新兵の休日 | Of Course!!

新兵の休日

時系列的には「告白」と「悲願」のあいだに当たる小話です。

 

----------------

 

 今日は久しぶりの休日だ。朝から街に出かける奴もいれば、自主トレに精を出している奴もいる。だがオレは、寮内で班長のミカサさんに与えられている部屋の前に立っていた。

 ノックをすると、中から「どうぞ」と返事がする。ドアを開けると、ミカサさんがオレを見て呆れた顔になった。

「エレン。休日くらい、私のことなど気にしないで休んでほしい」

「そんなことを言われても、他にやることなんて筋トレくらいしか思い浮かばないですよ」

 ミカサさんが溜息を吐く。

「それは駄目だ。エレンは普段から頑張りすぎているのに、休みの日まで頑張らせるわけにはいかない」

「じゃあ、一緒にいてもいいですか?」

 微笑んで見せると、ミカサさんが肩をすくめた。

「仕方がない。だが、一緒に出かけたりするのは難しい。他の班員に見られた時に、説明が面倒だ」

「分かってます。オレは別に、こうしてこの部屋で二人でいるだけでいいんです」

 「変なことはしませんから安心してください」と笑うと、ミカサさんも微笑んだ。

「そうは言っても、何もせず部屋にいるだけというのもつまらない。ので、ゲームをしよう」

「いいですよ。何しますか?」

 ミカサさんが眉を寄せ、考え込む。しばらくすると机の中を探って、ボードゲームの盤のようなものが書かれた紙を取り出した。

「スゴロクだ」

「スゴロク? って、東洋の遊びでしたっけ」

「そう。運試しも兼ねて、やってみよう。ダイスならあるので」

 ミカサさんが、手の中の小さなダイスを見せてくる。

「何であるんですか」

「どういう経緯かは忘れたが、なぜかある。駒はこれを使おう」

 再び机から取り出されたのは、チェス駒だった。白と黒のポーンが一つずつある。

「これはどうしたんですか」

「ハンジ分隊長と一緒にこの部屋で飲んだ時に、分隊長がチェス盤を持ってきたのだが、酔っていたせいか一式を忘れて帰って行った。後で届けたのだが、もうやらないと言われて、もらった。ポーン以外の駒がいいなら、そちらを出す」

「いえ別に、これでもいいですよ」

「分かった。では、ジャンケンで順番を決めよう。先攻が白の駒、後攻が黒の駒だ」

「いいですよ」

 ジャンケンをしたところ、オレがグー、ミカサさんがチョキでオレの勝ちとなった。

「では、エレンが先攻だ。この手のゲームは先手必勝とよく言うが、やるからには負けない」

「オレこそ負けませんよ。あ、そうだミカサさん。どうせなら、罰ゲームも決めませんか?」

「いいだろう。では王道だが、負けた方が勝った方の言うことを聞くというのはどうだろうか」

「いいんですか、そんな罰ゲームで。分かってますよね? 今あなたの目の前にいるのは、あなたに惚れてる年頃の男なんですよ」

「勝つのは私だ。なので、問題ない」

 ミカサさんの目は、真剣そのものだ。

「後で悔しがっても知りませんよ」

「それはこっちのセリフだ」

 ミカサさんって、意外と負けず嫌いなんだな。本当にかわいい人だ。

「では、始めよう」

 硬い声に頷いて、ダイスを手に取る。壁外調査の時でもないのに、手の平に汗が滲んでいた。

 決着がついたのは、腹の虫がうるさくなってきた時間だった。ミカサさんが盤上の駒を睨み、溜息を吐く。

「私の負け。完敗だ。あれだけ強気なことを言ってこの結果とは、自分で自分が情けない」

 ミカサさんの駒は、全体の三分の二に届いたかどうかというところだ。だが、途中で二回も「スタートに戻る」というマスに当たったことを考えると、充分すぎるくらい巻き返している。特に二回目は、半分以上進んだところでぶち当たってたからな。

 肩を落とすミカサさんは、最初の勢いが嘘のようだ。

「仕方ないですよ。ダイスの数字で決まる以上、運にけっこう左右されますし。たまたま今日のミカサさんは、運がなかっただけです」

「……大人げなく年下に張り合ったばかりか、その年下に慰められるとは」

 ミカサさんが再び息を吐く。

「エレン。約束は約束だ。私に命令を」

「あっそういえば、負けた方が勝った方の言うことを聞くって話でしたね」

「そう。どんなことでも従うので、遠慮なく言ってほしい」

 何でこの人は、こう無防備なんだ。オレがミカサさんのことを好きだと知ってるのに、こんなことを言うなんて。

「うーん、そうですね」

 最初にミカサさんの悩みを聞いた時に、お礼をしたいと言われたのとは状況が違う。もしオレが、ミカサさんを抱かせてほしいと言ったら、彼女はどうする気なんだろうか。

「本当に、何でもいいんですか?」

「私にできることであれば」

 ミカサさんが頷く。オレが彼女に無体を働く可能性なんて、全く考えてないみたいだ。

「じゃあ」

 ミカサさんの黒い瞳が、オレを真っ直ぐ見る。

「ミカサさんの次の休日を、オレにください。まあ、今日ももらってるようなものですが」

 何回か瞬きしたミカサさんが、不思議そうな顔をする。

「そんなことで、いいの?」

「いいです。オレはミカサさんと、一緒にいたいんです」

 オレより七つも年上なのに無邪気なこの人を、オレは裏切れない。

「分かった。ではそうしよう」

 微笑んで見せたオレに、ミカサさんが頷く。時計を見た彼女が、ベッドから腰を上げた。

「もうこんな時間。お腹すいたでしょ」

「はい。すごくすいてます」

「分かった。では、少し待っててほしい」

 ミカサさんはそう言って、部屋を出て行った。何か買ってくるのだろうか。

 そういえば、この部屋にオレ一人でいるっていうのは初めてかもしれない。ミカサさんが飲みすぎて寝てることならあるけど、その時はその時で彼女の介抱をする必要があるし、この部屋をじっくり見る機会なんてない。

