僕の愛しいお姫様 3 | Of Course!!

僕の愛しいお姫様 3

「今、何と言いましたか?」

 ユーフェミア殿下が口の端を引きつらせ、ルルーシュを見ている。ルルーシュの方は僕の腕にしがみつきながら、

「だから、結婚するんだ。スザクと」

「けっ、こん」

 項垂れたユーフェミア殿下を見ながらも、ルルーシュは笑顔だ。鈍感って恐ろしい。

「皇帝への謁見はまだなんですけど、何とか認めてもらえるように頑張ろってルルーシュと話してて」

「認めません」

 顔を上げ、ユーフェミア殿下が詰め寄ってくる。

「別にスザクが結婚しようが駆け落ちしようがどうでもいいです。でも相手がルルーシュとなれば、話は別です! ルルーシュをお嫁に行かせたりなんかしません。私が幸せにするんです!」

 ルルーシュは何回か瞬きをして、首を傾げた。

「しかしユフィ。君は見合いをするんだろう?皇帝直々の命令だし、確実に結婚させられるだろう。そうなったら君は、この離宮を出ないといけないだろうし」

 何を言ってるんだ君は。全然違う。論点がずれにずれまくってる。

 ユーフェミア殿下は拗ねた顔でルルーシュを見た後、僕を睨んできた。

「スザク。ルルーシュに何を言ったのですか?」

「それは、どういうことでしょうか」

 目の前の皇女が眉間に皺を寄せていく。

「あなたが純粋なルルーシュをたぶらかしたのでしょう! 絶対に許しません」

「ユフィ、落ち着け。どうしたんだ今日は。そんなに取り乱して」

 ルルーシュがユーフェミア殿下の肩を掴む。ユーフェミア殿下は不満そうに俯いて、

「とにかく、私はあなた達の結婚なんて絶対に認めません」

「ユフィ、どうしてそんなことを言うんだ。君は私が嫌いなのか?」

「嫌いなわけありません。好きです、大好きです!」

 どさくさ紛れに告白してきたよこの人!

