姉と弟の日常
エレンは記憶あり、ミカサはなしです。
エレミカと言いつつ、弟エレン→姉ミカサです。ミカサはただのブラコンです。
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どうしてこうなったんだろうか。
もう何度も考えたことをまた考えながら、エレンは溜息を吐いた。彼の視線の先には、三歳年上の姉であるミカサがいる。フライパンでパンケーキを焼いている彼女は、楽しそうにハミングしていた。
「エレン、もうすぐできるから。もう少し待ってて」
「ああ、分かった」
なぜかオムレツ上手は料理上手という歌詞の曲を口ずさんでいるミカサが、クッキングヒーターのスイッチを切り、フライ返しで厚いパンケーキを皿に乗せた。ホイップクリームでデコレーションし、蜂蜜をかけていちごを乗せたそれを、ミカサがエレンの前に出す。
「ありがとう、姉さん」
「おかわりも焼いておいた方がいいだろうか」
「いや、いいよ。これ分厚いし。いただきます」
パンケーキを頬張るエレンを、ミカサが正面から見つめる。
「そんなに見なくてもいいだろ」
「焼き具合とかが大丈夫か、気になるので」
「大丈夫だよ。いつも通りだ。うまいよ」
エレンの言葉に、ミカサの表情が明るくなった。嬉しそうにエレンを眺めるミカサに、エレンの心臓が高鳴る。
(かわいいな。って、なに考えてるんだ。相手は実の姉だぞ)
そう自分に言い聞かせても、ミカサの笑顔が視界に入る度に、鼓動が速くなっていくように感じた。
「姉さん。あまり見られると、恥ずかしいんだが」
「ごめんなさい。エレンがこうやって、私の焼いたパンケーキを食べてくれるのが嬉しくて。反抗期でもおかしくない年頃なのに」
「いちいち大袈裟なんだよ、姉さんは」
パンケーキを食べながらも、今まで通り振る舞えているかをエレンは気にしていた。小学生の頃までは純粋に姉弟として慕っていた姉に、邪な感情を抱いているなんて、ミカサに気づかれるわけにはいかない。中学三年生の男子である割に甘いものが好きなエレンのために、甘くデコレーションしたパンケーキを用意してくれる優しい姉を、傷つけたくないのだ。
本当に、どうしてこうなったのだろうか。原因は見当がついているが、だからこそエレンは思わずにはいられなかった。
エレンは「それ」を、時間をかけて思い出していった。
壁に囲まれた世界から始まり、そこで生活していた自分や周りの人々、そして忌々しい巨人などが、少しずつ夢に出てくるようになった。中学校に入った頃のことだった。
その夢の中には、中学校で出会った人々が多く出てきた。クラスメイトのアルミンは、夢の中では幼なじみだった。ミカサは自分と同い年で、ミカサやアルミンと遊ぶ幼い自分を何度も夢に見た。また、同じクラスのジャンやコニー、クリスタやミーナ、フランツにハンナにトーマスといった面々も夢の中に登場した。体育教師のリヴァイは夢の中では人類最強と言われた兵士で、彼の下で巨人と戦う夢も見た。
最初はわけが分からなかった。両親やミカサに話しても、不思議な顔をされた。しかしアルミンに話したところ、似た夢を見るという回答が得られた。夢に出てくる他のクラスメイト達も同様だった。同じような夢を見ている者達で話し合った結果、恐らく前世の出来事ではないかとの結論が出た。
別に、それ自体は構わなかった。確かにわけが分からないし、巨人と戦った記憶は生々しく恐ろしい。だが、自分以外にも同じ現象を共有している人間はいるのだ。何も悩むことなどない。それに、夢でしか会うことのない巨人は、決して自分や周りの人間を襲うことなどない。何も害などないのだ。
そう思っていたのだが、夢を何度も見るうちに、余計なことまで思い出してしまった。前世の自分にとって、ミカサがどのような存在だったのか。どれほど大切な女性だったのか。前世のエレンは、ミカサを一人の女性として愛していたのだということも、思い出したのだ。
それからというものの、エレンはミカサのことが姉としてではなく気になるようになってしまった。ミカサの黒髪の艶やかさや、既に彼女が大人の女性と変わらない身体つきになっていることが目についた。また、前から気づいてはいたが、彼女は美人であるということも余計に意識するようになっていった。
