そんな二人の関係
調査兵団に入って間もない時期のつもりで書いてます。
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同期で、黒髪で、そばかすがある。共通点なんて、それだけなんだ。なのに、
「今日も、めちゃくちゃにしてやるよ」
女がオレに覆い被さって、血走った目を向けてくる。
「ああ。思いきりやってくれ」
それに応じるオレも狂っているんだとは、分かっている。それなのにやめられないのは、なぜなんだろうか。
「覚悟しろ、ジャン」
オレを見下ろして舌なめずりする女に、僅かだが興奮した。
「あれ、ジャン。どうしたの、それ」
金髪の同期が、自分の首元を指す。自分のそこにあるものが何か考えたオレは、そこを押さえ込んだ。
「虫刺されかな? あまり虫のいる時期じゃないとは思うけど、油断はできないからね」
「あ、ああ。そうかもな」
視線を動かすと、そばかすの女と目が合った。そいつはオレを見て、楽しそうに笑う。不愉快だ。
「ジャン? どうかした?」
「何でもねえよ、アルミン。それよりお前、ミカサと一緒に食わなくていいのか?」
「ミカサはサシャと食べてるよ」
アルミンの指す方を見ると、確かにミカサとサシャが並んで座っている。
「なるほど。サシャに飯を盗られねえよう、逃げてきたわけか」
「否定はできないな。でもミカサにとっても、たまには他の人と一緒に食事するのはいいことだと思うし」
「それに」とアルミンがオレを見る。
「何だか、ジャンの表情が優れないから気になって。悩みごとでもあるの?」
「そういうわけじゃねえ」
アルミンの目は、明らかにオレの言うことを信じちゃいない。それでも、本当のことなんて言えるわけがない。
「お前は気にしなくていい」
複雑な表情で、アルミンが首を傾げる。
「そっか。まあジャンが言いたくないなら、仕方がないね。でも、僕にできることがあったら言ってほしいな。せっかく同じ調査兵団に入った仲間なんだから」
「……ああ」
アルミンの顔を見ていられなくて、目線を逸らした。アルミンの話し方は、少しあいつに似ている。外見は全く似ていないのに、アルミンとあいつを重ねそうになる自分を自覚して、嫌になるんだ。
アルミンが目を見開く。アルミンの視線の先へ目を向ける前に、冷たい液体がオレにかかった。
「ああ、悪い。手が滑っちゃって」
目を向けた先で、そばかすの女が笑う。その後ろで、金髪の女が慌てた顔をしていた。
「ユミル。ちゃんとジャンに謝りなよ」
金髪の女がハンカチを取り出し、オレの服を拭き出す。
「ごめんね、ジャン。風邪ひいちゃいけないから、しっかり拭かないと」
「何でお前が謝るんだ。オレなら大丈夫だから。すまねえな、クリスタ」
「ううん、これくらい」
顔を上げたクリスタが、一点を見つめる。そこは、アルミンに指摘された場所だ。
「ああ、これか? 多分、虫刺されだ。オレもさっき、アルミンに言われて気づいたんだがな」
「そっか。女子寮じゃ今のところ虫は見てないけど、私達も気をつけなきゃね」
「ねっ、ユミル」と声をかけられたそばかすの女が、楽しげに口角を上げる。
「そうだな。クリスタの肌に、あんな目立つ跡ができないようにしないと」
あんな、と言いながらオレを見てくる。ユミルの奴は、何を考えてるんだ。クリスタは頬を膨らませて、ユミルを上目で睨んでいる。全く迫力はねえけど。
「ユミル、変なこと考えてるでしょ」
「変なことって何だよ」
「もう、ユミルってば。私に言わそうとして」
ユミルの奴はいつ見ても、クリスタといる時がいちばん楽しそうだ。もう一生そうしてろ。こうしてクリスタを構い倒しているユミルを見れば、あいつと別人だと思えるから。
「何だよ、ジャン。じろじろとこっちを見やがって。お前もクリスタとイチャつきたいのか?」
「なに言ってんだ。そういうのじゃねえ」
溜息を吐くオレの方へ、アルミンが身を乗り出す。
「ジャン、大丈夫? ごめん。僕もユミルに気づいてたんだから、もっと早く声をかけてればよかったんだけど」
「いや、問題ない。気にすんな」