 しかしルルーシュは眉を下げてユーフェミア殿下を見るだけだ。

「じゃあ、何で私達のことを認めてくれないんだ」

「それは、ですから」

 ここまで言われて気づかないルルーシュってどうなんだろう。さすがに普通の姉妹愛と違うってわからないかな。

「とにかく、駄目なものは駄目なんですっ」

 困った顔をしていたユーフェミア殿下が叫ぶ。ルルーシュは納得いかない表情で、

「そんなのは理由になっていないだろう。ちゃんと言ってくれないと分からないよ、ユフィ」

「言ってる、つもりなんですけど」

 目線で訴えるユーフェミア殿下から、ルルーシュが目を逸らした。

「わがままばかり言うと、絶交するぞ」

 ユーフェミア殿下が瞳を見開き、ルルーシュに抱きつく。

「お願いだからそんなこと言わないで。ルルーシュに絶交なんてされたら、私死んじゃいます」

「じゃあ、結婚を認めないなんて言わないでよ!」

「駄目です。それだけは撤回できません。でも絶交も嫌です!」

「そんなの反則だ! どっちか選べ! 選べないならもう、君の意思なんて金輪際聞かないからな!」

 女性同士の喧嘩ってすごいんだなあ。そういえば、この二人がこんな喧嘩をしてるのは、初めて見るかもしれない。

 二人はしばらくの間、睨み合っていた。やがてルルーシュが溜息を吐き、

「出直してくる。君が強情なのは知っていたけど、まさかここまでとはな」

 ルルーシュが背を向けて歩き出す。

「どこへ行くの?」

「帰るに決まってるだろ」

 冷たい声のルルーシュに、僕も息を吐きたくなる。普段は仲良し姉妹な二人の仲が、ここまでこじれるなんて。

「待ってルルーシュ!」

 ユーフェミア殿下がルルーシュに駆け寄り、首筋に抱きついた。

「何だユフィ、突然」

 ルルーシュの言葉が、ユーフェミア殿下の唇で遮られる。ルルーシュが信じられないと言うように目を見開いた。

 唇を離したユーフェミア殿下が、潤んだ目でルルーシュを見つめる。

「ルルーシュ、好きです。姉妹としてじゃなく、あなたを好きなの。ルルーシュと離れたくないし、誰にも渡したくない。お願いだから、結婚なんてしないで」

 涙を零して襟元に縋り付いてくるユーフェミア殿下を、呆然としながらルルーシュが見下ろす。

「しかし、ユフィ。私達は、どっちも女だ」

「それくらい、とっくの昔に分かってます!」

「そう、だよな」

 ルルーシュが呆けた様子で呟く。頭がついてきていないようだ。

 泣き続けるユーフェミア殿下に、何を言えばいいんだろう。ルルーシュもそれが分からないと言うように、ただユーフェミア殿下を見つめていた。

 けっきょく僕達は、タイミングよく公務から戻ってきたコーネリア殿下に状況を話した後、離宮を辞した。コーネリア殿下がユーフェミア殿下を宥めてはくれたけど、とても話を続けられる状態じゃなかったからだ。

 アリエス宮へ向かいながら、二人で歩き続けている。互いに言葉もなければ、顔も合わせていない。

 視線を横に向けると、複雑な表情のルルーシュが目に入る。彼女は一瞬こちらを見て、すぐに逸らした。

「どうしたんだい?」

「別に」

「ユーフェミア殿下のこと、気にしてるの?」

「気にしてるというか、その、あれだ。つまり」

 ルルーシュが目線を上に向けたり、横に向けたりする。そんな彼女に微笑むと、彼女の口元も緩んだ。

「私さ、その、昔から鈍いとはよく言われてたんだ。確かに、好意なんかは言われるまで気づかないことが多かったから、自覚は一応ある。でもなかなか、すぐには矯正できなくてな。ユフィのことだって、母さんやナナリーが生きてた頃からの付き合いなのに、全然気づかなかった。随分と思い詰めていたようだし、もしかしたらずっと、私の鈍感さのせいで悩ませていたのかなって」

 段々と暗い声になって、俯いていくルルーシュを抱きしめる。ゆっくりと、彼女の腕が背中に回された。

「大丈夫だよ、ルルーシュ」

「何が?」

 そんなの、僕にも分からない。でも、他にどう言えばいいって言うんだ。

「あのさ、ルルーシュ」

「何だ」

「できるだけ早く結婚しよう。ユーフェミア殿下の気持ちに応えられないのに、変に期待を持たせる方が酷だからさ。君が人妻になっちゃえば、殿下もきっと諦めがつくよ」

 ルルーシュが、僕を見上げてくる。

「確かに、そうかもしれないな」

「だろ? だからユーフェミア殿下のためにも、結婚を認めてもらえるように頑張ろう」

「そうだな。じゃあ今から、皇帝への謁見を申し込みに行こう」

「……君、フットワーク軽いね」

 走り出したルルーシュの後に続いて、僕も足を進めた。ドレスで走る彼女の足には、早歩きでも追いつける。

 二人で皇帝への謁見を申し込みに行った結果、今月中は無理という回答を得た。アリエス宮に着いた頃には、揃って溜息ばかり漏らしていた。

「まあ、分かってたことではあるがな。腹を立てたところで、皇帝の予定が変わったりなんてしない。気長に待つしかないな」

 ソファに腰を下ろしたルルーシュは、疲れた様子で背もたれに寄り掛かった。

「今日はお疲れ。肩でも揉もうか?」

「いや、いい。お前も疲れてるだろ」

「僕は大丈夫だよ。鍛えてるからね」

 笑顔を見せても、ルルーシュは納得していない表情だ。

「だからって、疲れないわけないだろうが。……でも、そうだな。どうしても私に何かしたいと言うのなら」

 僕の服を掴んで、ルルーシュが耳元に唇を寄せてきた。

「一緒に寝よう。最近、別々に寝てたからな」

 ルルーシュを見ると、僅かに瞳が潤んでいる。

「別にいいだろ? そういうことをして、子どもができたとしても、どうせ結婚するんだから」

 身も蓋もないことを言うな、この子は。

「コーネリア姉さまのことがあってから、あまりそういうことしてくれなくなったし。だからちょっと、寂しいかなって」

 そういえば僕は、ルルーシュに迫らなくなった時に、ルルーシュと何も話をしなかった。でも、それじゃ駄目だったんだ。ちゃんと、ルルーシュがどう思ってるかも訊くべきだった。

