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その手で融かして
アイスバースの設定に萌えて書いた小話です。誰も融けません。
付き合ってるけど身体の関係はない設定です。
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ケネス・ハウアーは、自分が「アイス」であると知っている。
世の中には、「アイス」や「ジュース」と呼ばれる者たちが存在する。「アイス」と「ジュース」が愛し合い、結ばれた時、「アイス」は融けて水となる。「アイス」は一般人より体温が低く、見分けるのはたやすい。ケネスが「アイス」と自覚しているのも、それが理由だ。しかし、「ジュース」はそうはいかない。「アイス」を融かして、死なせて初めて、自分が「ジュース」であると知るのが常だ。
ケネスは、自分の相棒が「ジュース」ではないかと疑っている。なぜなら、「アイス」と「ジュース」は惹かれ合うものだからだ。
きっとこの感情は、自分たちが「アイス」と「ジュース」であるせいで芽生えたのだろう。そう思った時もある。彼を愛した理由が、それだけなのは嫌だと思った。だが彼と様々な危機を乗り越えて、確信した。彼が「ジュース」でなかったとしても、自分は彼が好きだ。
だが、そう思えたからこそ、踏み出しにくくなった。自分を相棒と呼ぶようになった彼は、もし自分を融かしてしまったら、どう感じるのだろう。彼が自覚のない「ジュース」である可能性は、否定できない。だからこそ、自分を大事にする、相棒の気持ちを確かめたい。
そこまで考えて、思った。相棒は何度も、自分に触れている。自分の体温の低さに、疑問を抱いたりはしなかったのだろうか。
「ギャス。『アイス』と『ジュース』って知ってるか?」
ギャスパーの肩が跳ねた。
「これだけ都市伝説を取材してるんだ。知らないわけがないだろう」
彼が長く息をつく。
「調べれば調べるほど厄介だ。『アイス』は明らかに体温が低く、発見しやすい。だが『ジュース』は、『アイス』を融かさなければ、自分がそうだと分からない」
ギャスパーが書類を取り出した。
「なあ、ギャス。俺がお前の言う『アイス』だとしたら、どう思う?」
ギャスパーが固まった。何秒か経ってて、「ああ」と声を漏らす。
「確かに、初めて触れた時は驚いた。目の前で動いて、しゃべっているのに、本当に生きているのかと疑ったほどだった。言ってしまえば、蠟人形が動いているような気持ちだった」
「ギャス」
「もっとも、不安なのはお前もだろう」
ケネスの肩が躍った。
恋した相手と恋仲になった。それは喜びと共に、相手が「ジュース」であれば、結ばれたその時に永遠の別れを迎える切なさをもたらすものでもある。
「それは、否定しない」
ギャスパーが、不安そうにケネスを見た。
「本当なのか? さっきのようなことを訊いておいて今更だが、お前が『アイス』などと、信じられない」
ケネスが、グローブを外してギャスパーの頬に触れる。ギャスパーの身体が跳ねて、震えた。
「寒いんだろ」
それでも、ケネスの手を跳ねのけようとしない。
「寒いんじゃねえなら、冷たい」
ギャスパーが、何かに耐えるような顔をした。
「寒い、冷たい、って思うなら、そう言え」
ギャスパーが目を逸らす。
「冷たいな」
ケネスが手を離した。
「そっか」
その手を、ギャスパーが掴む。
「冷たいとは言ったが、不快だとは言っていない」
彼を見て、ケネスが笑った。
「そういえば、一応そういう仲なのに、俺とキス以上をする様子ねえよな」
ギャスパーの眉が動く。
「俺を抱く気、ねえの?」
「ない」
即答されて、ケネスの心にもやがかかる。
「それって」
「今更、お前に消えられても困る。取材をしながら、写真も撮れと私に言うのか?」
ケネスが肩をすくめた。
「はいはい。取材って体の情報収集をしてる社主さまに、そんな余裕ねえよな」
息をついて、彼を見る。
「お前も、自分が『ジュース』かもって思ってるのか」
「『アイス』と『ジュース』は惹かれ合うものらしいからな」
ケネスが笑い声を漏らした。
「やっぱり、俺が『アイス』だと思ってたんじゃねえか」
ギャスパーが眉を寄せる。
「下手をすればお前の命に関わることだぞ? それを」
「俺の命に関わるからこそ、大事に考えてくれたんだよな」
彼の眉間に、しわが増えた。それを見て、ケネスが笑う。
「ま、俺もお前を残して融ける気ないけど」
ギャスパーの目を、ケネスが見つめた。
「せいぜい俺を、融かさねえでくれよ?」
ギャスパーが、ケネスを睨む。
「そもそも、私が『ジュース』だと決まったわけでもないだろう」
「さっきお前も言ってただろ。『アイス』は『ジュース』に惹かれるもんだ。だから俺が惚れたお前は、『ジュース』の可能性が高い」
彼が視線を逸らした。ケネスも、彼と逆の方向を見る。自分で言ったのに、気恥ずかしい。
「実際にヤってみたらそうだった、ってのを恐れてるのは、誰なんだろうな」
本当に、誰なんだろう。
ギャスパーが体勢を立て直して、書類を整理しているらしい。響く音から、それを感じる。その音が、不思議と心地いい。
「ギャス。俺さ、どうせ融かされるなら、お前がいい」
ギャスパーに視線を向ける。彼がそれを受け止めた。
「融けずに天寿を全うする可能性を、考えたことはないのか」
「お前と出会う前は、そうなるんじゃないかと思ってた。でも、出会っちまったからな。今は、お前に融かされる未来しか考えられねえ」
言って、ケネスがうつむく。
「こういうの、柄じゃねえ」
「そうだな」
ギャスパーを見ると、やりづらそうにしていた。彼もきっと、不安なのだろう。「アイス」と「ジュース」のことを知っていて、自分が「アイス」だと感づいていた彼は。
「お前が俺を融かしたいと思う時が来たら、その時は受け入れる」
ギャスパーが目を見開く。そして、笑った。
「なら、その時は来ないな」
ケネスも笑みを浮かべる。
「お前ってやつは」
人間はいつか死ぬ。この神都という街で、嫌というほどそれを見てきた。どうせ死ぬなら、彼と結ばれて果てたい。そう思うのは、贅沢だろうか。
しかしこの街で、死に方を選ぶことができるとしたら。彼に融かされる以上に、いい死に方はない。
ギャスパーが顔を寄せてくる。目を閉じて、彼の唇を受け入れた。
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update 2023/3/14