1.7m級の巨人 | Of Course!!

1.7m級の巨人

こんなタイトルですがシリアスです。

全てが終わった後の話。不老不死ネタがやりたかっただけのものです。

 

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 この世から、巨人がいなくなった。巨人でできていた壁も、全て消え去った。

 もうオレ達は、大事なものを理不尽に奪われることがない。自由なんだ。巨人の存在を気にすることなく、どこにでも行ける。

 巨人に変身できる人間で、オレ達の敵でもあった奴らは、全てが終わった後に処刑された。かつて一緒に兵士としての訓練を受けてきた奴らだから、何も思わなかったわけじゃない。あいつらなりに事情があったのも、よく分かった。だが、平和になった世界を生きていくには、あいつらは罪を犯しすぎたんだ。

 そんな状況だったが、正確には全ての巨人がいなくなったわけじゃない。一体だけ残っていた。それは、オレだ。処刑された奴らと同じように巨人に変身できるにも関わらず、人間側として戦ったために、オレは生存を許されている。

 それでも、今は唯一の巨人であるオレを恐れる声もある。それと同じくらいオレを英雄視する人間もいて、派閥ができているらしい。だがオレはそんなことより、早く外の世界を探検したかった。ミカサやアルミンと一緒に、自由を満喫したい。実際に、二人と一緒に旅に出る準備も進めている。

 オレが巨人化できなくなったことが判明したのは、そんな日々の中でのことだった。今の世で巨人化の力をどのように生かせるか試したい、実験をしたいとハンジさんに言われ、巨人化しようとした時のことだ。

「残念だなあ。もう少し、君の力について研究したかったのに。でも今の世の中じゃ必要ない力だし、よかったね」

 ハンジさんは笑ってそう言ってくれた。残念なんて呟きながらも、本当に嬉しそうな表情だ。

「まあ、よかったじゃねえか。これで俺に削がれる心配をする必要もなくなって、お前も安心してるだろ」

 リヴァイ兵長の言葉には。苦笑するしかなかった。恐らく、兵長なりに祝ってくれてるんだろう。

 ハンジさんや兵長でもこんな感じだったのだから、ミカサやアルミンの喜びようは尋常じゃなかった。

「安心したよ。これでもう、エレンを処刑しろなんて言う人はいなくなる。特に君の身体に異常もないようだし、言うことなしじゃないか」

「本当によかった。もうこれで、エレンは化け物だと言われなくて済む。エレンのことを、ちゃんと人間だと、認めてもらえる」

 ふたり揃ってオレの手を握りながら、涙を浮かべている。こいつらは巨人化できるオレを恐れず、化け物扱いもしないでいてくれたが、それでも思うところはあったんだな。

「ありがとな」

 二人の手を握り返して微笑んでみせたが、オレは上手く笑えただろうか。泣いてはいないだろうか。

 この時のオレは、ある一つの疑問点に感づいたにも関わらず、見ないふりをした。もう何の憂いもなくなったし、心置きなく探検に出ることができる。そう考えるようにしていた。だが、無理だった。

 巨人化できなくなったことを、一緒に戦った同期達にも報告して回り、そろそろ外へ向けて出発しようとしていた時のことだ。オレは荷造りをしていた時にテーブルに当たり、上に載っていた花瓶を落としてしまった。割れた花瓶の破片を拾う時に、誤って指を切ってしまう。ここまでは別に普通だ。

「エレン、大丈夫!?」

 ミカサが切れた指先を口に含み、傷口を舐めてくる。

「おい、やめろよミカサ」

 もう片方の手をミカサに伸ばしたのと同時に、ミカサが目を見開く。

「血、止まってる」

「は? なに言ってんだ、お前」

 いくらちょっと切っただけとは言え、そんなに早く怪我が治るわけが、

「……何だ、これ」

 視線の先にあるオレの指には、傷ひとつついていなかった。

 やっぱり、気のせいじゃなかったんだ。巨人化実験の時に目にした、不可解な点。巨人化するために噛んだ手の甲の傷が、異様に早く治ったこと。

「エレン」

 ミカサの声は、不安げに震えていた。

 

 

 壁外へ出るのは、いつでもできる。それより先に、知らなければいけないことがある。

 オレは、今までの巨人に関する研究結果をまとめるのに忙しいハンジさんから、何とか約束を取り付けた。と言うか、簡単に事情を話したら、こっちが最優先だと時間を作ってくれた。