「ああいや、でも、折り紙とかも楽しかったぞ。私はスザクと一緒にいられれば、それでいいと思っている。けど」

 何かを勘違いしている様子のルルーシュを、キスで黙らせる。彼女の身体を抱きしめると、少しずつ僕の背中に腕が回された。

 

 

「お前、やりすぎだ」

 ルルーシュが自分の腰をさすりながら、頬を膨らませている。

「ごめん。久しぶりだったからつい、張り切っちゃって」

 顔をしかめながらも起き上がろうとしているルルーシュを、両腕で支えた。

「今日は休んだらどうだい?」

「そういうわけにはいかないだろ。たった一日でも休めば、公務に差し支える」

「でも、ルルーシュ」

「うるさい。私は休まないと言ってるんだ。素直に従え、枢木スザク」

 毅然とした皇女の顔で、彼女が僕を見る。普段は敬語を使うと怒るくせに、ずるい。

「イエス、ユアハイネス」

 僕は膝を折り、ルルーシュに向かって敬礼して見せた。

「随分とノリがいいな、お前」

 彼女は自分で命令したくせに、眉間にしわを寄せている。理不尽だ。

「とにかく、私が着替え終わったらすぐに仕事に向かうからな」

「分かったよ」

 微笑んで見せると、彼女の表情も和らいだ。

 この日のルルーシュは今までにないくらい早く仕事を片付けると、その足でコーネリア殿下とユーフェミア殿下の離宮へ向かった。

「姉様。昨日はご報告できませんでしたが、私はスザクと結婚します。皇帝にも、認めさせてみせます」

 コーネリア殿下はルルーシュを見て、深い溜息を吐く。

「そうか。お前は、決めたのだな」

「はい。もう誰に何を言われようと、私の決意は揺らぎません」

 コーネリア殿下の視線が、僕へ向いた。何とも表現し難い表情で僕の顔を見た後、ルルーシュに視線を戻す。

「本当に、何を言っても聞かない目だな。お前も、枢木も。まあいい。皇帝に認めさせるのは難しいだろうが、頑張れ」

 優しい笑みを向けられたルルーシュは、嬉しそうに頷く。しかしすぐに眉を下げて、

「あの、ユフィはどうしていますか? もし大丈夫そうなら、話がしたいのですが」

「難しいな。当分はお前の前に姿を見せないだろう。一応、私からも言っておく」

 俯いたルルーシュに、コーネリア殿下が肩をすくめてみせる。

「あの子がお前をどう思っているかは知っていた。だが不毛な恋だ。だから、何とかユフィが諦められるようにしようと思っていた。しかし思うようにいかず、気が付けばあの子も十六だ。だがやっとユフィの見合いの日取りも決まったし、お前も結婚する意思を固めた。最早ユフィは、お前を諦めるしかない。いい機会だ」

「姉様は、その、ユフィのお見合いには納得されているのですか?」

 ティーカップを持ち上げようとしていたコーネリア殿下が、動きを止める。

「皇帝の命令は絶対だ。それに、ユフィには政治や軍事の勉強をさせていなかったからな。見合いさせるしかないことは分かっていた。幸い、相手は爵位も高い。結婚すれば、醜い皇族達の争いとも無縁になるだろう」

「それが、ユフィにとっての幸せだとお考えなんですか?」

 コーネリア殿下が、ティーカップを持ち上げた。

「そうでなくてはならないんだ。皇族として生き抜くことは、あの子には難しい」

「……そう、ですか」

 ゆっくりと瞬きをして、ルルーシュが立ち上がった。

「今日は、これで失礼します」

「紅茶なら、まだあるぞ」

「いえ、大丈夫です。けど念のために、一度ユフィの部屋に寄ってもいいですか?」

「ああ、構わない」

 コーネリア殿下が頷いたのを見て、ルルーシュが廊下を進んでいった。ユーフェミア殿下の部屋の前で足を止める。

「ユフィ。出てきてはくれないか」

 ドアの向こうから、返事はない。

「姉様に結婚のこと、報告に来ただけだから、もう帰るな。でも、また来るよ。次に来た時は、顔を見せてもらえないか?」

 やっぱりユーフェミア殿下の声は聞こえない。悲しそうにドアを見つめていたルルーシュが、振り返る。

「帰るぞ、スザク」

 廊下を戻り、コーネリア殿下にひとこと挨拶をすると、ルルーシュは離宮を後にした。

「待ってよ、ルルーシュ!」

「うるさい。さっさと歩け」

 僕を見た彼女は、拗ねているようだった。

 その日から毎日、ルルーシュはユーフェミア殿下に会いに行った。でもユーフェミア殿下はルルーシュのいる間、部屋から出ることもなければ、口すら利かない。コーネリア殿下が言うには、ルルーシュがいない時は部屋から出てきているそうだ。ルルーシュはそれに安心しながらも、アリエス宮に帰る時はいつも無言で俯いていた。