眉を下げるアルミンに、手を振ってみせる。
「本当に大丈夫? 部屋に戻ったらすぐに着替えて、防寒をしっかりしてね」
心配げな顔のクリスタに頷いた。
「オレだって兵士だぞ。そんな簡単に風邪をひくほど、やわじゃねえよ」
表情の晴れないクリスタの首元へ、ユミルが手を回す。
「本人がいいって言ってんだから、ほっとけ。まあ女神様としては、見過ごせないのは分かるけどさ」
「何それー」と拗ねるクリスタを引きずり、ユミルがオレ達から離れていった。もう二度と来なくていい。
アルミンを見ると、何か言いたげにオレを見ていた。
「何だ、アルミン」
「……ジャン。君、クリスタに何かした?」
「何もしねえよ。いきなり何だ」
「ユミルはさっき、わざと君に水をかけたように見えたんだ。彼女がそんなことをするなんて、クリスタ絡みしか思い浮かばなかったから」
そうか。やっぱり、そう思うよな。
「いくらクリスタが優しかろうが、自分に無体を働いた人間を拭いてやるなんてできるか」
「うん、だろうね。自分でも正解だと思えなかったし。でもそうなると、他にどんな原因が」
再びアルミンがオレを見る。全てを見透かそうとしているような青い瞳から、視線を逸らした。
「さあな。ユミルの気まぐれじゃないのか」
「彼女が、気まぐれで人に水をかけるような人間とは思えないけどね」
オレもそう思う。だが、いっそのこと気まぐれであってほしいとも考えてしまうんだ。
食事を終えた後、寮の部屋で着替える。同室の奴らと他愛ない話をして過ごし、消灯時間を迎えた。ベッドに潜り、時間を過ごす。周りが完全に寝静まった頃、ベッドから出て部屋の外へ向かった。空き部屋に入ると、既に女が中に立っている。
「思ってたより早かったな」
逆光だが、女が笑ったのが分かった。今日は、随分と晴れている日だ。差し込んでくる月明かりが、眩しく感じる。
「どうした、ジャン。私に見惚れてるのか?」
「笑えない冗談はよせ。大体、早かったなっていうのはオレのセリフだろ。お前は女子寮から移動してきてるんだから」
「そりゃ、普通なら女同士で惚れた腫れたの話をして夜遅くまで騒いでて、部屋を抜け出すのも大変だろうよ。でも、私らの同期がそんなことしそうに思えるのか?」
「違いねえ」
そんな話を周りに振りそうなのは、せいぜいクリスタくらいだ。だがそれ以外が、答えの見えてるミカサや、食い物のことばかり考えてるサシャだからな。恋愛話をしても、絶対に盛り上がらないだろう。
気が付けば、女がすぐ目の前にいた。
「女と密会してる時に、他の女のことを考えるのはよくないと思うけどな」
女の腕が、オレの首に回ってくる。
「自分から同期がどうこうなんて言っといて、そりゃねえぜ」
「うるさい。言い訳がましい男は嫌われるぞ」
オレに顔を寄せた女に、唇を重ねられた。舌をねじ入れて、絡ませてくる。何度も角度を変えて、更に深く口づけてくる。こいつのキスは、けっこう執拗だ。あいつは、もっと優しかった。
女が少し口を離して、首元をなぞってくる。アルミンに指摘された、赤い痕だ。
「アルミンに気づかれた時は慌ててたのに、クリスタに見られた時は冷静に振る舞いやがって。つまんねえの」
「あれだけ思いきり見られてたら、隠しても仕方がないしな。幸い、アルミンが虫刺されと勘違いしてくれたから、便乗しただけだ」
「そうかよ」
月が動いたのか、女の顔が少し見えるようになってくる。そばかすと赤い唇が、オレの目を惹き付けた。
この女はあいつに、似てはいない。だがオレは、女のそばかすにあいつの面影を見ている。同期の誰よりも強く深く触れ合った、恋人の影を。
「なあ、ジャン」
女が身体を寄せてくる。左手が下に滑り、オレの中心に触れた。
「さすがにここばかりするのは、そろそろ飽きてきたんじゃねえの?」
「……何が言いたい」
「こっち」
後ろへ手が伸びてくる。女の右手がオレの尻を這い、服越しに窄みをなぞった。身体が跳ねたオレに、女が笑う。
「あいつには、ここを使わせてたんだろ? いま私としてて、ここに触られないのが、じれったいんじゃないのか」