「傷がどんな風に治るのか、その時には見てないんだよね」

 テーブルを挟んで座るハンジさんが、真剣な顔をする。

「はい」

 オレが頷くと、ハンジさんが何やら考え出した。

「ねえ、エレン。君に痛い思いをしてもらうことになるけど、一度、見せてもらってもいいかな。君の負った傷が、どんな風に修復されるのか」

「はい、構いません」

「できれば大きい傷の方が分かりやすいとは思うけど、傷を負うのはエレンだし、何でもいいよ」

 「ここじゃちょっと暗いし、外に出ようか」と言うハンジさんの声に従い、屋外に出る。太陽が眩しく輝く今日は、少し暑い。

「少し移動しよう」

 ハンジさんに連れられるままに歩いた先は、周りに木の一本もない草原だった。

「万が一、本当に万が一だけど、君が巨人化でもしたらいけないから、念のためね!」

 言い方は冗談めいているが、目が笑っていない。そりゃオレだって、愉快な結果にはならなそうだとは思う。

 ポケットから取り出したナイフで、手首を深く斬り付ける。血が激しく吹き出して、オレの顔にかかった。

「確かに大きい傷の方がいいとは言ったけど、また随分と派手にやったね」

 苦笑するハンジさんの顔が、すぐに強張った。オレの傷口から、蒸気が上がってきたんだ。

 蒸気は止めどなく上がり続け、血の勢いが段々と弱まっていく。完全に血が止まったところで手首を拭き取ると、傷痕すらなかった。

 ハンジさんが、呆然とオレの手首を見ている。

「これは、何てことだ」

 少し前に『よかったね』と言ってくれたハンジさんの笑顔を思い出して、少し胸が痛くなった。

 ハンジさんは俯き、溜息を吐いた。

「傷が治る様子が巨人と同じだってことは、君が巨人化できていた時なら、まあ分かるよ。巨人の特徴の一つってことでね。でも今のエレンは、巨人化もできない。巨人化能力だけなくなって、巨人としての特性は残ったのか?」

「そんなこと、あるんですかね」

 まさか、そんなことがあってたまるか。巨人化能力がなくなったっていうなら、傷の修復なんかも含めて、ぜんぶ元通りになるのが筋ってもんだろ。

「まだ、分からないことが多すぎるね。今のところ、傷は巨人と同じように治るってことは判明したけど、今の君がどこまで巨人と同じなのか、確認する必要がある」

「はい。オレも、そう思います」

「もっと確かめたいのはやまやまだけど、巨人みたいにうなじを削がないと死なないのか、なんて実験するわけにはいかないよなあ。それでエレンが死んじゃったら元も子もないし。歳を取らないのかどうかも、何年か経たないと分からない」

 頭を抱えたハンジさんが、「そうだ!」と顔を上げる。

「一度、私の家に戻らない? 窓を塞いで、日光の遮断をしてみよう」

「分かりました」

 頷くと、ハンジさんに手首を掴まれた。そのまま、手を引っ張られて歩く。移動中、ハンジさんに「そういえば、痛覚はあるの?」と話しかけられた。

「それは、ありますよ」

「そうなんだ。今までもあったんだよね?」

「当たり前でしょう」

「まあ、そうだよね。実はさ、エレンって巨人化する時、思いきり手を噛んでたから少し気になってたんだ。もしかしたら、痛みを感じてないんじゃないかって考えたこともある」

「そうだったんですか!?」

 こんなことを話している間にハンジさんの家に着き、中に入る。手分けして窓を全て塞ぎ、室内を真っ暗にした。

 結論としては、暗闇の中でも、オレは普通に活動ができた。

 

 