 そんな状況のまま、あっという間に二週間が過ぎた。

「もうすぐだな。ユフィの見合い」

 やはりユーフェミア殿下に会いに行った帰りに、ルルーシュが呟く。

「そうだったっけ?」

「ああ。確か、次の火曜だ」

「そっか」

 そのお見合いの日が来たら、状況はどうなるのだろうか。

「ああ、そうだ。来週辺りに、皇帝と謁見できそうだぞ」

「えっ、本当!?」

 ルルーシュが少し嬉しそうに頷く。こんな顔、久々に見た。

「まだ詳しい日取りは分からないし、謁見できても簡単に認めてはもらえないだろう。でも、頑張ろうな。スザク」

「ああ、もちろんだよ」

 互いに笑顔で会話したのも、久しぶりな気がするな。

 

 

 とうとう、ユーフェミア殿下がお見合いする日が来た。なぜか誰よりも一番、ルルーシュが落ち着かない様子を見せている。

「そんなに心配しなくてもいいんじゃないのかい? どうせ結果は同じだろ。少し落ち着きなよ」

「分かってる。でも、変な相手じゃないよな? もしスケベ親父だったら私がぶん殴って」

「だから、落ち着いてって」

 部屋の中を歩き回ったり、忙しなく表情を変えたりするのは見てておもしろい。でも二日後に皇帝との謁見することが決まったのに、別件でこんなに取り乱していて大丈夫だろうか。

「相手は大公爵だろ? 大丈夫だって」

「甘い、甘いぞスザク。爵位と人格は比例しないんだ」

「そうかもしれないけど、相手だって爵位が高いなりにプライドがあるだろうし、少なくともお見合いの場でみっともなく鼻の下を長くしたりすることはないんじゃないかな」

「分かってる。しかしユフィの見合い相手は結構いい歳みたいだし、十代半ばの娘が相手となると」

 そりゃ、貴族だって人間なんだから、そういうことも考えるだろう。いい歳で独り身なら余計に、若い女性との結婚がほぼ確定っていうのは嬉しいだろうし。

「確かにお前の言う通り、見合い相手は今日だけでも大人しくしているだろうし、姉様もこれでユフィが結婚することを望んでおられる。あとはユフィの気持ちの問題でしかない」

「そこまで理解してるなら、心配する必要はないだろ。せめて座ったら?」

 ソファを軽く叩くと、ルルーシュは不本意そうな顔で腰を下ろした。

 そんな彼女と並んで座ってから、二時間か三時間くらい経った頃だろうか。アリエス宮にコーネリア殿下が訪ねてきた。その姿が見えた瞬間、ルルーシュが立ち上がる。

「どうでしたか、姉様」

 緊張した面持ちのルルーシュに、コーネリア殿下が微笑む。

「上々だ。これから話し合わなければならないことは、まだ山のようにあるがな」

「……そう、ですか」

 ルルーシュが安心したように息を吐いた。

「そういえばルルーシュ。明後日に皇帝と謁見すると聞いたが」

「はい。スザクとの婚約の旨をお伝えするつもりです」

「そうか。そちらもいよいよだな」

「ええ」

 頷いたルルーシュの瞳はとても力強い。コーネリア殿下はそんな彼女に苦笑した。

「どうなるか分からない以上、私から言えることはない。だがルルーシュ」

 背筋を伸ばしたコーネリア殿下に、ルルーシュも姿勢を正す。

「悔いだけは残さないようにな」

「……はい。皇帝に受け入れられるかは分かりませんが、全力を尽くします」

 

 

 結局のところ、ユーフェミア殿下とは顔を合わせないまま、この日を迎えてしまった。

 僕とルルーシュの先には赤い絨毯が敷かれ、両脇に大勢の貴族が立っている。僕達を見ながら小声で話しているのが煩わしい。

 ルルーシュが背筋を伸ばし、絨毯の上を歩いていく。彼女の後に続き、僕も足を進めた。正面の玉座にいる皇帝と距離が縮まるごとに、冷や汗が背中を伝う。そういえば皇帝と実際に会うのは初めてだと気づいて、余計に緊張が高まった。

