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いつか失うもの
デキてるギャスケネで、愛されることがつらいケネスの話です。
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ケネス・ハウアーとギャスパー・アルニックは、浴槽に張った湯に浸かり息をついた。一仕事を終えた身に、湯のぬくもりがしみる。ギャスパーの脚のあいだに座るケネスは、頭を撫でられながら、浴室の壁を眺めていた。
「ケネス、私にもたれかかったらどうだ」
「別にいい」
ギャスパーがケネスの身体を抱き、後ろに倒してきた。
「この体勢のほうが楽だろう」
ケネスは観念して、そのまま身を委ねた。再び髪を撫でられながら、天井を見上げる。
「少しくらい、こっちを見てくれてもいいんじゃないか」
ギャスパーへ視線を向けた。慈しむような表情の彼に、むずがゆさを覚える。ギャスパーとくっついた背中から彼の鼓動を感じて、のぼせそうになった。撫で続けてくる手に、胸の奥が熱を帯びる。
誰にも与えられなかったケネスにとって、愛というものはよく分からない。だがなんとなく、ギャスパーが自分に向けてくる感情がそうなのだろうと思う。
「ケネス、そろそろ上がろう」
「そうだな」
湯船から出て、二人で脱衣所に行く。バスタオルを頭にかぶせられ、髪を拭かれた。最初にこうされた時は抗議したが、最近では諦めている。子ども扱いされているような気分だけど、悪い気はしない。考えてみれば、子どもの頃に子ども扱いされたことなどなかった。そのせいだろうか。
思考しているうちに、上半身の水分が拭われていることに気づく。
「あとは自分でやる」
バスタオルを奪い取って、下半身を拭き始めた。もう一枚のバスタオルを取り出し、ギャスパーが自分の髪を拭う。それを横目で見て、身体の水分を拭った。寝間着を身に着け脱衣所を出て、寝支度を調える。
「ギャス、今日はするのか?」
ギャスパーがケネスを見た。
「お前はあまり、乗り気じゃなさそうだな」
苦笑して、ギャスパーがケネスの肩を抱く。
「今日はこのまま寝よう」
別にしたいなら、すればいいのに。
「分かった」
そう感じながらも、二人でベッドに潜り込む。ギャスパーに背を向けると、後ろから抱きしめられた。
「お休み、ケネス」
「お休み」
本当にこのまま寝る気なのか。そう思うと、少し寂しい。だが、自分から求めるのは憚られた。何度も人を騙し、盗みを働いて生き抜いてきたのに、こんなことをためらうなんて。
背中からまた、ギャスパーの心臓が脈打つのを感じる。自分の心臓の動きも、彼に伝わっているのだろう。いつまでこうやって、彼と鼓動を重ねられるのか。
ギャスパーは世界中で暗躍する盗賊一族の一人だ。揃って盗人なんてろくでもない一族だと思うが、それでもそこには、紡がれてきた歴史がある。彼はそれを背負っている。子をもうけ、その歴史を繋いでいくことも期待されているだろう。いつか彼にも妻ができて、子が生まれ、自分とは距離が開いていく。その時、自分はどうなるのだ。彼に愛されて甘やかされて、それに浸るのが当たり前になってしまった自分は。
ギャスパーのことは、好きだと思う。彼に抱かれるのはやぶさかではないし、求められればいつでも応じる気はある。少なくとも、仕事上の相棒としてだけではない気持ちを抱いてはいる。こうして抱きしめられるのも、嬉しいと感じる。だからこそ、つらい。どんなに身体を重ねても、自分が彼の子をなすことはない。
なぜ彼は、自分に愛情を注いでくれるのだろうか。そもそも自分は、彼に買われた存在だ。盗みの相方として求めたと言われた時は、納得できた。生きるために盗んできた自分と美学のために盗む彼は、一見すると相いれないようだが、だからこそ補い合える。彼に買い受けられた代わりに、彼の仕事を手伝う。それでつり合いがとれていたはずなのに、彼がそれを壊してきた。契約にないはずの愛情を、ケネスに与えてきた。それを拒んで仕事だけの関係だと、彼に言えばよかったのかもしれない。だが自分は、そこまで強くなかった。優しく自分を見つめてくる瞳に、抗えなかった。いっそ欲望をぶつけてくれればよかったのに、彼は優しく触れてくる。今日みたいに、ケネスがその気でないと感じれば、無理に求めてこない。大事にされているのだと思う。
こんなふうに扱わないでほしい。いつか失うと分かっているものを、与えないでほしい。いっそ欲望を晴らすための道具として使われたほうが、よほど楽だ。それでもこの身体は、優しく愛でられる快感を知っている。もう、彼と出会う前には戻れない。
軽く身じろぎをする。ギャスパーが動いたのを感じた。
「ケネス、眠れないのか?」
「そっちこそ」
身体の前に回された手に、自分の手を添える。いつまでもこの手が、こうして自分を抱いてくれればいいのに。そんなことを考えてしまう。
顔を動かして、ギャスパーを見る。
「なあギャス、やっぱヤるか?」
ギャスパーが苦笑いを浮かべた。
「無理しなくていいぞ」
「してねえよ。ギャスにしてほしいんだ」
身体ごと彼に向き直る。ギャスパーがケネスの身体を抱き直して、唇を重ねてきた。
このまま掻き抱いて、自分の不安を消してほしい。例え一時しのぎでしかなくても、そう感じてしまう。
「好きだよ、ギャス」
ギャスパーが目を見開く。
「お前からそんなことを言ってくるのは珍しいな」
そう言いながら、ギャスパーが身体をまさぐってくる。それを受け入れながら、ケネスが目を閉じた。
いつかなくしてしまうものだとしても、この手の感触は今、自分だけのものだ。そんな刹那の感情に、ただ身を任せた。
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update 2018/10/22