新兵の告白 | Of Course!!

新兵の告白

モブですが死人が出ますので、ご注意ください。

 

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 満身創痍の新兵達を見渡し、班長のミカサさんが手を二回叩いた。

「今日の訓練はこれで終わり。皆、お疲れ様」

 その言葉と同時に帰りだす奴もいれば、疲れすぎて動けなくなっている奴もいる。オレはアルミンと揃って、乱れた息を整えていた。

「めずら、しいね。僕は、ともかく、エレンまでこんなに、疲れてるなんて」

「いや、何か、今日は随分と、オレに対して、厳しかったような」

「エレンは最近、浮ついている」

 ミカサさんが、不機嫌そうにオレを見る。

「次の壁外調査も決まったのに、そんな調子では困る。壁外で巨人と遭遇した時には、少しの油断もできない。壁外調査までに、しっかりと気を引き締めてほしい」

「はい、すみません」

 「返事はいいが、問題は実際にできるかだ」と呟きながら、ミカサさんは寮に向かって歩き出した。余裕のない表情の彼女は見たことがあるものの、あんな怒ってるような顔をされたのは初めてかもしれない。

「エレンのことが心配なんだよ、班長は」

 ミカサさんの歩いて行った方向を見ながら、アルミンが苦笑した。

「班長の言ってることは、事実だし」

「なあ。オレ、そんなに浮かれてるか?」

「うん、割と。まあ原因は想像つくけど、だからこそ、班長も大変だなって思うよ」

 アルミンの言いたいことが分からないでいるオレに、アルミンが耳打ちする。

「僕達、よく食堂で班長と話をしてるだろ。だからこういう時は厳しいくらいじゃないと、他の班員に贔屓してるって思われかねないし」

「あー……そっか」

 そこまで考えたことなかった。でもやっぱり、班員はオレ達だけじゃない以上、ミカサさんはそういうことにも気を付けないといけないんだ。それでも食堂では話をしてくれるんだから、まだいい方なのかもしれない。

「実はさ、食堂でのことも、他の皆に聞かれたことがあるんだ。まあその時には、班長が珍しい話をたくさん知ってるから、僕達が班長のところに押しかけて、無理を言って聞かせてもらってることにしたけどね」

 「詳しい経緯を話す理由もないし、話したら話したでいろいろと言われそうだし。まあ、全部が嘘でもないから」とアルミンは笑っているが、オレがミカサさんと距離が近づいたと喜んでる間に、そんなことになってたのか。

「悪いな。迷惑かけちまって」

「別にいいよ。僕だって、君が女性にうつつを抜かしてるせいで迷惑を被ってると思ってるなら、そんな言い訳しないから」

 そう言うアルミンは、心の底から楽しそうだった。

 

 

「前から気になっていたのだが」

 並んでベッドに腰掛けているオレを、ミカサさんが訝しむように見る。

「エレン。ここに来る時は、他の人に見つからないようにしてる?」

「してますよ。オレだって、新兵が異性の上官の部屋に堂々と出入りしてたらやばいって思います」

「そう、ならいい。私とのことであらぬ誤解を受けて、困るのはあなただ」

 ミカサさんはワイングラスを傾け、白ワインを飲む。オレがミカサさんの部屋に出入りしてるのを見つかった場合、困るのはむしろミカサさんのような気がするが、それは置いておこう。

「それにしても、エレンも物好きだ。歳の近い女の子ではなく、私の部屋までわざわざ来るなんて」

「そんなこと言って、いつも部屋に入れてくれるじゃないですか」

「せっかく来たのを、追い返すのもどうかと思うので」

 「エレンは本当に飲まないの?」とワインボトルを見せてくるミカサさんに、首を横に振って見せる。ミカサさんは肩をすくめると、何かを思い出したような顔をした。

「ところでエレン。リヴァイ兵長に関する噂についてはどう思う? 最近、妙にいろんな噂が流布されているが」

「どうと言われても、オレ達新兵はリヴァイ兵士長と接点がありませんし、何とも言えません」

「それもそうだ。しかし、たまにハンジ分隊長の部屋を訪れているようだ。私も何度かこの寮で兵長の姿を見たことがある」

「そうなんですか? オレは今のところ、見たことがないです」

 人類最強と言われ、兵団内でも絶大な支持を受けているというリヴァイ兵士長に関しては、様々な噂がある。特に女性関係は全く謎なせいか、みんな好き勝手なことを言っている状態で、その中の一つが「リヴァイ兵士長はハンジ分隊長と恋仲らしい」というものだ。確かに事実がどうなのか気にならないこともないが、どうして、