 立ち止まったルルーシュが跪き、敬礼する。僕も膝をついて玉座を見上げた。

「皇帝陛下、本日はご機嫌うるわしゅう」

「挨拶はいい。早く用件を言え、ルルーシュ」

「分かりました。では単刀直入に申し上げます」

 ルルーシュが顔を上げる。

「後ろに控えている我が騎士、枢木スザクと婚姻を結びたいと考えているため、その許可をいただきに参りました」

 周りの貴族たちがざわつきだす。嘲るような目を向けられるのが鬱陶しい。

 皇帝がルルーシュの目を見る。

「本気か?」

「冗談を言うために謁見を申し出るほど暇ではございませんよ」

「お前はなかなかよい働きをしているから、それに見合った相手を見繕うつもりでいた。まさか、騎士なんぞにうつつを抜かしていたとはな」

 皇帝が僕へ視線を向ける。しかしすぐにルルーシュへ向き直り、

「確かお前の騎士は、この国の出身ではなかったな」

「はい。極東の島国、日本の生まれです」

「お前は、自ら名を汚す愚行を犯そうというのか。騎士との婚姻という時点で正気を疑うのに、ましてやブリタニア出身ですらない名誉騎士候が相手とは」

「おっしゃりたいことは分かりますが、誠に残念ながら、私は至って正気です。その上で申し上げております」

 皇帝が僅かに眉をつり上げた。

「母親が騎士候という不利な状況を物ともせず、自らの力で築いてきた地位を放棄するつもりか」

「はい。私には不要なものです。どんな位に就き、どれほどの名誉を手に入れようと、本当に欲しいものが得られなければ意味はありませんので」

 ルルーシュも皇帝も、互いの目を真っ直ぐ見つめ合う。

「私達の婚姻を認めてください。皇帝陛下」

 皇帝が目を閉じ、考え込む。一体、次に放たれる言葉はどんなものなんだろう。額に汗が滲んでくる。

 目を開いた皇帝が、ルルーシュをまた見据える。

「駄目だ。お前にはまだ、やってもらわねばならぬことがある。どうしてもその騎士への執着を断ち切れないなら、私が解任しよう」

「……父上!」

 ルルーシュが動揺した様子で立ち上がる。

「なぜですか! 後ろ盾のない皇女に価値などないでしょう」

「それを決めるのはお前ではない。マリアンヌ亡き後もお前をアリエス宮にいさせたのは、お前の能力を買ってのことだ。まだ働いてもらわねば困る。お前が皇女でなくなる時が来るとすれば、それはこちらの見繕った貴族とお前が婚姻を結ぶ時だ」

 真っ青な顔で、ルルーシュが床に座り込む。

「そんな、私は」

「ルルーシュ!」

 敬礼を崩し、彼女の肩を掴む。震えながら泣きそうな顔で俯く姿が悲痛だ。

「皇帝の前で取り乱すとは、お前達ふたりとも未熟だな。枢木スザクは解任だ。ルルーシュ、お前も一時の気の迷いでこのような愚行を犯すのはやめて、皇女としてより一層の」

「気の迷いではありません!」

 目尻に涙を浮かべながら、ルルーシュが立ち上がった。

「ほう、気の迷いでなければ何だと申すのだ」

 鋭い目を向けてくる皇帝を、ルルーシュが睨みつける。

「愛です!」

「ええっ!?」

 いきなり何を言い出すんだ! ルルーシュらしくもない。

「以前の私は、あなたに従うことに何の疑問も抱きませんでした。しかし私は彼と出会い、彼を愛してしまいました。ただそれだけなんです。私は愛を覚え、そのために皇女としての自分を捨てようとしている。私自身、ただの気の迷いだと疑ったことはありました。でも違います。確かに私は一人の女として、彼を愛してしまったのです。そうなると、その人と一緒に幸せになりたいと思うのは当然です。あなたにも心があるなら分かるでしょう?」