 目の前に、青く光る水が広がる。風はほとんどなく、水も穏やかに流れている。初めて聞くはずの波の音は優しく、安心感を与えてくれた。

 そうか、これが海なのか。

「きれい」

 オレの左で、ミカサが呟く。

「うん、本当に綺麗だ。これが全部、塩水なんだよね。本当に、取り切れないくらいの塩が含まれてそうだ」

 右に立つアルミンが、興奮を抑えきれない様子で答えた。

「もう少し、近くに寄ってみようよ」

 アルミンに引っ張られるままに、足を進める。後ろから、ミカサもついてきた。

 しゃがんで手を水面につけたアルミンが、水を少し掬い、口に含む。

「しょっぱい」

「塩水なら、そりゃしょっぱいだろ」

「温度は? 冷たい?」

 オレの隣、アルミンの反対側にミカサが腰を下ろす。ミカサも水に手を入れ、

「冷たい」

「そういえばこの水って、遠くから見ると青いのに、近くで見ると無色だな」

 オレもしゃがんで、水面を見た。

「ああ確か、理由については本に書いてあったよ。太陽光にはいろんな色の光が含まれてるんだけど、光の屈折率が」

「お、貝がいる」

 目についた貝を拾おうとするが、逃げられてしまった。

「くそっ、素早い奴だな」

「ちょっとエレン、聞いてる?」

 アルミンが顔を覗き込んでくる。ミカサは呆れた表情でこちらを見ていた。

「でも何だか、不思議だね。巨人がいなくなって、本でしか知らなかった海を、実際に見てるなんて」

「しかし、素直にそれを喜べる状況でもない」

 ミカサの言葉に、アルミンが苦笑して俯く。

「本当だよ。何の憂いもない状態でここに来れていれば、最高だったのに」

「……悪い」

 二人が同時にオレを見た。

「別に、君のせいじゃないよ」

「そう。エレンは悪くない」

 微笑むアルミンと、無表情なミカサ。信じられないことばかりが続く中で、こいつらだけは変わらず一緒にいてくれる。

「ありがとな」

 こいつらがいてくれればきっと、オレはこれからも、どこにだって行ける。

「お前達と出会えてよかった」

 ミカサを見て、アルミンの方へ向く。二人とも、照れくさそうな表情をしていた。

 

 

「巨人がいなくなって、どれくらい経っただろうな」

 久しぶりに会ったジャンが、口を開く。

「どうしたのさ、急に」

 アルミンが不思議そうにジャンを見た。

「アルミンがオレと同じくらいの身長になったり、コニーとサシャが結婚したり、あの頃だと考えられなかったことばかり起きると思って」

「ああ、まあね。ちょっと聞き捨てならない言葉が混じってたけど」

 そんな会話を交わす二人を、ミカサと並んで見ている。そういえばあの頃は、成長期が来ればもっと身長が伸びて、ミカサより高くなると思ってた。でも結局、同じ目線のままだ。

「まあとにかく、オレ達の周りだけでも、いろんなことが変わったわけだが」

 ジャンの目が、アルミンからオレに移る。

「お前は、変わらないな」

 二十代も後半に差し掛かり、昔より大人っぽい顔つきになったそいつに、憐れまれているような気すらする。一人だけ、十五歳の姿のままという状態を。

「好きでこうなってんじゃねえよ」

 この間は兵長と会ったけど、身体能力が少し衰えたとぼやいていた。横でハンジさんが兵長をおっさん呼ばわりして、はたかれてたな。そんなハンジさんの目尻には、以前はなかった小皺が目立つようになっていた。

 オレだって、嫌というほど分かってるさ。自分ひとりだけが、時間の流れから取り残されていることを。

 ジャンとアルミンが顔を見合わせている。ミカサはこちらを向いているようだったが、ミカサの顔を見る気にはなれなかった。

 

 

「ミカサ。一つ、試してみたいことがあるんだ」

「試してみたいこと?」

 不思議そうに首を傾げるミカサは、随分と綺麗になった。昔から整った顔立ちだとは思っていたが、歳を重ねるごとに磨きがかかっている。

「オレが巨人化できなくなっても、巨人と同じように傷が治ることが分かった時、ハンジさんが言ってたんだ。巨人化だけできなくなって、他の巨人的な部分は残ったんじゃないかって。最近の自分を見ていると、本当にそうじゃないかと思うんだ。だから」

 ポケットから、ナイフを取り出す。それをミカサに差し出し、

「これでオレの首を斬り落としてみてくれ。ハンジさんの仮説が正しいなら、うなじさえ傷付かなければ死なないはずだ」

 ミカサの顔が青ざめる。何をやってるんだ、オレは。こいつにこんな顔をさせるつもりはないのに。

 ゆっくりと、ミカサが首を左右に振る。

「嫌だ。エレンが、うなじを削がなければ死なないという保障はない。むしろ、首をはねた時点でそのまま死んでしまう可能性の方が高い。ので、そんなことはできない」

 まあ、こいつならそう言うだろうな。オレだって、ミカサが世界で一番、そんなことできないって分かってる。こいつにとってとてつもなく残酷なことを頼んでいるのも、承知の上だ。

