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それはとても醜かった
ケネスが必要で、ケネスに必要とされたいギャスパーです。
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「ギャス、これ破けてる」
ケネスが一枚のシャツを差し出してくる。ギャスパーがそれを手に取り、確かめた。布の一部が、確かに裂けている。
「どこかに引っかけたのか?」
「多分な」
「仕方ない。こんど新しいシャツを買ってやろう。これはもう捨てろ」
「雑巾くらいにはなると思うけどな」
「お前の汗がしみこんだシャツで床を拭くのか? 余計に汚れそうだな。とにかくそれは捨てろ」
ケネスが肩をすくめた。
「はいはい、仰せの通りに」
ギャスパーがケネスにシャツを渡す。受け取ったケネスが、それを持って自室に戻っていった。その背中を見送って、考える。出会った頃の彼であれば、あのシャツはまだ着られると判断しただろう。与えられるのは嫌いだと言っていた彼はあの頃、服などをギャスパーから買い与えられるのに抵抗があるようだった。金はせびってきたが、自分から求めるのと他人の意思で与えられるのでは、恐らく違うのだろう。だが今は、ギャスパーから「買ってやる」と言われることを当たり前のように受け入れている。暗に向こうからねだってきたとはいえ、与えられたくないのであれば、そんな言い方はされたくないはずだ。彼の考えは出会った時と比べて、変わってきている。そんな気がする。
そこまで思考して、洗面所に向かう。鏡を覗くと、ひどく緩んだ『ギャスパー・アルニック』の顔があった。
「醜い顔だな、ギャスパー」
ケネスの変化が嬉しいと、その顔が語る。ギャスパー自身、その思いは自覚していた。
少し前、汗を硬質化させる能力を持つ怪人と戦った後のこと。戦いの中でかぶった水によってケネスが風邪をひいた時、ギャスパーの「休め」という言葉を彼は拒否した。それがショックだった。自分は彼にとって、具合が悪い時に甘えられない存在なのか。自分の近くでは、安心して休めないというのか。そんな気持ちを抱いた。結局、仕事にかこつけて休ませようとするので精いっぱいだった。そのようなやり方しかできない自分が、嫌になってくる。
暗い表情になった自分の顔を、鏡で見る。さっきの締まりのないものより、自分らしい。
ケネスが、ギャスパーから与えられることを受け入れるようになった。それでも、まだ足りない。自分の傍にいるのが当たり前になって、自分から与えられることを喜んで、自分に甘えて、もっと自分を求めてほしい。
鏡に両手をついて、うつむく。
「ケネス」
大きく息を吸って、吐き出した。洗面台を見下ろし、『ギャスパー・アルニック』になってからの日々を思い返す。そこには、いつもケネスがいた。もはや、ケネスなしでの『ギャスパー』は想像できない。だが彼は、ギャスパーと出会うまでも彼なりにこの神都で生きてきた。恐らく、ギャスパーと別れても一人でやっていけるだろう。彼が自分の傍にいるのは、自分に買われた身であるからにすぎない。
自分にとってケネスは必要な存在なのに、彼にとってのギャスパーはそうじゃない。そう考えると、恐ろしくて仕方がなかった。どうすれば彼は、自分に甘えてくれるのか。自分を求めてくれるのか。彼は名前や居場所を与えられても、それを理由に自分に依存するような存在じゃない。きっといつでも、自分と離れることができる。神都での『ギャスパー』の仕事が終わったら、次の場所へ向かう自分をしり目に、以前の生活に戻るのだろう。
少しずつ頭を上げる。鏡には、先ほどより更に陰った顔が映っていた。まだ神都での仕事が終わる様子はないし、ケネスは同じ屋根の下にいる。それなのにこの表情はなんだ。これは、『ギャスパー』の顔ではない。きちんと、『ギャスパー』でいないといけないのに。もしケネスに見られたらどう言い訳するというのだ。
「しっかりしろ、ギャスパー・アルニック」
どうやったら、この不安を拭うことができるのだろう。どうやったら、ケネスにとって必要な存在となれるのだろう。いっそ彼を押し倒して、自分の味を教え込んで、自分なしではいられない身体にしてやろうか。そうすればさすがに彼でも、自分を求めてくれるようになるかもしれない。自分に襲われたら、彼は一体どんな顔をするのか。
「いつまでそこにいる気だ、ギャス」
声に振り返った。ケネスが、自分を見ている。
「歯、みがきたいんだけど」
いま自分は、どんな顔をしているのか。そう思いながら、身体ごと彼に向き直った。
「見ていたのか?」
彼が数回まばたきする。
「何をだよ。いいから、用事ないならどけって」
ケネスの目を見つめて、頭を軽く左右に振った。
「なんでもない。見ていないならいい」
歩き出して、ケネスの横を通りすぎる。明日にでもさっそく、ケネスと共に彼の服を買いに行こう。そんなことを考えながら。
「馬鹿なやつ」
小さな声が、背後から聞こえる。ケネスに、視線を向けられているような気がした。
さっき思い描きかけた、ケネスを組み敷く瞬間を想像する。だが、彼の反応は見当がつかない。思い浮かんだのは、彼の瞳に映る、欲望にまみれた自分の顔だけだった。
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update 2019/10/1