女が右手で何度も、そこを撫でてくる。
「いらねえ、よ。お前は、今まで通りでいい」
「もしかしてお前、安心してんのか? 私が女で、ここに突っ込めるもんを持ってないから。ここは、あいつだけの場所ってことにできるって」
「別にそういうつもりじゃ」
「はっ、どうだか」
オレから手を離したかと思うと、女がオレの肩を思いきり押した。床に倒れ、背中を打つ。
「お前な。仮にも訓練兵団を出た兵士なんだから、受け身くらい取れ」
「よく言うぜ。受け身を取る暇なんて、与える気ないくせに」
オレに馬乗りになった女が、見下ろしてきた。
「分かってんじゃねえか。じゃあ、さっさとやるぞ。いつもみたいに、めちゃくちゃによがらせてやる」
こっちに向く切れ長な目は、あいつと似ても似つかない。ただオレは、オレを組み敷く存在が持つそばかすに、あいつの幻影を見たいだけなんだ。
「ユミル」
オレの襟元に、手が伸びてくる。
「珍しいな。お前がこういう時に、私の名前を呼ぶなんて」
ユミルは楽しそうに、オレの服を剥ぎ出した。
「たまには、そういう気分になる時もある」
オレの胸元を揉むユミルの表情は、あいつとは違う。あいつはオレを労わるように、優しく微笑んでくれたもんだが、ユミルはオレをいじるのがおもしろいだけだ。
しかし正直なところ、何がそんなにユミルの気に召したのかが分からない。この関係を続けることで、こいつにメリットがあるとも思えない。
「なあ。お前、楽しいのか。オレとこうしてて」
「まあ嫌だったら、さっさとやめてるな」
「答えになってねえよ」
「いちいちうるさいな。いいだろ、別に。私だって一応は女なんだから、男とヤりたい時くらいあるっつの」
普通の女は、わざわざこんなヤり方はしないと思う。なんて、言っても無駄なんだろうな。
「そうは言っても、毎回ただヤるだけっていうのも情緒がないな。何なら、リップサービスでもしてやろうか」
「例えば?」
「あいつみたいな口調で、愛の言葉を囁くとか」
「声が全く違うのに、そんなことをされても気分が出ねえ」
「ああ、それもそうか」
おかしそうに笑むユミルに、愛情なんてない。今日もまた、こいつに身を委ねて、されるがままになるだけだ。でも、お互い様だ。こいつだって別に、オレに惚れてるわけじゃないんだからな。
「オレ達の間に、いまさら情緒もへったくれもありゃしねえんだ。さっさとやれ」
「分かってるよ。私はお前を感じさせてやる。ついでに私も気持ちいい思いをさせてもらう。確かに、それで充分だな」
ユミルが身を屈め、オレの首元に顔を寄せる。肉を食い破られる感覚に、噛まれたと気づいた。
「何、しやがる」
「ん? いや、こういう痕だったら、周りにどう言い訳するのかと思って」
「虫刺されじゃ通用しないよな」と囁いて、噛んだ場所にキスを落とした。
最早きっかけすら思い出せないこの関係に、意味はあるのだろうか。それは分からないが、一つだけ確かなことがある。
「そういえばユミル。今日のあれはどういうつもりだったんだ」
「あれ? ああ、水をかけたことか」
オレは当分、この関係をやめられない。きっと。
「私と目が合ったのに、知らん顔したから少しムカついただけだ」
全然、似てないのに。そばかすがあって黒髪の同期という共通点だけなのに。
「そりゃ悪かったな。次は挨拶くらいしてやるよ」
「本当かよ。でまかせ言ってないよな」
もし、あの世とやらであいつがこの光景を見てるとしたら、どう思ってるんだろうか。もしかしたら、オレを軽蔑しているかもしれない。
「まあいい。今度こそ、ぱっとやってぱっと終わらすぞ。ジャン」
「ああ、そうだな」
それでもオレは、お前の影を追うのをやめられないんだ。
「たっぷりかわいがってやるよ」
ああ、一思いにやってくれ。マルコ。
大人しく身を委ねるオレに、そいつが満足そうな顔をした。
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初出 2014/5/5(広島コミケ188無料配布冊子)
update 2016/11/30