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その鎖の名は
日記で書き散らしたLOVELESSパロ妄想に対して、ケネスが空白の戦闘機だったらやばいというお言葉をいただいたのを受けて書いたものです。“言語”は“スペル”、“空白”は“ブランク”と読みます。ミミとシッポの描写は二人ともついてない前提で省きました。
直接の描写はないですが、モブの死に言及があります。
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夕暮れの中を、二人の青年が歩いていく。一人の赤い髪も、もう一人の亜麻色の髪も、夕日が等しく照らす。そのためか昼間より、二人の髪色は近いものに見えた。
「大したことなかったな、あいつら」
赤い髪の青年、ケネスが口を開く。
「そんなことを言うものじゃない。対戦相手には敬意を払え。戦闘にも美学が必要だ」
「美学なあ」
亜麻色の髪の青年、ギャスパーに目を向けた。
「『BLAMELESS』って名前をあんな使い方してる奴に言われたくねえな」
「我々は誰も傷つけずに勝つ。それが美学だ。名前の意味にも則っている。曲解しているのはお前のほうじゃないか?」
「でもお前、俺の戦い方にあまり口を挟まないな」
ギャスパーがケネスを横目で見る。
「お前が私の美学から外れない戦い方をするのなら、口を出す理由はない。お前の実力は分かっているし、信用している」
「そうかよ。まあいい」
ケネスが左胸を押さえた。
「いちど刻まれた名前を消すことはできない。俺はこの名前に従って、戦うだけだ」
寂しそうな顔を見せたケネスから、ギャスパーが視線を逸らす。
「期待しているぞ」
もう一度ケネスを見ると、彼はギャスパーから目線を外していた。
この世界には、同じ名前で繋がれた相手を持つ者がいる。その絆は唯一無二のものだ。同じ名前を持つ二人の片方は戦闘機、もう片方はサクリファイスとして他のペアと言語で戦う。文字通り戦闘機が戦い、サクリファイスがダメージを引き受ける。だが中には、「空白の戦闘機」と呼ばれる存在がいる。彼らは名前を持たず、それ故にどの名前でも刻むことができる。
ギャスパーはサクリファイス、そしてケネスは彼の名前を刻まれた「空白の戦闘機」だ。ギャスパーの本来の戦闘機が何者か、ケネスは知らない。
自宅に着いた彼らが部屋に上がり、揃って息をつく。今回の戦闘で受けたダメージはないが、それでも疲れるものだ。
ソファに腰を下ろしたケネスの前に、ギャスパーがひざまずいた。
「ケネス、痛むか?」
ケネスの左胸を撫でる。
「別に。互いの名前が違うならともかく、そうじゃねえし」
ギャスパーがそこを見つめた。
「いちおう見せてみろ」
ケネスがネクタイをほどき、シャツをはだけさせる。あらわになった左胸に、『BLAMELESS』の文字が刻まれていた。
「何もないだろ」
その名前に、今度は直に触れる。軽く口づけると、ケネスの肩が跳ねた。
「ギャス」
戸惑うように、ケネスが見てくる。
「お前それ、好きだよな」
ギャスパーは何も答えず、名前を指でなぞった。ケネスが背筋を震わせる。
「お前ってそういうの、本当の戦闘機にもしてたのか? 会ってないわけじゃねえんだろ?」
「そうだな、会ったことはある。でも私がこういうふうに触れるのはお前だけだ、ケネス」
ケネスの目が揺れた。
「なあギャス。お前の本当の戦闘機って、どんな奴だったんだ?」
ケネスを見ながら、先ほど戦ったペアを思い出す。戦闘には慣れていない様子だったが、互いを気遣い、思い合っている二人だった。今まで見てきたペアは大体そうだが、ことさらその傾向が強い二人だった。そういう二人と出会うたび、ケネスは彼らをうらやましそうに見つめている。ケネスの考える本当のペアとは、ああいうものだろう。
「美学のない男だった」
ケネスが眉を寄せた。
「お前と名前で繋がった相手だろ?」
「そうだ。だが名前の絆があるといっても、相いれないものは相いれない。名前の絆は絶対だというが、私にも譲れないものはある」
納得いかなそうに、ケネスがギャスパーに視線を注いでくる。
「そいつはどこでどうしてるんだ」
「死んだ。事故でな」
ケネスの眉間のしわが増えた。
「そうかよ。まあそのあと俺と組んでるくらいだ。そいつのこと、引きずったりはしてないんだな」
「お前がいるからな」
上目遣いでケネスを見る。緑の瞳が先ほど以上に揺らいでいた。
「名前で勝手に決められた相手じゃない。私が、自分で選んだのがお前だ」
ケネスに微笑みかけると、顔を逸らされる。
「お前にとって名前の絆って、戦闘機ってなんなんだよ。俺に名前を刻んだのは」
言葉を切って、ケネスが考え込んだ。少し経って、息を漏らす。
「こんなこと言っても仕方ねえな。さっきも言った通り、俺はお前に従うだけだ」
ケネスが立ち上がった。
「シャワー浴びてくる」
ギャスパーに背中を向けて、去っていく。それを見送って、自身もソファに身を沈めた。