 しかし改めて見ても、余計なものがない部屋だ。だが、机の中からスゴロクが出てきたことを考えると、単に見える場所にはないってだけの話なんだろう。見えないところには、まだ何かあるのかもしれない。気になるが、女性の部屋を探るなんて不審者でしかない。ミカサさんにも見られたくない物の一つや二つはあるだろうし、余計な詮索はよそう。オレだって、知らないうちに自分の部屋を漁られていたら嫌だ。例え、それが寮の相部屋でも。

 そんなことを考えていると、ドアが開いた。ミカサさんが盆を持って入ってくる。

「持ちますよ」

「いい、座ってて」

 言われた通りに、元いたベッドに腰掛けなおす。ミカサさんが差し出してきた皿には、焼き立てのコーンが載っていた。

「何だか、変わった匂いがしますね」

「ごめんなさい。嫌だった?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど。何の匂いですか?」

 コーンに鼻を近づけながら、ミカサさんを見る。

「お父さんが送ってくれた、ソイソースを使ってみた」

「ああ、そういえば前に言ってましたよね。東洋で使われていたっていう調味料だって」

「そう。スゴロクといい、エレンは記憶力がいい」

「そりゃ、せっかく教えてもらった壁外のことですし。ミカサさんから聞いたことですから」

 コーンを食べようとしていたミカサさんが動きを止め、頬をピンクに染める。かわいい。

「それより、温かいうちに食べて」

「はい。いただきます」

 コーンにかぶりつくと、甘みがありつつも香ばしい。初めての味だ。

「あ、うまい」

「そう。それはよかった」

 安心したように呟いて、ミカサさんもコーンを口にする。

「そういえば、このコーンはどうしたんですか?」

 ミカサさんの方を向くと、彼女は口の中にあったものを飲み込んでから、

「コーンもお父さんが送ってくれた。今は山の中で、野菜を作ったり、鳥や獣を狩ったりして暮らしているので」

「へえ、そうなんですか」

「数が多ければ班の皆に分けるのだが、今回送ってくれたのはこの二本だけ」

「えっ、それをオレが食べていいんですか?」

「構わない」

 それだけ言うと、ミカサさんはコーンへ意識を向けた。オレもコーンを齧り、一本すべて平らげる。

「ごちそうさまでした。うまかったです」

「お腹いっぱいになった?」

「はい。結構、大きかったですよね。今のコーン」

「確かに」

 ミカサさんが頷いて、時計を見る。まだ時間は昼過ぎだ。

「エレン。自分の部屋に帰る気は」

「ありません」

 オレを見たミカサさんが、諦めたように息を吐いた。

「そう言うと思った」

 机の中をまた探ったミカサさんは、トランプを取り出す。彼女の机の仲はどうなっているのだろうか。

「ではエレン。私ともうひと勝負しよう。今度こそ負けない」

「望むところです」

 それからは大富豪とポーカー、ブラックジャックで勝負して、オレの全敗だった。ポーカーフェイスなミカサさんは、さすがと言うべきかポーカーが異様に強かった。

「エレン。さっきの罰ゲームは有効?」

「有効でいいですよ。何でもいいので三回分、命令してください」

 嬉しそうなミカサさんを見ていると、こう言うしかない。よっぽどさっき負けたのが悔しかったのか。

「では、まず一つ目。次の次の休日は、私の部屋に来ては駄目。自分の部屋でのんびりするなり、同期と交流を持つなりしてほしい」

「……はい」

 いきなりきついのが来てしまった。オレは毎日でも、ミカサさんに会いたいのに。

「では、二つ目。あまり無茶をしないで。エレンは壁の外への志向が人一倍強いが、そのために必要以上に頑張っている。そんな姿は見ていられない。時には、休むことも大事だ」

「はい、分かりました」

「三つ目。これは絶対に守ってほしい。一番、大切なこと」

 ミカサさんが力強い瞳を、オレに向けてくる。

「私より先に死なないで」

 彼女らしい、というか何というか。

「それは随分と、難しい命令ですね」

「そう。調査兵団にいる以上、とても難しい。しかし、他の二つを守れなかったとしても、これだけはどうにかしてほしい」

「他の二つは、守れなくてもいいんですか?」

 それじゃ、何のための命令なんだか。

「できれば、守ってほしい。だが、三つ目の命令よりは重要度は下がる」

「そうですか」

「守ってくれる?」

 睨むようにこちらを見るミカサさんに、苦笑して見せる。

「可能な限り、努力はします」

「うん。ならいい」

 満足そうに頷くミカサさんは、とても愛らしかった。

 

 

 目の前のドアをノックすると、すぐに扉が開く。

「入って、早く。他の人に見られないうちに」

「はい。お邪魔します」

 オレが部屋に入ると、ミカサさんが外を確認してドアを閉めた。

「ミカサさん。オレの命令、覚えててくれたんですね」

「……一応は」

 視線を逸らしたミカサさんは、照れているように見える。

「じゃあ今日は一日、一緒に過ごしましょう」

「それはいいが、何をする?」

「そうですね。まずは、大富豪のリベンジをさせてください」

 笑いかけると、ミカサさんも笑顔になった。

「望むところだ。今度も負けない」

 世界で一番愛しい人と過ごす一日が、今日も始まる。

 

----------------

 

初出 2014/5/5(広島コミケ188無料配布冊子)

update 2016/11/29