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その手で変えて
伸びてきた毛先を摘んで、適当にいじる。それを見ていたギャスパーが、立ち上がり近づいてきた。
「ずいぶん伸びたな」
「そうだな」
「正直なところを言うと、見苦しい。切れ」
「そう言われてもな」
ケネスがソファから身体を起こす。
「お前みたいに立派な美容院に行く金はない。こないだの給料はぜんぶ使っちまったからな。かといって、自分で切る腕もない」
「ああ、お前が自分で切った髪はひどかったな」
以前、彼が自ら髪を切った時のことを思い出す。明らかに鏡を見ず切ったと分かるような、ひどいありさまだった。
ケネスの肩を押し、姿勢を整えさせる。
「切ってやるから、大人しくしていろ」
ケネスが見上げて、口角を上げた。
「へえ、お前が?」
「前もそうしてやっただろう。そんな見苦しい髪で目の前をうろつかれるほうがうっとうしいからな。私が切ったほうが早い。はさみを取ってくるから、黙って座っていろ」
ギャスパーが去っていく。それを見送ったケネスが、自分の毛先を摘んで口の端を上げた。
「自分の髪は他人に切らせるのに、俺の髪は自分で切るってどういう了見なんだか」
ギャスパーが姿を現す。姿勢を整えさせられ、布を身に着けさせられた。
「怪我をしたくなかったら、じっとしていろ」
視界の端に、はさみの先が映る。頭を軽く押さえられ、耳元で髪が切れる音が聞こえた。その音が、次々と響いてくる。
身体を自由に動かせない状態で、ギャスパーの手に、身体の一部をいじられていいようにされている。と言うと、まるで彼に犯されているみたいだ。だが実際、他人に身体の一部分を切り離されていると考えれば、とんでもない状況のように思える。しかもその他人は刃物を持って、自分の後ろに立っているのだ。その刃先が自分の首に向かないことを信じて、任せるしかない。この状況を利用した暗殺もできそうだ。
「ケネス、少し下を向け」
ケネスが指示に従う。
「動くなよ」
金属が首に触れる感触に、肩が跳ねそうになった。うなじの毛を整えているのは分かっているが、この感触は心臓に悪い。ギャスパーがいま自分を殺す理由などないはずだし、刃先が自分の首に刺さると思ってはいない。それでもだ。
首筋から金属が離れる。
「もう上を向いていいぞ」
「ああ」
ギャスパーが他の箇所の髪を整え始めた。それを感じながら、だからか、とケネスは考える。だから彼は、ケネスの髪を自分自身で切ろうと思ったのか、と。ケネスの身体の一部を切り離すという大ごとを、他人にやらせる気はない。そういうことか。
「なあギャス。次にお前が髪を切る時、俺がやってもいいか?」
「駄目だ。お前に切らせたら、どんな頭にされるか」
ケネスが軽く息をつく。
「信用ねえなあ」
「前にお前が切った髪を見て、信用できるわけないだろう。お前に私の髪は任せられない」
「自分の髪と他人のじゃ、勝手が違うと思うぜ」
「それでも駄目だ」
はさみの音が耳に届いた。
「さっき、自分で髪を切る腕はないと言ったのはお前だろう」
「それは自分の髪の話だ」
「とにかく、お前に私の髪を切らせる気はない」
ギャスパーがはさみを動かす。彼の手で、彼のいいように、身体の一部分が変えられていく。それに対して、悪い気はしない。
ひざの上に落ちた髪の毛を見る。彼によって切り離された、自分の一部。もしかしたら、先ほどいじった毛先だったのかもしれない。
「まだ終わらないのか、ギャス」
「そう焦るな。私が切るからには、見苦しい頭にするわけにはいかない。慎重に整えているところだ」
「別に適当でいいけどな」
「その適当な髪が視界に入るのは私だ。私が見苦しくないようにさせてもらう」
「見苦しいって何回いうんだよ」
そんなに見ていて不快な髪型をしていたのだろうか。これだけ連呼されると、さすがに気になってくる。
ギャスパーがはさみを引いて、ケネスの頭を見る。
「こんなところか」
ブラシで髪をとかれた。細かい毛が、下に落ちてくる。さっきまで自分の頭に生えていたそれを、ケネスが眺めた。
「けっこう切ったな」
「かなり伸びていたからな」
身体から布を外された。ギャスパーがそれを振るって、付いていた髪を落とす。ケネスが物置からほうきとちりとりを取り出し、床を掃いた。ちりとりに掃き入れた髪を捨て、ほうきとちりとりをしまう。
「どんな感じになってるんだ?」
ギャスパーが手鏡を渡してきた。受け取って、ケネスが覗き込む。そこに、髪の短くなった自分が映った。
「こんなもんか」
毛先を摘む。
「これで当分は見苦しくないな」
「だから、どんだけ見苦しかったんだよ切る前」
ケネスが自分の髪を軽く撫でた。
「まあ、だいぶすっきりしたな。頭が軽くなった」
「お前の頭は元から軽いだろう」
「そう言うお前の頭はたいそう重いんだろうな」
ギャスパーがケネスを見て微笑む。
「これからも、お前の髪が伸びたら私が切ろう」
「そうですか。まあ、お任せします」
ケネスがソファに寝転がった。頭を押さえてきた、ギャスパーの手の感触を思い出す。
「これからも、ねえ」
刃物を持つ人間が背後に立ち、押さえられるという状況。ギャスパーじゃなかったら、確かに嫌かもしれない。だが彼の言う『これから』は、いつまで続くのだろうか。それを訊くことは、ケネスにはできなかった。
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update 2019/9/26