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太陽が沈んだ日
兄弟が和解しなかった世界線での弟死ネタです。
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ヴァッカリオが死んだ。その報を受けたアポロニオは、病院に駆けつけた。堕落しきり、ヒーローでありながら戦わなかったはずの弟が、戦死した。そう聞かされて、来ずにはいられなかった。
彼の眠る部屋に、足を踏み入れる。そこには、女性が立っていた。彼女――ゾエルが振り返る。
「来たか、アポロンⅥ」
ベッドに歩み寄った。そこに眠る弟は、随分とくたびれている。
「アンタは知らないだろうけど、ヴァッカの身体は限界だったんだよ。戦いたくても戦えなかった。そんな身体で無理して変身して、このざまだ」
悲しそうなゾエルに目を向けた。
「どういうことだ」
ゾエルがうつむく。
「もう、黙ってる理由もない。話してもいいだろ、ヴァッカ」
答えない彼をしばらく見つめて、ゾエルが口を開いた。語られた内容に、アポロニオが目を見張る。十年前のティタノマキア事変で、ヘカテーを使ったハデスⅣが暴走させられたこと。市民を襲おうとした彼を止めるため、弟がその手で殺したこと。ハデスⅣやプロメトリックとの戦いで、弟の身体は限界を超えたこと。全ての内容が衝撃的だった。
「なぜ」
眠る弟を見る。
「なぜ話してくれなかったのだ、ヴァッカリオ」
「アンタに話したら、ぜんぶ筒抜けになりそうだったからだよ。無事だと言えば戦わないわけにいかない。かといっていないと言ったら、ヴィランを増長させる。ディオニソスⅫの存在をあいまいにすると決めた時点で、アンタには黙っとくことにしたんだ」
最後に弟と会話した時のことを思い返す。昼から酒に浸っていた彼をののしり、声を荒げた。「お兄ちゃん」と呼んでくる彼に、兄と呼ぶなと怒鳴った。いま思えば、酒でも飲んでいないとやっていられないほど、抱えているものが重かったのだろう。自分の罵詈雑言を受け流しながら、どんな気持ちで笑っていたのか。もう訊きたくても、訊けない。
ヴァッカリオの顔を覗き込む。
「嘘だろう、ヴァッカリオ。これは、悪い冗談なのだろう? 起きてくれ。もうお前を罵倒したりしない。きちんと話そう。お前の好きな卵焼きも作ろう。だから、目を覚ましてくれ」
弟は動かない。しゃべらない。目を開けない。
最後に見た、彼の笑顔が脳裏に浮かぶ。言い訳しても仕方がないというような、あいまいな微笑み。なぜ最後にあんな顔をさせたのか。なぜ最後にあんなことを言ったのか。なぜ自分に頼ってほしいと、今でも気にかけているのだと言えなかったのか。
涙が両目からこぼれる。「お兄ちゃん」と言って笑う弟の姿が、頭に浮かんだ。
「ヴァッカリオ」
アポロニオが大声でわめいて、泣いた。何度も弟の名前を呼び、涙を流し続ける。うつむいたままのゾエルが、わずかに震えた。
弟が堕落したと思ってもアポロニオが戦えたのは、彼が生きていたからだ。堕ちきったように見えても、心のどこかで正義が燃えているかもしれない。なぜああなったのか、いつか話してくれるかもしれない。そんな希望を持てたから、進んでいけた。だがもう、それは叶わない。アポロニオの心を照らしてくれた笑顔は、もう二度と見られないのだ。
泣き続けながら、アポロニオは感じていた。弟のいない世界はとても暗くて、寒いのだと。
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update 2020/6/21