何でも言うことを聞きます券
エレン誕生日話。pixivへの投稿は当日にぎりぎり間に合いました。
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目の前に、袋が差し出される。
「誕生日おめでとう、エレン」
無表情でオレを見るミカサから、それを受け取った。
「ああ、ありがとな」
嬉しそうな顔をするミカサの前で、袋を開ける。中から出てきたのは、小さなカップケーキ一個だった。
「ごめんなさい。本当はもっと用意したかったのだが、材料があまり手に入らなくて」
「いや、充分だ。食っていいか?」
「もちろん」
ミカサが頷いたのを確認して、ひとくち食う。香ばしいくるみの味がほのかに感じられた。
「うん、うまい」
「それはよかった」
胸を撫で下ろすミカサに苦笑する。大袈裟な奴だ。
あれ、でも待てよ。今回のプレゼントってこれだけなのか?
袋の中を探ると、カードが一枚出てきた。そこには「何でも言うことを聞きます券 有効期限なし」と書かれている。
「これはいらない」
カードを差し出すと、ミカサが目を丸くする。
「なぜ?」
「なぜって、使わねえし」
「使ってほしい。別に今日じゃなくても、いつでもいいので」
「そうは言ってもお前、毎年プレゼントにくっつけてきてるだろお前。こんなの、そう毎回いらねえよ」
今までの分だって一度も使ったことがないし、捨てるのも何となくためらってしまい、前にもらったのが溜まってる状態だ。今年はさすがに受け取らないでおこう。
だが、ミカサは納得していないようだ。眉を寄せて、オレを睨んでいる。
「私はエレンになら何でもしてあげたい。その気持ちを表しただけ」
「なら、その気持ちだけ受け取っとく。カード自体はいらねえよ」
「確かに、邪魔かもしれない。だがそれなら、すぐ使ってしまえばエレンの手元には残らない。ので、問題ない」
「お前さっき、今日じゃなくていいって言ったよな」
しつこい。どうしてここまで、オレの言うことを聞きたいんだこいつは。もういっそ、このカードを使って「オレに構うな」とか命令しようか。いやでもそうしたら、たぶん言うこと自体は聞いてもすげえ落ち込みそうだこいつ。
「いちおう聞くが、本当に何でもいいのか?」
「構わない。エレンの言うことであれば、何でも」
目を輝かせるミカサに、溜息を吐く。年頃の女が異性に対してこんなことを言ったら、後で自分が痛い目を見ることになる可能性が高いと思うんだが、こいつはそう考えていないようだ。
試しに、命令してみようか。何か性的なことを。いやでも、こんな方法でこいつに触れてどうするんだ。
ミカサは期待するようにオレを見てくる。ちくしょう、かわいい。でもミカサはオレのこと家族だと思ってるんだ。妙な気を起こすなよ、オレ。
「エレン。何か私にしてほしいことがあるのなら、遠慮なく言って」
「ああ、いや、その」
無邪気な目でオレを見るのは、やめてほしい。自分の汚さを見せつけられるみたいだ。
「今は、まだ、ない。また、思いついたら言う」
「……そう」
「楽しみにしてる」と呟いて微笑むミカサの顔を見ていられなくて、オレはその場を後にした。
部屋に戻ったオレは、私物の中から何枚かのカードを取り出す。全て、今日もらったのと同じことが書かれていた。シガンシナにいた時にもらったカードは崩れた家の下敷きになったけど、それ以降にもらった分は全てここにあった。
そうだ、捨ててしまえばいい。どうせ、使う気なんてない物なんだから。変に期待を持たせる方が悪いし、今までのも処分して、ミカサにも本当にいらないんだって伝えよう。
いっそ破ろうと、両手で一枚のカードを掴んだ。だが手を動かそうとすると、さっきのミカサの目が脳裏に浮かぶ。オレがこれを破り捨てたと知ったら、あいつはどんな顔をするんだろうか。
溜息が零れる。オレはカードを持ち直すと、他のカードと一緒に握りしめた。やっぱり駄目だ。あいつがどんなことでもオレに従うと思えば、とんでもないことを願ってしまいそうで嫌なのに。ミカサのあどけない好意を踏みにじるようなことは、絶対にしたくないのに。何があっても使わないと決めているのに、なぜか捨てられない。
いや、「なぜか」じゃないよな。誰よりも大事な女からもらった物なんだから、捨てられるわけがない。例え一生、しまいっぱなしになってしまうんだとしても。
整った字が書かれたカードを、指で撫でる。実際のところ、オレがこのカードを持っていなくても、ミカサはオレの願いを聞いてくれるんだろう。でも何もなかったら、オレがミカサに何かを願ったりしないと思ってるに違いない。だから、「何でも言うことを聞きます券」なんて幼稚で回りくどいことをしてる。
何をやってるんだ、オレは。どうすればいいのかなんて、本当は自分でも分かってるくせに。回りくどいのはどっちなんだ。さっきだって、いきなりオレが立ち去ったことを、ミカサはどう思っているだろうか。
しばらくの間、オレはカードを見つめていた。でも、そんなことをしてたって何も始まらない。早く、ミカサのところに行こう。
部屋を出て、最初にいた場所に戻る。兵舎から少し離れた位置に立つ、木の近くだ。
オレが近づくと、ミカサが驚いたようにこちらを見た。
「エレン、どうしたの? いきなり帰るので、驚いた。追いかけようと思ったが、男子寮には入れないので、どうすればいいのかと」
「ああ、悪い。心配かけた」
眉を下げるミカサに、手元のカードを差し出す。
「これ、今までに渡した券? 全部使うなんて、そこまで私にしてほしいことが」
「いや、違う。返すよ、これ」
「えっ?」
ミカサが泣きそうな顔になる。俯いたミカサの右手を取って、カードを握らせた。
「そのカードは、オレにはいらない。でも、お前に願いをするのは許してくれるか?」
不思議そうな顔で、ミカサがオレを見る。そのままの表情で、「構わない」と頷いた。
「今日のカップケーキ、うまかった。また作ってくれ。材料の都合もあると思うから、無理にとは言わねえけど」
ミカサの表情が、驚いたものから、華やぐような笑顔に変わった。
「うん、作る。いくらでも、エレンの好きなだけ」
ミカサの右手を包むように握ると、ミカサが左手を添えて握り返してくる。
「エレンの誕生日なのに、私の方が嬉しい日になってしまった。いや、エレンが生まれてきてくれた日というだけでものすごく嬉しいのだが」
照れたように微笑むミカサに、オレも笑いかけてやった。
「そんなことねえよ」
お前のその笑顔が、何よりの誕生日プレゼントだ。なんて、本人には言えねえけど。本当に、そう思う。
だが、きっと来年の誕生日プレゼントにカードは付かないと考えると、少しだけ寂しかった。
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update 2014/3/31