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冷たい記憶の先
冬インテの無配にしようと思って書き始めたものの、神都のモデルが香港あたりなら雪ほとんど降らないのではと没にした冬の話です。二人はデキてる設定です。
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冬は嫌いだ。全身が凍えて、体力が奪われていくから。
ケネス・ハウアーは、カイエ・デ・ドロゥボー社が借りている部屋の窓から外を眺めていた。視線の先は銀世界で、雪がやむ様子はない。今夜は仕事がなくてよかった。そう思いながら、積もり続ける雪を見続けた。社主であるギャスパー・アルニックは出かけており、今ここにいるのはケネスだけだ。呆けてようが遊んでようが、注意してくる者はいない。
孤児であるケネスは、寝泊まりする場所に困ったことが何度もあった。暖かい時期ならまだいいが、冬に寝床を確保できなかった時は本気で死を予感した。それを思えば、こうして室内から雪を眺めていられることが、得がたい幸福に感じられる。実際にそうなのだろうが、ここで過ごすのが当たり前になった今は、そのありがたみも薄れてしまった。
背後から足音が近づいてくる。
「さっきからずっと雪を眺めてるが、どうしたんだ」
声に振り返った。
「いつ帰ってきたんだよ。さっきからずっと俺のこと見てたのか?」
ギャスパーが小さく笑う。
「一歩も動かずにひたすら雪を眺めてる姿なんて見たら、気にもなる」
「そりゃ確かに。でももっと早く声をかけてもいいんじゃないか? 俺の後ろ姿をひたすら眺めてるほうがどうかと思うぜ」
ギャスパーが更に近づいてきた。ケネスの髪を撫で、笑みを深める。
「お前の髪と雪の取り合わせが綺麗で、見とれてた」
ケネスが眉をひそめた。
「またそういうことを」
「冗談じゃないぞ。本気で言ってる」
「分かってるから余計たち悪いんだよ」
肩をすくめて、ギャスパーの手を掴む。
「意外と温かいな、お前の手」
「手袋をつけてコートも着ていたからな。暖房の効いた部屋にいたし、ストーブも点けずにこんなとこに立ち続けてたお前ほどは冷えてない」
ケネスが身体を震わせた。
「寒い」
「言わんこっちゃない」
ギャスパーに肩を抱かれて歩く。来客用のソファに座った彼の脚のあいだに、腰を下ろさせられた。後ろから抱きしめられ、彼にもたれかかる。
「あー、あったけえ」
ギャスパーが息をついた。
「ずいぶん冷えてるな。どれだけ雪を見てたんだ」
「そんなの覚えてるわけねえだろ」
ケネスが身をよじる。ギャスパーが腕を緩めると、彼のほうを向いて抱きついた。
「こっちのほうがいい」
「その体勢で座るほうがきついと思うが」
「お前の顔が見たいんだよ」
ギャスパーが目を丸くして、笑う。ケネスの背中に腕を回し、抱きしめ直した。
ケネスがギャスパーの顔を見つめる。
「なあギャス、雪は好きか?」
「嫌いではないな。子どもの頃は雪で遊んだりもしていた」
「雪で遊ぶ、子どものギャス?」
ケネスが眉を寄せた。
「想像できないな」
「ひどいことを言うな。私にも無垢な子どもだった頃はある」
「無垢」
ギャスパーに視線を注ぐ。
「お前にこれほど似合わない言葉あるか?」
苦笑して、ギャスパーがケネスを抱く力を強めた。
「お前も人のことは言えないだろう」
「そうだな。無垢な子どもじゃ生きていけない」
自分が雪で喜ぶような子どもだったら、きっととっくに凍え死んでいる。
「もしそうだったら、お前とこうして一緒にいることもなかっただろうな」
ギャスパーがケネスの頭を撫でる。
「そうだな。その場合は私も、お前と組もうとは思わなかっただろうし」
ケネスがギャスパーを再び見た。
「それもあるか」
「太陽の下で生きている人間を盗賊にするのは、美学がないからな。ところでケネス、お前はどうなんだ」
「何が」
「雪の話だ」
ケネスが目を伏せ、ギャスパーの首元に顔をすり寄せる。
「嫌いだよ。ただでさえ冬なんて寒くて体力泥棒なのに、雪まで降ったら更に寒くなるだろ。そんな夜に寝る場所が見つからなかったら、死ぬんじゃないかって本気で思う」
ギャスパーの手が、ケネスの髪をまた撫でた。
「でも今は、そんなことを気にする必要はない。それに、冬も悪いことばかりじゃないと思わないか?」
ケネスが顔を上げる。
「お前を暖めるという口実で、こうしてくっつくことができる」
呆れ顔をギャスパーに向けた。
「いらないだろ、そんな口実。くっつきたいならくっつけばいい」
ギャスパーが苦笑いを浮かべる。
「風情がないことを」
「育ちが悪いからな。そんなもん縁がない」
「そんなことを言って。寒いと言ってきたのは、私に暖めてほしかったからじゃないのか?」
ケネスが再度、ギャスパーの首元に顔を伏せた。
「こんな回りくどいことするようになるなんて、誰に似たんだろうな」
ギャスパーの笑い声が聞こえる。自分の気持ちを全て見透かされているようで、少し悔しい。
「なあケネス。お前、本当に雪が嫌いなのか?」
「なんだその質問」
「いや、私が帰ってきたことにも気づかないくらい、嫌いなものに見入るものだろうかと思ってな」
ケネスが思考する。雪を眺めていたのは、決して綺麗だと思ったからではない。
「お前が、寒がってるんじゃないかと思って」
わずかに間を置いて、頭を撫でられた。ギャスパーの顔は見えないが、恐らく笑っているのだろう。
「気にかけてくれるのは嬉しいが、お前のほうが冷えてたらしょうがないだろう。せめてストーブくらい点ければよかったのに」
「別にいいだろ。お前も俺を暖めるって口実できたって喜んでたんだから」
顔を動かして、ギャスパーに目を向ける。
「あと、柄にもなく物思いにふけってた」
ギャスパーが不思議そうな顔をした。
「お前が?」
「そんな顔すんな。似合ってないのは分かってる」
眉を寄せたケネスに、ギャスパーが口元を緩める。
「過去に浸れるのは悪いことじゃないと思うぞ。生きるのに必死だった時は、そんなことしていられなかったんじゃないか? それだけ今は余裕があるということだ」
ギャスパーを見つめ、ケネスがまた考える。
「そうかもな」
凍死しかけたことを遠い過去として思い返せるのも、嫌いなはずの寒さも厭わずに雪を眺めていられるのも、居場所があるからだ。
ギャスパーが優しく微笑みかけてくる。それに小さく笑みを返して、彼に軽く口づけた。
将来のことは分からない。だが少なくとも今は、彼の隣が自分の帰る場所だ。その事実だけで、凍えていた子どもの自分も救われるような気がする。
「なあギャス。今更だけどストーブ点けるか?」
ギャスパーが思案する。
「別にいいんじゃないか。今のままで充分、暖かい」
背中を撫でてくる手に、ケネスがまぶたを伏せた。
「そうだな」
二人でいれば、どこでもあたたかい。それを実感しながら、ケネスが窓の外へ視線を向ける。降りゆく雪を初めて少しだけ、綺麗だと感じた。
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update 2018/11/2