新兵の休日
時系列的には「告白」と「悲願」のあいだに当たる小話です。
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今日は久しぶりの休日だ。朝から街に出かける奴もいれば、自主トレに精を出している奴もいる。だがオレは、寮内で班長のミカサさんに与えられている部屋の前に立っていた。
ノックをすると、中から「どうぞ」と返事がする。ドアを開けると、ミカサさんがオレを見て呆れた顔になった。
「エレン。休日くらい、私のことなど気にしないで休んでほしい」
「そんなことを言われても、他にやることなんて筋トレくらいしか思い浮かばないですよ」
ミカサさんが溜息を吐く。
「それは駄目だ。エレンは普段から頑張りすぎているのに、休みの日まで頑張らせるわけにはいかない」
「じゃあ、一緒にいてもいいですか?」
微笑んで見せると、ミカサさんが肩をすくめた。
「仕方がない。だが、一緒に出かけたりするのは難しい。他の班員に見られた時に、説明が面倒だ」
「分かってます。オレは別に、こうしてこの部屋で二人でいるだけでいいんです」
「変なことはしませんから安心してください」と笑うと、ミカサさんも微笑んだ。
「そうは言っても、何もせず部屋にいるだけというのもつまらない。ので、ゲームをしよう」
「いいですよ。何しますか?」
ミカサさんが眉を寄せ、考え込む。しばらくすると机の中を探って、ボードゲームの盤のようなものが書かれた紙を取り出した。
「スゴロクだ」
「スゴロク? って、東洋の遊びでしたっけ」
「そう。運試しも兼ねて、やってみよう。ダイスならあるので」
ミカサさんが、手の中の小さなダイスを見せてくる。
「何であるんですか」
「どういう経緯かは忘れたが、なぜかある。駒はこれを使おう」
再び机から取り出されたのは、チェス駒だった。白と黒のポーンが一つずつある。
「これはどうしたんですか」
「ハンジ分隊長と一緒にこの部屋で飲んだ時に、分隊長がチェス盤を持ってきたのだが、酔っていたせいか一式を忘れて帰って行った。後で届けたのだが、もうやらないと言われて、もらった。ポーン以外の駒がいいなら、そちらを出す」
「いえ別に、これでもいいですよ」
「分かった。では、ジャンケンで順番を決めよう。先攻が白の駒、後攻が黒の駒だ」
「いいですよ」
ジャンケンをしたところ、オレがグー、ミカサさんがチョキでオレの勝ちとなった。
「では、エレンが先攻だ。この手のゲームは先手必勝とよく言うが、やるからには負けない」
「オレこそ負けませんよ。あ、そうだミカサさん。どうせなら、罰ゲームも決めませんか?」
「いいだろう。では王道だが、負けた方が勝った方の言うことを聞くというのはどうだろうか」
「いいんですか、そんな罰ゲームで。分かってますよね? 今あなたの目の前にいるのは、あなたに惚れてる年頃の男なんですよ」
「勝つのは私だ。なので、問題ない」
ミカサさんの目は、真剣そのものだ。
「後で悔しがっても知りませんよ」
「それはこっちのセリフだ」
ミカサさんって、意外と負けず嫌いなんだな。本当にかわいい人だ。
「では、始めよう」
硬い声に頷いて、ダイスを手に取る。壁外調査の時でもないのに、手の平に汗が滲んでいた。
決着がついたのは、腹の虫がうるさくなってきた時間だった。ミカサさんが盤上の駒を睨み、溜息を吐く。
「私の負け。完敗だ。あれだけ強気なことを言ってこの結果とは、自分で自分が情けない」
ミカサさんの駒は、全体の三分の二に届いたかどうかというところだ。だが、途中で二回も「スタートに戻る」というマスに当たったことを考えると、充分すぎるくらい巻き返している。特に二回目は、半分以上進んだところでぶち当たってたからな。
肩を落とすミカサさんは、最初の勢いが嘘のようだ。
「仕方ないですよ。ダイスの数字で決まる以上、運にけっこう左右されますし。たまたま今日のミカサさんは、運がなかっただけです」
「……大人げなく年下に張り合ったばかりか、その年下に慰められるとは」
ミカサさんが再び息を吐く。
「エレン。約束は約束だ。私に命令を」
「あっそういえば、負けた方が勝った方の言うことを聞くって話でしたね」
「そう。どんなことでも従うので、遠慮なく言ってほしい」
何でこの人は、こう無防備なんだ。オレがミカサさんのことを好きだと知ってるのに、こんなことを言うなんて。
「うーん、そうですね」
最初にミカサさんの悩みを聞いた時に、お礼をしたいと言われたのとは状況が違う。もしオレが、ミカサさんを抱かせてほしいと言ったら、彼女はどうする気なんだろうか。
「本当に、何でもいいんですか?」
「私にできることであれば」
ミカサさんが頷く。オレが彼女に無体を働く可能性なんて、全く考えてないみたいだ。
「じゃあ」
ミカサさんの黒い瞳が、オレを真っ直ぐ見る。
「ミカサさんの次の休日を、オレにください。まあ、今日ももらってるようなものですが」
何回か瞬きしたミカサさんが、不思議そうな顔をする。
「そんなことで、いいの?」
「いいです。オレはミカサさんと、一緒にいたいんです」
オレより七つも年上なのに無邪気なこの人を、オレは裏切れない。
「分かった。ではそうしよう」
微笑んで見せたオレに、ミカサさんが頷く。時計を見た彼女が、ベッドから腰を上げた。
「もうこんな時間。お腹すいたでしょ」
「はい。すごくすいてます」
「分かった。では、少し待っててほしい」
ミカサさんはそう言って、部屋を出て行った。何か買ってくるのだろうか。