 でも、そのまま死ぬかもしれないからこそ、ミカサにやってほしい。他の誰でもなく、ミカサの手で死ねるなら悪くない、なんておかしいよな。

 ミカサは全身を震わせて、ナイフから目を逸らす。

「エレンを殺すくらいなら、私が死んだ方が余程いい」

「それは、オレがよくないぞ」

 これは、難しいな。初めて会った日みたいに、こいつが吹っ切れるとも思えない。仮に吹っ切れてしまえたら、こいつが壊れそうだ。

 ナイフをポケットにしまい、ミカサの髪に触れる。背中まで伸びた髪は艶やかで、手触りがいい。

「悪かった。もうこんなことは言わない。忘れてくれ」

 ミカサは俯いた状態で、何度も頷いた。

 

 

「お前さ、結婚しないのか」

 刺繍をしていたミカサが、顔を上げる。

「エレンは?」

「しねえよ。こんな状態で、結婚も何もあるか」

「では、私もしない」

 ミカサはそれだけ言うと、刺繍を再開した。

「お前、いつまでオレと一緒にいる気だ」

「可能な限り、いつまでも」

「不毛だと思わないのか。オレはお前に、家族を作ってやれないのに」

「……なぜ?」

 また手を止めて、ミカサが何回か瞬きをする。

「もしかしてエレンは、自分は巨人と同じだから、生殖はできないと思ってるの? エレンが子どもを作れるかどうかは、試していないはず」

「可能不可能の問題じゃねえ。もしオレの子どもができたとしたら、その子がかわいそうだろ。化け物の子どもだってずっと言われることになるんだぞ」

「その時には、子どもの父親が誰か、隠せばいい」

「お前なー」

 どうしてそこまで、オレといることにこだわるんだ。もう人間ですらない、オレなんかに。

「仮にオレが子どもを作れたとして、その子どもが普通の、人間の子どもと同じように生まれてくるかは分からないだろ。オレの体質が遺伝するようなことがあればどうするんだ。それと一生かけて付き合わないといけないのは、その子どもになるってのに」

 ミカサが俯く。長い髪がそれに合わせて揺れる様子は、何だか艶やかだ。

「とにかく、お前は他にいい男を見つけて、そいつと結婚を」

「しない。私は、エレンじゃないと嫌だ」

 何でだよ。お前、あんなに家族ってものを強く意識してただろ。自分の両親も、ミカサを引き取ったオレの親も失ってしまってから、自分の家族が欲しいってずっと思ってたんじゃないのか?

「自分の家族を絶対に得られなくても、オレと一緒にいるっていうのか? オレはお前と夫婦になる気も、子どもを作る気もない。そもそも、子どもを作れるかすら怪しい」

 ミカサがオレの目を見る。泣きそうな表情で、頷いた。

「家族を得るためだけに、適当な相手と一緒になっても仕方がない。私は、エレンと一緒にいる」

 かつて、ミカサは言った。オレの行くところに自分も行くと。人生が続く限り、それを続けると。お前の気持ちは、あの頃と変わってないんだな。

「そうか。勝手にしろ」

 本当はきっと、傍にいたいのは、オレの方だ。オレに対して自分の傍に居続けてほしいとは告げず、むしろ自分からオレの近くに来ようとするミカサに、救われなかったと言えば嘘になる。でも一方で、歳を経るごとに女としてのタイムリミットに近づいていくミカサを、見ていられないとも思ってしまうんだ。

 別にミカサのことを、若さを失って醜くなってるとは思わない。ただ、女がその身に子どもを宿す年齢には限界があることを考えると、このままじゃいけないとも感じてくる。

「悪いな」

 オレの呟きに、ミカサが首を傾げた。

 

 