 何でそんな芝居がかった言い回しになるんだろう。でも、これがルルーシュの本音なんだ。そう思うと、胸が熱くなってくる。

 周りを見ると、貴族たちも固唾をのんでこちらを見ている。それでも皇帝は冷ややかな目のまま、ルルーシュを見下ろしていた。

「お前はいつの間に、そのような戯言を言うようになったのだ。くだらん」

「く、くだらないとは何ですか!」

「くだらんものはくだらん。お前はしばらく頭を冷やすべきだ。騎士は本日をもって解任とする」

 ルルーシュが俯く。唇を噛み、泣くのを堪えているのが一瞬みえた。

 もう諦めるしかないのかな。やっぱり、僕の身分で皇女と結婚できるわけなんてなかったんだ。そう感じた瞬間、謁見の間の扉が開いた。

「お待ちください、皇帝陛下」

 入って来たのはコーネリア殿下だった。皇帝の前まで歩み寄った彼女は跪き、強い目で見上げる。

「どうか二人の仲をお認めください!」

「……ねえさま?」

 ルルーシュが呆けた表情でコーネリア殿下を見つめる。

「私がルルーシュの分も働き、皇帝陛下へ貢献いたします。ですので、どうか何とぞ」

「公務の埋め合わせはお前でもできよう。だが、ルルーシュが結婚すると言っている相手は外国出身の騎士だ。とうてい認められん」

「おっしゃることは分かります。しかし名誉騎士候と言え、枢木スザクは最早、国内でその名を知らない者はいないほどの騎士です。その実績は認めて然るべきだと私は考えております。それに外国出身とは言っても、彼はナンバーズではないので、国是にも背かないはずです」

 実力主義、ナンバーズは区別する。ふだん皇帝が掲げてる方針だけど、なるほどそうくるか。

「やけに必死だな、コーネリアよ。皇女として生きることを選んだ自分の代わりに、ルルーシュを後続としての暮らしから脱却させるつもりか」

 コーネリア殿下が目を見開く。僕やルルーシュも身体が強張った。皇帝は知ってるのか、あのことを。

「よもや知られているはずがないと思っていたわけではあるまいな? お前が一時期とはいえ騎士の子を孕んでおったことを」

 ルルーシュに向けられていたのと同じ冷たい瞳に、コーネリア殿下が視線を彷徨わせる。ルルーシュも僕も、そんな彼女を見つめるだけで言葉が出てこない。どうしよう、このままじゃコーネリア殿下までお咎めを受けることになる。せっかく加勢に来てくれたのに。一体どうすれば、

「皇帝陛下!」

 またしても扉が開く。歩いてきたのは、第二皇子のシュナイゼル殿下だった。

「シュナイゼルか。次から次へと許可もなく」

「申し訳ございません、陛下」

 シュナイゼル殿下が皇帝の前に跪き、コーネリア殿下の背中に手を添える。

「コーネリアのことで、申し上げたいことがございます。確かに妊娠については、彼女の不注意かもしれません。しかし、知っていながらその情報を隠そうとしたのは私です」

「兄上!?」

 コーネリア殿下が立ち上がる。シュナイゼル殿下は彼女を見て、また皇帝へ目を移した。

「コーネリアは妊娠に気づいた際、潔く公表しようとしました。それを私が止め、秘密裏に中絶してなかったことにするよう言ったのです。兄であり宰相でもある私に彼女は従いましたが、やはり不本意だったのか、プライドが許さなかったのか、隠し通すことができなかったようですね。もし彼女が本気で隠そうとしていれば、もっと皇帝の耳に入りにくいよう手を回していたことでしょう。彼女は頭も回りますし、優秀ですから」