そういえば、この部屋にオレ一人でいるっていうのは初めてかもしれない。ミカサさんが飲みすぎて寝てることならあるけど、その時はその時で彼女の介抱をする必要があるし、この部屋をじっくり見る機会なんてない。
しかし改めて見ても、余計なものがない部屋だ。だが、机の中からスゴロクが出てきたことを考えると、単に見える場所にはないってだけの話なんだろう。見えないところには、まだ何かあるのかもしれない。気になるが、女性の部屋を探るなんて不審者でしかない。ミカサさんにも見られたくない物の一つや二つはあるだろうし、余計な詮索はよそう。オレだって、知らないうちに自分の部屋を漁られていたら嫌だ。例え、それが寮の相部屋でも。
そんなことを考えていると、ドアが開いた。ミカサさんが盆を持って入ってくる。
「持ちますよ」
「いい、座ってて」
言われた通りに、元いたベッドに腰掛けなおす。ミカサさんが差し出してきた皿には、焼き立てのコーンが載っていた。
「何だか、変わった匂いがしますね」
「ごめんなさい。嫌だった?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど。何の匂いですか?」
コーンに鼻を近づけながら、ミカサさんを見る。
「お父さんが送ってくれた、ソイソースを使ってみた」
「ああ、そういえば前に言ってましたよね。東洋で使われていたっていう調味料だって」
「そう。スゴロクといい、エレンは記憶力がいい」
「そりゃ、せっかく教えてもらった壁外のことですし。ミカサさんから聞いたことですから」
コーンを食べようとしていたミカサさんが動きを止め、頬をピンクに染める。かわいい。
「それより、温かいうちに食べて」
「はい。いただきます」
コーンにかぶりつくと、甘みがありつつも香ばしい。初めての味だ。
「あ、うまい」
「そう。それはよかった」
安心したように呟いて、ミカサさんもコーンを口にする。
「そういえば、このコーンはどうしたんですか?」
ミカサさんの方を向くと、彼女は口の中にあったものを飲み込んでから、
「コーンもお父さんが送ってくれた。今は山の中で、野菜を作ったり、鳥や獣を狩ったりして暮らしているので」
「へえ、そうなんですか」
「数が多ければ班の皆に分けるのだが、今回送ってくれたのはこの二本だけ」
「えっ、それをオレが食べていいんですか?」
「構わない」
それだけ言うと、ミカサさんはコーンへ意識を向けた。オレもコーンを齧り、一本すべて平らげる。
「ごちそうさまでした。うまかったです」
「お腹いっぱいになった?」
「はい。結構、大きかったですよね。今のコーン」
「確かに」
ミカサさんが頷いて、時計を見る。まだ時間は昼過ぎだ。
「エレン。自分の部屋に帰る気は」
「ありません」
オレを見たミカサさんが、諦めたように息を吐いた。
「そう言うと思った」
机の中をまた探ったミカサさんは、トランプを取り出す。彼女の机の仲はどうなっているのだろうか。
「ではエレン。私ともうひと勝負しよう。今度こそ負けない」
「望むところです」
それからは大富豪とポーカー、ブラックジャックで勝負して、オレの全敗だった。ポーカーフェイスなミカサさんは、さすがと言うべきかポーカーが異様に強かった。
「エレン。さっきの罰ゲームは有効?」
「有効でいいですよ。何でもいいので三回分、命令してください」
嬉しそうなミカサさんを見ていると、こう言うしかない。よっぽどさっき負けたのが悔しかったのか。
「では、まず一つ目。次の次の休日は、私の部屋に来ては駄目。自分の部屋でのんびりするなり、同期と交流を持つなりしてほしい」
「……はい」
いきなりきついのが来てしまった。オレは毎日でも、ミカサさんに会いたいのに。
「では、二つ目。あまり無茶をしないで。エレンは壁の外への志向が人一倍強いが、そのために必要以上に頑張っている。そんな姿は見ていられない。時には、休むことも大事だ」
「はい、分かりました」
「三つ目。これは絶対に守ってほしい。一番、大切なこと」
ミカサさんが力強い瞳を、オレに向けてくる。
「私より先に死なないで」
彼女らしい、というか何というか。
「それは随分と、難しい命令ですね」
「そう。調査兵団にいる以上、とても難しい。しかし、他の二つを守れなかったとしても、これだけはどうにかしてほしい」
「他の二つは、守れなくてもいいんですか?」
それじゃ、何のための命令なんだか。
「できれば、守ってほしい。だが、三つ目の命令よりは重要度は下がる」
「そうですか」
「守ってくれる?」
睨むようにこちらを見るミカサさんに、苦笑して見せる。
「可能な限り、努力はします」
「うん。ならいい」
満足そうに頷くミカサさんは、とても愛らしかった。
目の前のドアをノックすると、すぐに扉が開く。
「入って、早く。他の人に見られないうちに」
「はい。お邪魔します」
オレが部屋に入ると、ミカサさんが外を確認してドアを閉めた。
「ミカサさん。オレの命令、覚えててくれたんですね」
「……一応は」
視線を逸らしたミカサさんは、照れているように見える。
「じゃあ今日は一日、一緒に過ごしましょう」
「それはいいが、何をする?」
「そうですね。まずは、大富豪のリベンジをさせてください」
笑いかけると、ミカサさんも笑顔になった。
「望むところだ。今度も負けない」
世界で一番愛しい人と過ごす一日が、今日も始まる。
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初出 2014/5/5(広島コミケ188無料配布冊子)
update 2016/11/29