ケネスの左胸に刻まれた『BLAMELESS』は、ギャスパーの持つ名前だ。『罪なき者』という意味の名前を体現するかのように、彼らは対戦相手のサクリファイスに傷を与えない。傷つけない程度に追い込んだところでケネスが賭けを持ちかけ、相手に降参させる。はったりでもなんでもいい。自分たちには勝てないと、向こうに思わせればいい。相手を攻撃していたぶって、身も心も傷つける必要などない。そのような行為に美学はない。幸いケネスには、他人をだまして誘導する能力がある。ケネスと組んだ頃から、それには目をかけていた。
ケネスは以前、人買いの元にいた。その人買いは「空白の戦闘機」を専門に扱っている男で、ギャスパーの本当の戦闘機だった。人を売って利益を得るその男の生き様は、ギャスパーの美学に合わなかった。なぜこんな男が自分の戦闘機なのだと、何かの間違いではないかと何度も思った。彼は『BLAMELESS』という名前に反しているのではないかと考えたが、彼を見ているうちに気がついた。『罪なき者』というのは清廉潔白であることを指すのではない。だましても盗んでも人間を売っても殺しても、罪にならないということだ。だからその男も、罪人ではないのだ。
向こうも向こうで、ギャスパーと馬が合わないことは感じていた。そのためかある日、「空白の戦闘機」を買うことを持ちかけてきた。もちろんそんなことは、ギャスパーの美学に反する。だが彼と組むのも限界だった。それに、どこに売られるか分からない「空白の戦闘機」を少しでも救えるのではないかと思った。罪のない彼らが、使い捨ての戦闘機とされるかもしれないことが耐えられなかった。偽善かもしれないが、一人だけでも引き取り真実の相方として大事にしよう。それがこの人買いのサクリファイスである自分の責任でもあるのかもしれない。そう考えた。
そしてギャスパーは、ケネスを買い受けた。彼を選んだ理由は直感だが、結果としてギャスパーの美学から大きく外れない戦い方をしてくれる戦闘機だった。口はあまりよくないが、他人を積極的に傷つけることをよしとする人間でもない。名前で繋がっているはずの人買いとは比べものにならないくらい、一緒にいるのが心地よかった。
ケネスに名前を刻む時は、どこに入れるかとても迷った。左胸に決めたのは、彼を心臓まで全て自分のものにしたい願望を、どこかで自覚していたから。そこに名前を刻まれる行為を、ケネスは抵抗せず受け入れた。むしろ嬉しそうですらあった。その姿が愛しくて、初めて名前の絆を実感した気がした。
あの人買いは、ギャスパーにケネスをもたらすという役目を終えた直後に命を落とした。実に不幸な事故、そう事故だ。彼がいなくなった以上、『BLAMELESS』の名を持つ戦闘機はケネスしかいない。その事実がどうしようもなく幸福だ。
名前を得たことを喜びながら、本当の絆をうらやむケネス。自分が替えのきく存在であると感じて、捨てられることを恐れている彼の姿。それがとても哀れで、愛らしい。
「空白の戦闘機」に名前を刻めるのは一回だけだ。ケネスはその一回をギャスパーに捧げた。彼は一生、『BLAMELESS』の戦闘機として生きるしかない。彼は生涯、ギャスパーのものだ。
懸念事項があるとすれば、ギャスパーが先に死んだ場合、ケネスがどうなるかということだ。戦闘機は主人が死んだ時に、自分も死ぬべきだとされている。少なくとも他のペア達はそれを求めてくる。だが美学に欠けるケネスのことだから、気にせずに生きていくかもしれない。自分が先に死んでも、彼が『BLAMELESS』の名を抱えながら一生を過ごすのなら、それはそれで悪くない。しかし自分が死んだ後のことなど分からない。もしかしたらケネスが、戦闘機の美学に殉じるかもしれない。彼が生きるか死ぬか自分次第かもしれないというのも、またいいものだ。彼の生だけでなく死まで自分のものになるのなら、これほど喜ばしいことはない。
ギャスパーにとって、最初に名前で結ばれた相手は間違いだった。ケネスこそが自分の真の戦闘機だ。ケネス以外の戦闘機と組むなど、考えるわけがない。それをケネスが分かっていない事実がおかしくて、おもしろい。もっとこちらを気にして、縋りついてくればいい。ギャスパーのことばかり考えて、離れられなくなって、名前の絆という鎖でがんじがらめになってしまえばいい。
足音が近づいてくる。ケネスが湿った髪を拭いながら、部屋に入ってきた。
「お前も浴びてこいよ」
ケネスの毛先から、床に水がしたたる。
「脱衣所を出るのは、きちんと水分を拭ってからにしろ」
「いいだろ別に。そのうち乾く」
仏頂面で髪を拭く彼に、肩をすくめた。
「まあいい。私も浴びてこよう」
「ああ」
立ち上がり、ケネスとすれ違う。その瞬間、切なげな視線を向けられた気がした。ケネスに見えないところで、口角を上げる。
ギャスパーの持つ名前は『BLAMELESS』、『罪なき者』。だから戦闘機を金で買おうが自分勝手な欲望で縛りつけようが、罪じゃない。そしてこの名前こそが、ケネスと自分の絆。
「心配しなくていいのに」
捨てられる心配などしなくていい。頼まれなくても、永遠に離してやらない。かわいくて愛しい、自分だけの相棒。
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update 2018/11/2