 シュナイゼル殿下を見ていた皇帝が、コーネリア殿下へ顔を向ける。

「シュナイゼルがいま言ったことは本当か? コーネリアよ」

「えっ、あ、その」

 コーネリア殿下がシュナイゼル殿下を窺う。彼が微笑むと、コーネリア殿下が小さく頷いた。

「はい、そうです。シュナイゼル兄様が、隠した方が今後のためにいいと」

「しかしそれでも、お前が妊娠し、それを隠していたのは事実。コーネリアよ、分かっておるな」

 皇帝の言葉に、コーネリア殿下が瞼を伏せた。悲しげな彼女に、シュナイゼル殿下が申し訳なさそうな表情を見せる。

 もう駄目だ。僕達も、コーネリア殿下も、恐らくはシュナイゼル殿下も、罰せられることになるだろう。僕は解任だって言われてしまったし。

 溜息を吐いた瞬間、三度目の扉が開く音が聞こえた。

「待ってください!」

 凛とした声に、その場の全員が振り向く。そこにいたのは、近ごろ姿を見ていなかったユーフェミア殿下だった。以前より少し痩せたように見える。

「ユフィ!?」

「どうしてここに!」

「さっきまで部屋に籠っていたのに」

 そんな声が横から聞こえる。しかしユーフェミア殿下は、周りの困惑など気にせずやってきて、皇帝の前でドレスの裾を軽く持ち上げ会釈した。

「皇帝陛下、ご機嫌うるわしゅう」

「今日は然るべき段階も踏まぬ不届き者が本当に多いな。お前達には基本的なマナーから教え直さねばならぬようだ」

「お言葉ですが皇帝、私達はあなたからマナーを教わったわけではありません」

「ゆ、ユフィ!」

 コーネリア殿下が焦った声を上げる。まあ、間違っても皇帝に言うことじゃないよな。

 ユーフェミア殿下が皇帝に一歩ちかづき、微笑む。

「皇帝陛下。お姉様は女性としての幸せより、皇女としての道を選ばれました。それは尊重していただけませんでしょうか」

「コーネリアを罰するなと申すか?」

「もちろん、ただでとは言いません。私の皇位」

「待てユフィ。それは君のセリフじゃない」

 ルルーシュが低い声を出す。彼女を振り返ったユーフェミア殿下は、嬉しそうな表情を浮かべた。

 覇気を取り戻したルルーシュが皇帝の方を向く。

「皇帝陛下。コーネリア姉様を罰するのはおやめください」

「何だと?」

「代わりに、私の皇位継承権を返上いたします」

 謁見の間が静まり返る。誰もが返す言葉を失っているようだ。それもそうだろう。普通こんな手段を使うのは、国是でも庇えないような余程の罪人くらいのものなんだから。

 皇帝が身体を震わせる。ルルーシュが訝しむと同時に、彼は大口を開けて笑い出した。初めて見る皇帝の様子に、場にいる全員が目を丸くしている。一体、どこにそんな笑える要素があったんだ。

「そう短くない時間を生きてきたが、お前達のような奴らは初めて見た。我が子ながらおもしろいことを言う。いいだろう。ルルーシュの皇位継承権と引き換えに、コーネリアへの罰則は免除だ。シュナイゼルの無礼も赦そう。今日からお前はただ人だ。枢木スザクと結婚するなり何なり、好きにするといい」

 えっ? 皇帝は今、何て言った? だってそんなこと、現実だと思えない。

 自分の頬をつねってみる。痛い。夢じゃない。ぜんぶ許されたんだ。僕とルルーシュの結婚も、コーネリア殿下の過去も。

 ルルーシュを見ると、彼女も信じられないというように目を丸くしている。横にいる殿下たちも同じような表情だ。ルルーシュに抱き付くと、彼女の身体が跳ねる。だけどゆっくりと、僕の背中に腕が回って来た。

 周りから拍手が聞こえる。音は段々と大きくなっていき、僕達を祝福する歓声も聞こえた。

 しばらくルルーシュと抱き合った後、皇帝にお礼を告げ、殿下たちと共に謁見の間を出る。その間もずっと拍手が響いていた。扉の外に出たところで、安心した様子のクロヴィス殿下が近づいてくる。

「ああよかった。安心したよ。一時はどうなることかと思った」

「すみませんクロヴィス兄様。お待たせしてしまいまして」

「いいんだよユフィ。むしろ、私が余計なことをする前に君が着いてよかった」

 頭を下げるユーフェミア殿下と苦笑するクロヴィス殿下に、コーネリア殿下が眉を寄せる。

「どういうことだ?」

「ああ、それはね」

 シュナイゼル殿下が口を開く。

「コーネリアが陛下に進言するつもりだと気づいたユフィから相談されたんだ。陛下に君の妊娠が知られている可能性もあるし、そのことを持ち出されるかもしれない。加勢はしたいが、上手く話を逸らすことができるか分からない。それにコーネリアにも気づかれたくないから、できればコーネリアとは時間をずらして来たいと。それで私とクロヴィスで、力添えと時間稼ぎができないかと思ったんだ。ユフィが来る前に話がまとまればそれに越したことはないと思ったけど、本当に時間稼ぎにしかならなかったね」

