人間だったら | Of Course!!

人間だったら

大学生エレンと人型パソコンなミカサの話です。最初に思ってたよりシリアスな締めになりました…。

 

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「エレン、メールが一件来ている。エレンのお母さんから」

「分かった。読んでくれ」

 オレの言葉に、ミカサが頷く。

「『エレン、大学でちゃんとやってる? あんたは昔から血の気が多かったから、心配です。留年はしないようにね。あと、バイトだけじゃ大変だと思って、食べ物や日用品を送りました。明日には届くと思います』……以上」

 食べ物や日用品を送りました、じゃねえよ。つい一週間前にも同じ言葉を聞いたぞ。そんなにしょっちゅう送ってこられても、六畳一間のアパートじゃ、そんなに置く場所もないってのに。

「エレン。今のメールは残しておく? それとも消す?」

「別に問題ないし、消してくれ」

 ミカサがまた頷いて、CPUを稼働させる時の独特な音を響かせた。

「消去した。ところで、今日の食事はどうだっただろうか」

「ああ、パスタか? うまかったぞ。というか、レシピ通りに作ってるんだから、まずいわけないだろ」

「それはそうかもしれない。だが、レシピ通りでも、エレンの好みと合うとは限らない。それに私は味見ができないので、細かい味の調整が難しい」

「そんなに心配しなくても、お前が作ったもんの中で、変な味のやつなんてなかったって」

 「なら、よかった」と胸を撫で下ろすミカサを見ていると、胸がざわつく。触れたくて仕方がなくなるけど、駄目だ。だって、こいつはパソコンなんだから。

 世の中にはパソコンを本気で好きになる奴とかもいるらしくて、どうやらパソコンと結婚した奴までいたらしい。正直言ってオレは、そんな奴らを気持ち悪いと思っていた。ミカサと会うまでは。

 確かに、ミカサはかわいい。プログラム次第で何でもできるし、オレに従順だ。肌は柔らかくて暖かいし、耳元によく分からない端子がなければ、本当に人間と変わらないと思う。でもこいつはパソコンで、機械なんだ。こいつの言動は全て、プログラムで支配されている。オレに従うのも、そうするようにプログラミングされてるからなんだ。

「エレン、どうしたの? 何か考えごと?」

 ミカサが心配げな表情で、オレの顔を覗き込んでくる。

「ああ、そうだ。だから、しばらくほっといてくれ」

「そう。分かった」

 小さなテーブルの上に置かれていた皿を持ち、ミカサが立ち上がった。食器を洗うそいつの背中を、ただぼんやりと眺める。

 もしミカサが人間だったら、と何度も考えたことがある。ミカサが人間で、ミカサとオレが恋人同士だったりしたら、オレの部屋でミカサが家事をする光景は、きっと幸せなものだっただろう。ミカサの従順な態度も、それだけオレのことが好きなのかと、素直に嬉しく思えたのかもしれない。でも、ミカサは人間じゃないんだ。こいつがオレに従うのも、オレを心配するのも、プログラムによるものだと思うと馬鹿らしくなる。こいつはオレじゃなくても、自分の主人と言える相手であれば、同じ行動を取るんだ。

 パソコンとヤりたいって思う奴も世の中にはいるらしくて、大抵のパソコンは、実際にそういうことができる身体の作りになっている。見たことはないが、ミカサも確かそうなっている。でもオレは、ミカサに触れるつもりはない。こいつはオレが求めれば、絶対に応じるだろうから。オレに、持ち主に従うように、プログラムされているから。ただそれだけで、その行為がどんな意味を持つかさえ分からずに、ただオレの欲求に応えるだけなんだ。パソコンってやつは。

 そりゃ、知識としては、セックスのことを知っているだろう。でもセックスの先にあるもののことを、パソコンは絶対に実感することがない。子どもを宿すことなんて、機械のこいつらにはできっこないんだからな。

 パソコンをラブドールみたいに使う奴も、世の中にはいるという。別にパソコンのことを愛しているわけじゃなく、ただ欲望の捌け口に使うだけ。そんな風に割り切れたら、どんなに楽なんだろうか。人間と同じように動いてしゃべって、表情もよく変えるこいつらを、人形と変わらないと思えたら。