 二人きりで寄り添い合って、どれだけの時間が経ったのだろうか。ミカサの変化と共に何となくは分かったが、肉体的には何も変わらないオレにとっては、現実味がなかった。

 でもこれは、現実なんだ。嘘みたいに痩せ細って弱々しくなったミカサが、今まさに、旅立とうとしている。

 皺だらけの手を握ると、ミカサがオレを見て微笑んだ。

「エレン。今まで、一緒にいてくれて、ありがとう」

 昔の若さや瑞々しさは面影すら消えてても、ミカサは綺麗だ。本当に、そう思う。

「オレの方こそ、ありがとう。お前の傍にいられて、嬉しかった」

 素直にこう言えるようになるまで、随分と時間がかかってしまった。でももう、変な意地を張ったりしない。オレがミカサと一緒にいたいんだと、胸を張って言える。

「なあ、ミカサ。生まれ変わりって知ってるか? 人は死んでも、魂が転生して、また生まれてくるらしい」

 ミカサはただ嬉しそうに、オレへ目を向けている。もうお前は、手を握り返すことも頷くこともできないんだな。

「ミカサ。お前が生まれ変わったら、またオレが見つけてやる。見つけて、マフラーを巻いてやるから」

 だからその時は、お前がオレを殺してくれ。

 その言葉を口にする前に、ミカサが目を閉じた。安らかな寝顔だ。最後の一言が、口から出てなくてよかった。もし言ってたら、ミカサはきっと悲しんでいたはずだ。

 人の死ってものは、本当に呆気ないんだな。母さんの時も、ハンネスさんの時も、あっという間だった。でもだからと言って、慣れるものでもないと思う。

 ミカサ。本当に、お前と一緒にいられてよかった。結婚はしないと宣言したお前に強く言えなかったことを後悔した時もあったが、今となっては、オレは正解を選んだんだと思ってる。どこの馬の骨とも知れない奴に、お前の最期を看取らせたりしなくてよかった。

 でも、お前を失ったことを受け入れられるかというのは、それとは別問題だ。できれば失いたくなかったし、お前を亡くすのは、この一回だけで充分だと思う。だから、もしまた出会えたとしたら、お前を再び失う日が来る前に、お前の手でオレを殺してほしい。それまでオレは、他の誰にも殺されずにいるから。お前はもう、一回オレが看取ってやったんだから、充分だろ。今度は、オレの番だ。

「またな、ミカサ」

 胸が張り裂けそうなくらい痛むけど、お前とまた出会える日まで、涙を流すのはやめておくよ。泣くのも笑うのも、お前と一緒にしたいから。次に会うのが何百年後か何千年後か知らないが、その時には再会の喜びを分かち合って、一緒に泣くのもいいかもしれないな。例えそのすぐ後に、オレが死ぬのだとしても。

「次に会った時は、ちゃんとオレを殺してくれよ」

 髪を撫でても、ミカサは全く動かなかった。

 

 

 本当に、不毛だ。こんな状態で生き続けることに、何の意味があるっていうんだろうか。

 押し寄せては引いていく波を見ながら、オレはそんなことを考える。初めて見た時には、すごく鮮烈で綺麗だと思った海も、すっかり見飽きてしまった。オレの求めた自由って、こんなものだったのだろうか。

 いや、違う。あの時は、ミカサもアルミンもいたから。いま思えば、あいつらがいるだけで、世界は何倍も明るく見えた。とても眩しかった。実際に、あいつらを失った世界は、こんなにも暗い。

 ミカサ達を失うよりずっと前に、兵長もハンジさんも逝ってしまった。オレはそれを、人づてで知った。かつての上司の死はショッキングだったが、それでもオレは平静を保っていられた。二人とも穏やかな終末だったらしいし、それを知った時には、ミカサも一緒だったから。

 こうして考えると、オレの人生の節目には、いつもミカサがいた。本当にオレは、ミカサがいないと駄目なんだな。あいつがいないだけで、海ひとつ見るのにも、落ち着かない気分になってしまう。

 ミカサを失ってから、間を置かずにアルミンが逝った時には、気が狂うかと思った。ミカサを亡くした時には、オレと同じように悲しみに暮れるアルミンの姿に、安心したりもした。アルミンのミカサに対する感情は、オレがミカサに向けるものとは違ったが、確かに悲しみを共有していた。でもアルミンがいなくなったら、誰とその感情を分け合えばいいのか、分からなくなったんだ。

 だがそれも、最初の数百年だけだ。生きていく途中で会う人間達が、オレの境遇を憐れむことがあったが、そいつらはオレの全てを分かっちゃいないと気づいたんだ。何も知らないまま、オレをかわいそうと言う人間達に嫌気がさして、そいつらの元から逃げ出した。おかげで、今いる世界は灰色だが、とても穏やかだ。静かに、ミカサやアルミンを悼んでいられる。

 あいつらを失ってから、そろそろ二千年が経とうとしている。それまでの間に、知ってる顔に会うことはなかった。輪廻転生というのは、幻想だったんだろうか。

 海に背を向けて、オレは歩き出す。例え夢幻でも、少しでも可能性があるなら、オレは縋り続けたい。いつかまた、大事な存在に出会えることを願って。

 ミカサ。オレはこれからも、お前を探し続ける。探して、見つけ出してみせる。その時には、躊躇いなくオレを殺してほしい。後を追えとは言わないから。お前の手で、全てを終わらせてくれ。

 遠ざかる波の音を聞きながら、オレは足を進めた。

 

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update 2014/5/6