「いいえ、本当に助かりました。ありがとうございます兄様」

 ユーフェミア殿下が明るい笑顔を見せる。反対に、ルルーシュは浮かない表情だ。

「ユフィ。どうして君が私達を助けてくれようとしたんだ?」

「どうしてと言われても、邪魔をする理由が見当たりませんよ。私はお見合いをして、結婚することが決まってますし」

「それは、そうかもしれないが」

 目を逸らしたルルーシュに、ユーフェミア殿下が微笑む。

「あなた達と会わなかった間、考えていたんです。反対しても仕方がないって分かっているのに、私は何をやってるんだろうって。私はお見合いがありますし、そもそも同性でルルーシュと結ばれることなんてないんだから、意地を張らないでルルーシュの幸せを一番に考えるべきだって思ったの。それにお見合いの相手の方が本当にお優しくて、私はきっと幸せになれるって感じました。だから余計に、ルルーシュにも幸せになってもらわなくちゃって」

 ユーフェミア殿下が、ルルーシュの両手を握る。

「大変なこともあると思いますけど、頑張ってね。ルルーシュ」

 優しく笑む彼女の手を握り返すルルーシュの目には、涙が滲んでいた。

「ありがとうユフィ」

「あっでも、スザクが変なことしたら私の所に来ていいですよ」

 こちらを見て笑う彼女に、僕も微笑み返す。

「ご心配なく。そんなことは絶対にありませんので」

「まあ、すごい自信ね。今後が楽しみだわ」

 僕達を苦笑しながら見ていたルルーシュが、近づいてきて僕の手を掴む。

「行くぞスザク。皇位継承権を返上した以上、私はもう皇族じゃない。ここを出る準備をしないと」

「あ、そっか。そうだよね」

 コーネリア殿下が眉を下げて笑う。

「寂しくなるな」

「大丈夫ですよお姉様。別に今生の別れじゃないんですから」

 ユーフェミア殿下の表情は清々しく、部屋で考え込んでいた期間で本当に吹っ切れたんだと分かる。

「ルルーシュ、お手紙くださいね」

「ああ、必ず出すよ」

「約束ですよ」

「分かってる」

 笑い合う二人の様子は、以前と全く変わりがなかった。

 

 

 皇宮を出た僕とルルーシュは、小さな田舎町に移り住んだ。皇位継承権を失ったとはいえ、ルルーシュが皇帝の娘という事実は変わらない以上、目立たない方がいいということでそうなった。

 一応は結婚式もしたけど、呼んだ人はごく僅かな、とてもささやかなものだ。皇族だとバレると騒ぎになるからと、細心の注意を払って来てくれた殿下達に見守られた式はとても幸せだった。

 僕達が暮らす家は広いとは言えないけど、二人で暮らすには充分だ。何より、エアコンがいらないくらい気候が穏やかで過ごしやすい。

 この家には時々、手紙が届く。差出人は様々だけど、一番まめに送ってくるのはユーフェミア殿下だ。結婚してすぐの頃、彼女からは「私はもう皇族じゃないから、改まった話し方はやめて」と言われ、それ以降はルルーシュ達のようにユフィと呼んでいる。そのユフィからさいきん届いた手紙は出産の報告で、読んだルルーシュがお祝いを贈らないといけないと嬉しそうに笑っていた。

 そんなルルーシュのお腹にも今、新しい命が宿っている。まだ性別が分からないその子に、ルルーシュはまいにち話しかけている。我が子に会える日を楽しげに待ち構えているルルーシュは本当にかわいい。きっと子どもも彼女に似て、とても愛らしいんだろうな。そう考えるだけで頬が緩んでくる。

 今までは、僕の守るべき存在はルルーシュだけだった。でも、今度は二人になる。それがとても嬉しい。こうしてこれからも、彼女や子どもと穏やかな日々を重ねていくんだろう。今後に思いを馳せると胸が弾んで、幸せな気分になれる。

 彼女が皇女じゃなくても、僕が騎士じゃなくても、そんなことは関係ない。最初からそれはどうでもいいことだった。ただ一緒にいる方法がそれだっただけだ。主従関係なんてなくても、彼女を守るためなら剣をとるし、この身を盾にしよう。

 だからいつまでも隣で笑っていてください。僕だけのお姫様。

 

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update 2015/2/21