 食器を洗い終えたミカサが、オレの横に来て座る。ミカサの顔を見ていると、そいつは不思議そうに首を傾げた。

「なあ、ミカサ」

「何、エレン」

「お前さ、オレと一緒にいて楽しいか」

 ミカサは何回か瞬きをして、また不思議そうな表情になる。

「楽しい、というのはよく分からない。だが、私はエレンと一緒にいたい。エレンは、私のマスターだから」

「ふーん、そうかよ」

 テンプレートみたいな答えだ。分かっていても、おもしろくない。

「エレンは、私といるのは嫌? 私の性格が嫌なら、リセットをして

「そんなこと言ってないだろ。お前は極端すぎだ」

 別に、パソコンとしてのミカサに不満はない。スペックは高いし、ある程度の家事は命令しなくてもやってくれるし、とても優秀だと思う。オレの言葉で笑ったり落ち込んだりする姿は見ていて和むし、愛らしい。不満があるとしたら、何でミカサはパソコンなんだっていう、いちばん根本的な部分だ。

「お前さ、オレのこと好きか?」

「好き」

「……そうか。お前は、楽しいは分からないのに、好きは分かるんだな」

 そりゃプログラム次第で、分かる感情と分からない感情があるのは理解できるけどな。

「楽しいというのが、いい感情ということは知っている。私も楽しいを理解できるようになるよう、学習する」

「お前に学習ソフトが入ってるのは知ってるけど、そういうのも学習して何とかなるものなのか」

「人間だって、感情の名前は周りから教えられたりして、少しずつ覚えるものではないの?」

「ああ、それもそっか」

 パソコンにこんなことを教えられてどうするんだ、オレは。本当にもう、人間とパソコンの境目ってよく分からないな。

 これだけ境界が曖昧なら、パソコンを好きになることも、おかしいことじゃないのかもしれない。

「ミカサ。お前さ、嬉しいって感情は分かるか」

「分かる。エレンが私の作った料理をおいしいと言ってくれると、胸が優しく締め付けられるような感じになる。それはきっと、嬉しいということ」

「うん、そうかもな」

 こいつの言う感覚は、オレがこいつを見ている時に感じるものと似ている。だから、きっとそうだ。こいつは機械だけど、こんなにも人間に近い。

 だったら、別にいいのかもな。

 

 

 

 

「エレン、もう諦めなよ。ミカサは寿命なんだ」

 床に横たわり、少しも動かないミカサを見ながら、アルミンが言う。

「寿命って何だよ。だってまだ、五年しか」

「パソコンは何年も起動しっぱなしだから、他の家電に比べて寿命が来るのが早いんだ。むしろ、ミカサはよくもった方だよ」

 確かに最近のミカサは、随分と忘れっぽくなってはいた。オレと一緒に覚えた感情もいくつか抜け落ちたみたいで、表情も前ほど変わらなくなってきてた。それでも、元気に動いてたのに。どうして何度スイッチを押しても、ミカサは起きないんだ。

「新しいパソコンを買って、ミカサのデータを入れればいい。バックアップは取ってあるんだろ?」

「ああ。でもそれは、ミカサのための」

「もうミカサは動かないよ。部品を替えたところで意味がない。もう完全に、駄目になってる」

 「分かるだろ、エレン」なんて横でアルミンが言ってるけど、そんなこと分からん。分かりたくもない。

「新しいパソコンを買って、ミカサのデータを入れたら、そりゃ元のミカサと同じように動くだろうな。でもミカサのデータを持ってても、見た目をどんなに似せても、それはオレと一緒にいたミカサじゃない」

「エレンの気持ちも、理解できるよ。エレンがミカサを大事にしてたのも知ってる。でも起動すらしない以上、ミカサのことは諦めるしかない。残念だけど」

「それで新しいパソコンもまた数年で動かなくなって、買い替えて、その繰り返しか。馬鹿みたいだ」

 新しいパソコンなんていらない。最新の機能がどうとか、どうでもいい。誰でもいいから、ミカサを起こしてくれ。オレは、ミカサじゃないと嫌なんだ。

 人間だったら何十年でも一緒に生きていけただろうに、こいつがパソコンだったから、こんなに早く別れないといけなかったのか。こんなに人間に似てるのに、そんなの不条理だ。

 本当に、ミカサが人間だったらよかったのに。

 

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update 2014/4/13