
そいつが笑う。
「やっぱり、立夏に会いたくなっちゃって。来ちゃった」
立ち上がり、草灯に抱きついた。
「草灯のばか。課題のこと分かってて、なんで約束なんかしたんだ」
少し間を置いて、草灯の手が背中に回ってくる。
「うん、ごめんね。昨日のうちに終えるつもりだったんだけど、見通しが甘かったみたい。ちょっと終わりそうにないんだ」
草灯を見上げた。
「嘘つくつもりじゃなかったの? 本当に?」
「立夏、オレのこと疑ってるの?」
疑うに決まってるだろ。でも、来てくれて嬉しい。
「で、課題は終わったのか?」
「うん。もう少しで終わりそう」
終わってないじゃん。
「大丈夫だよ。あと少しだから」
いぶかしみながら見ると、笑み返される。
「おまえ。そういうのは、ちゃんと終わらせないとだめだろ」
草灯が目を見張った。
「『最後まできちんと』、か」
その声が、遠く聞こえる。
「え?」
視界がぼやけて、草灯の姿があやふやになった。
「草灯?」
周りが暗転する。気がついた時には、ベッドに横たわっていた。にじんだ視野に、重たい身体。
「寝てた、のか」
少しずつ上体を起こして、部屋の中を見回す。そこには、誰もいない。
そうだよな、今のは夢だ。草灯は来ない。間に合わない。分かってるのに、どうしてあんな夢を見たんだ。もしかしてオレ、心のどこかで期待してた?
目頭が熱くなる。なんで、分かってたことで、涙なんて。
「草灯の、ばか」
こぼれたしずくを拭って、うつむく。
「もう、やだ」
「立夏。どうしたの?」
これは、夢の続きか?
顔を上げると、そこに草灯がいた。いつもみたいに窓から入ってきて、髪を風に遊ばせている。長いそれが、光を反射してきらめいた。
「どうしたの? 固まっちゃって」
涙を袖でふき取り、そいつを睨む。
「どうしたの? じゃない。課題は?」
「合同制作だから、他の人に任せてきちゃった」
えっ、いいのかそれ。
草灯が近づいてくる。
「もしかしたら立夏、泣いてるかなって。そう思うと、いてもたってもいられなくて」
眉を寄せて、草灯を見た。
「なんだよおまえ。あんな言い方されたら、今日の約束むりだって思うだろ」
「うん、ごめんね」
笑いながら言うな。
「おまえ、口先だけでも謝ればいいと思ってるだろ」
「そんなことないよ」
微笑みながら言われて、脱力する。
「なあ、草灯。もしかして、わざと?」
「何が?」
「とぼけるな。おまえ、わざと誤解されるような言い方しただろ」
草灯が目を見開き、笑った。
「バレた?」
「バレた? じゃない! まったく、趣味わるい」
息をついて、草灯を見る。
「立夏、寂しかった?」
「だ、誰が」
草灯の顔が、寂しそうなものになった。
「少しでも、寂しいって思ってくれていたのなら、嬉しいんだけどな」
草灯が息をつく。
「オレが来なくて寂しいって、立夏が思ってくれてたらよかったのに」
その姿を見ていると、胸が締めつけられた。次の瞬間、草灯に抱きついていた。まるで、さっき見た夢みたいだ。夢だと、だんだん草灯の声が遠ざかっていた。また、同じことになったりしないよな。
草灯の顔を見て、たまらず抱きついたはずだ。それなのに、自分のほうが寂しさを感じてる。ばかだよな、オレ。こんなに暖かいのに、夢なわけないだろ。
「立夏」
草灯の手が、ミミのあいだを撫でた。
「泣いてるの?」
「泣いてないっ!」
「じゃあ、なんでオレの服が濡れてるの?」
息を詰めて、抱きつき直す。
「知らない」
知らないよ。なんでこんなにまぶたが熱いのか、分からない。分からないけど、止まらない。
しゃくりあげていると、ため息が聞こえた。
「立夏が寂しいと思ってくれたら嬉しい、って言ったけど」
温かい手が、背中に回ってくる。
「泣かれるのは、予想外だったな」
草灯が覗き込んできた。
「ねえ立夏、顔みせて」
「やだ」
「立夏の泣き顔みたい」
「見せたくない。見せられる顔じゃないし」
「そんなことないよ」
いや、そんなことあるだろ。
視線を上げると、顎を掴まれて目を合わせられる。
「えっ」
「うん、やっぱりかわいい」
満面の笑みを浮かべた草灯が、頬に唇を寄せてきた。そこをなめて、オレを見てくる。
「しょっぱい」
「あ、当たり前だろ!? 涙がしょっぱくないわけないじゃん」
「そうだね」
微笑んだ草灯が、目を見張った。
「立夏、やっぱり寂しかったんだ?」
草灯を睨みつける。
「ねえ、立夏」
どうせ、「寂しくない」って言うと思ってるんだろ。なんかそれ、ムカつく。
「寂しかったよ」
「……え?」
草灯が目をしばたたかせた。
「なんだよ。そっちが訊いてきたんだろ」
「それは、そうだけど」
間抜けな表情の草灯が、なんだかおかしい。口をゆるませると、そいつが眉を寄せる。
「なんで笑うの」
「別に」
困った様子のそいつを見て、笑う。草灯を振り切り、机上のデジカメを手にした。突っ立っている草灯を見る。
「それより、写真とろう。思い出づくりするんだから」
草灯が声を立てて笑った。
「うん、そういう約束だったからね。でも、ここでいいの? どこか出かけるんじゃなくて?」
「いいよ、草灯と写真とれるなら」
草灯の指が、デジカメを取り上げる。身体を寄せると、強く肩を抱かれた。
「写真とるんでしょ? もっと寄らないと入らないよ」
草灯に、もっと身体を寄せる。
「うん」
これ以上はない、というところまで密着した。横を見上げると、そいつが屈んでくる。
「草灯?」
少しずつ、顔が近づいてきた。目を閉じて、それを受け入れる。その瞬間、シャッター音が聞こえた。
撮られた写真は、きっと二度と見返せないだろう。
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update 2022/4/24