自由って、
没SSを見返してたら出てきたものです。pixivでは「エレミカっぽい短文詰め合わせ」として2014/1/28に上げたものの中に入れてました。
坂本真綾さんの「モアザンワーズ」がモチーフになっています。死ネタです。
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一人の少年が、墓地に佇んでいる。彼は、一つの墓標の前を見下ろし続けていた。
「――久しぶりだな」
本当に、久しぶり。あなたがここに来るのは、いつ以来だろうか。もう既に、分からないくらいだ。
「なあ。オレさ、ずっとお前に言いたいことがあったんだ。そんなこと言って、何回も言えないままでいるし、言えても、もう遅いと思うが」
少年の身体は、震えている。彼は「言いたいこと」を言おうとする度に、そうなった。
でも、大丈夫。ちゃんと分かっている。あなたの言いたいことを、この世界は全て知っているのだから。言わなくてもいいの。本当に大事なことは、何一つ。
「オレは、お前が」
彼が口を開くと同時に、風が吹く。木々がざわめいて、まるで彼に語り掛けているかのようだ。彼も心得ているらしく、口を閉ざしてしまった。
少年は、エレンはきっと寂しいのだろう。彼の行動を阻むものはない、この世界で。比喩的な意味ではなく、文字通り、何もない。今の彼の傍には、心配性の母親も、知的な親友も、よくついて回る口うるさい幼なじみもいない。彼を叱る上司も、訓練兵の頃から共に過ごしてきた戦友も、誰一人として。
エレン。あなたは、自由だ。もう巨人もいない世界で、あなたを巨人だと憚る人も存在しない。それでも、あなたの表情は晴れない。
あなたは、知ってしまった。彼に干渉する人間がいる限り、本当の自由とは言えない。必ず、何か制約ができてしまう。だが、本当の意味での自由は、一人になることだ。そうすればもう、あなたに口出しする人はいない。それでも、自由がいいとあなたは言えるのだろうか。
ねえ、エレン。自由って、せつなくない?
エレンは、地面に座り込んだ。目の前の墓標に手を伸ばし、それを抱えて、顔を寄せる。恐らく、彼は泣いている。前に来た時も、そうだった。同じように、私の墓標に触れて、泣き続けた。
私はあなたに、伝えたいことがあった。他の百の言葉より、その一つの言葉が大事だった。そしてそれは、あなたに伝わると信じていた。でももう、私はあなたにそれを伝える術を持たない。あなたに、泣かないでと言うことすらできない。
「ミカサ」
何? エレン。
「オレは、お前を守りたかった。お前に守られるオレじゃなくて、守る自分になりたかった」
エレンの言葉に、私は目を見開いた。私はずっと、エレンの傍にいたくて、ただそれだけで生きていた。あまりにエレンが危なっかしく、傍にいることすら難しくて、エレンを守らなければいけないと思ってしまっていた。エレンが、大人しく守られることをよしとする人間ではないことは、分かっていたのだが。それでも、あなたを守りたかった。
私は、エレンの気持ちを、ちゃんと理解できていなかった? 彼の流した涙を拭えるくらい、近くにいたはずなのに。
「ごめんなさい」
エレンが顔を上げる。まるで、私の声が聞こえたみたいに。そんなこと、あるわけがないのに。
彼は寂しそうに笑い、俯いた。
「なあ、ミカサ。オレを守ろうとするお前にいい気持ちがしなかったり、お前に助けられることが多い自分をじれったく思ったりするのも、お前がいてこそだよな」
墓標を撫でて、エレンが呟く。
「いい気持ちがしなくても、じれったくても、お前がいてくれた方がよかった」
ごめんなさい。あなたのことを、きちんと分かることができなくてごめんなさい。先に逝ってごめんなさい。あなたを、泣かせてごめんなさい。
「でも、オレがこうやってへこたれてたら、お前は怒るんだろうな。お前はオレに、生き方を教えてくれたなんて言ってたけど、そのオレがこのざまじゃ駄目だ」
目元の涙を拭って、エレンが立ち上がった。首元の、くたびれた赤いマフラーを掴んで微笑む。
「お前や、皆のことを意識しているうちは、一人じゃないって思える気がするよ」
エレンの顔が、こちらへ向けられる。なぜだろう。私のことは、見えていないはずだ。なのに、
「あの日に、一緒に帰るって言ってくれてありがとう」
私の方こそ、嬉しかった。ありがとう、エレン。
「ミカサ。オレ、もう行くな」
「うん。いってらっしゃい、エレン」
エレンが、笑みを深くする。手を振ると、彼は私に背中を向けて去って行った。
もう大丈夫。あなたは、今だけのあなたではないから。あなたは、これまでの喜びや悲しみと一緒に生きている。生きていける。
だからきっと、あなたが生を全うするその日まで、私達は会うことはない。それまではしばらくさようなら、エレン。
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update 2016/5/28