今のミカサは実の姉だと自分に言い聞かせるものの、夢の自分がミカサに抱いていた気持ちを思い出す度に、ミカサに触れたいという欲望が増していった。このままでは自分は、いつかミカサを襲って犯してしまうかもしれない。エレンの中に、そんな不安が広がっていく。
自分は一度、ミカサから離れるべきだ。エレンは、そう考え始めていた。
「エレン。受験する高校は決めたの?」
エレンの部屋でベッドに座り、手近な雑誌を読んでいるミカサが声をかけてくる。中高生にもなれば異性のきょうだいの部屋にはあまり入らないものではないかとエレンは思うが、ミカサは全くそう考えていないようだ。
「まだ具体的には決まってないけど、少し遠くの、全寮制の高校に入ろうと思ってる」
ミカサの手から、雑誌が落ちる。彼女は目を見開いて、エレンを見ていた。
「なぜ? 近くの高校じゃ駄目なの? 確かに、お父さんもお母さんも忙しいし、私と二人きりということも多い家は寂しいかもしれない。しかし、もし私に遠慮しているのならやめてほしい」
「別に、そういうのじゃねえよ。そりゃ家事はほとんど姉さんがしてるし、オレが出た方が姉さんも楽になるんじゃないかとは思ってる。でもそれ以上に、いちど親元を離れての生活っていうのをしてみたいんだよ」
寂しそうに俯くミカサを見ていると、僅かに心が痛む。だが、彼女の傍に居続けて、彼女を傷つけてしまうよりは余程ましだ。
「オレがいなくなったら一人になる時も多いだろうし、姉さんに寂しい思いをさせるとは思う。でも、オレだってもう十五だ。自分のことは自分で決める」
「……そう。確かに、それもそうだ。エレンだって、いつまでも子どもじゃない。それは、分かっている。でも」
ミカサが立ち上がり、エレンの背中に抱き付いてきた。
「かわいい弟が巣立ってしまうと考えると、姉さんは悲しい」
エレンの髪に頬ずりをするミカサに、エレンの心臓は爆発しそうなほど速く動く。
(やべえ、むちゃくちゃいい匂いする! つーか胸当たってるし、近すぎるだろ! やばいやばいやばい)
「エレン。寮に入っても、たまには帰って来てくれる?」
「あ、ああ。たまには、な」
エレンの気持ちなど全く気付いていないミカサは、エレンの頭に自分の頭を預けている。一体、いつまでこうしている気だろうか。
「ね、姉さん。宿題、できねえんだけど」
「それもそうだ。ごめんなさい」
ミカサはエレンから離れて、再びベッドに座った。自室に一人でいてもつまらないのは分かるが、自分が理性を保っている間に出て行ってほしいとエレンは切実に願う。だが、ミカサは部屋を出るどころか、ベッドの下を探り始めた。エレンが物音に気付いて振り返った時には、女性の裸体が載っている写真集をミカサが手にしていた。
「何やってんだよ姉さん!」
「男の子のベッドの下にエッチな本があるというのは定番なので、いちど確認したいと思っていた」
「確認しなくていい! 早く元に戻してくれ!」
エレンの叫びもむなしく、ミカサは写真集をめくり始める。終わった、とエレンは項垂れた。
「エレンは、こういう子が好みなの? 黒髪で黒目の女の子が多い」
「まあ、な」
「そう。ちなみに、私も黒髪で黒目だが」
「そうだな」
ミカサは昔から鈍いところがあるが、これはきっと気づいたに違いない。心の中で泣きながら、エレンは宿題のノートに顔を向ける。
「エレンは、私のこと好き?」
これはもう駄目だ。エレンは深く息を吐いた。
「好きだよ」
「嬉しい。私もエレンが好き。かわいい弟に思ってもらえるなんて、姉冥利に尽きる」
(姉冥利って何だ? ちょっと待て。オレの気持ちが気づかれたにしては、姉さんの言ってることがおかしい)
エレンが振り返ると、写真集を持ったまま嬉しそうに笑うミカサがいた。
「自分に似ている女の子を好むほど弟に好かれる姉は、きっとそういない。私が一方的にエレンのことを好きなのかと不安だった」
前言撤回。ミカサの鈍さは筋金入りだった。
エレンは、先ほどと違う意味で溜息を漏らす。
「そうか。そこまで姉さんがオレのこと好きでいてくれるなんて、オレも嬉しいよ」
「そう、よかった。エレンは本当にかわいい弟。今夜の晩ごはんは、いつもよりもがんばるので楽しみにしていてほしい」
棒読みなエレンの言葉にも、ミカサは満面の笑みだ。
(もう何か、姉さんがいいなら、それでいいや)
投げやりな気持ちになりながら、エレンはまた宿題と向き合った。
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update 2014/3/15