「どうして私がそんなことを気に留めているのか分からない、という顔をしている」

「まあ、そうですね。普段、話すことのない相手ですし。ああ、班長の人達はそうでもないですよね」

「確かに、会議の時に顔を合わせるので、兵長と話す機会自体は少なくない。が、一度も会話しないことも多い。団長から説明された作戦に、口を挟むような人でもないので」

「そうなんですか。でも一人だけ兵士長って肩書きだし、結構偉い人なんじゃないんですか?」

「通常の指揮系統からは外れている人だが、リヴァイ兵長は、作戦立案についてはエルヴィン団長に一任しているらしい」

 ワイングラスを空にしたミカサさんは、手に持ったままだったボトルからワインを注ぐ。

「白ワインもおいしい。今度はロゼも飲んでみよう」

「ミカサさん。もしかして今、話が逸れたのをいいことに、兵士長の話は終わりにしようとしていませんか?」

「これ以上、続けるような話題でもないと思ったから。兵長の噂が気になったのは、ハンジ分隊長にも関わるものだった、ただそれだけだ」

「そういえば、班長の上に分隊長がいるんですっけ。ミカサさんは、ハンジ分隊長の下についてるんですね」

「そう。リヴァイ兵長に関する噂と言えば他にも、よく兵長と共に行動しているペトラという女性兵士から慕われていて、兵長も満更でもないというものもある」

 ハンジ分隊長にしても、そのペトラって人にしても、いい迷惑だろうな。勝手に噂の的にされて。

「ここが最も前線で戦う兵団で、兵士の死亡率も高いからこそ、このような噂が広がるのだろう。皆、こうやって壁内で休んでいる時まで、人の生き死にに関する話はしたくないから」

「確かにそうでしょうが、本人達に確認もしてないのに、勝手にそういうことを言うのは無責任ですよ。もしハンジ分隊長やペトラって人に好きな人がいて、その相手にリヴァイ兵士長といい仲だと思われていたら、彼女達も困るでしょう」

「噂を本気にしている人は少ないと思う。だが、エレンの言うような事態もありえる」

 ワインを一口飲み、ミカサさんが息を吐く。

「兵長の私生活について知っている人がほとんどいないので、兵長についてはいろいろと勘繰る人が以前からいたが、近頃はやけに兵長絡みの噂が多い。何かあったのだろうか」

 「しかも色恋に関することばかり」と呟き、ミカサさんがまたワインを飲む。いつも思うけど、つまみも食べずに飲んでいて、よく悪酔いしないものだ。

「色恋と言えば、エレンには好きな女の子はいないの?」

「えっ!?」

 つい、手にしていたコップを落としそうになる。ミカサさんは大丈夫かと聞いてきた後、「で、どうなの?」と詰め寄ってきた。

「好きな人は、その、います、けど」

「そうなの? ならあなたは、ここにいてはいけない。好きな人のところに行った方がいい」

「何でそうなるんですか? わざとですか?」

 ミカサさんを「ミカサさん」と呼ぶようになった日に、ミカサさんへの好意を示す言葉を結構言ったと思うのだが、通じてなかったのか? それとも、本気にされてないとか。

 溜息を零して、ミカサさんの黒い瞳を見つめる。

「ミカサさん。オレは、ミカサさんと一緒にいたいんです」

「私と? 好きな相手がいるのに?」

 駄目だこれは。今までに聞いたミカサさんの過去の話から推察すると、彼女はまともに恋愛したことがなさそうだし、恐らく男性経験もないのだろうが、だからと言ってここまで鈍くなるものなのか。自分にそんな感情が向けられるなんてありえないと考えているのだろうか。

「ミカサさんにはオレが、何とも思ってない相手にこんなことを言うような、軽い男に見えるんですか?」

「エレンはいい子だし、女性に対して不誠実なことはなさそうだと思う。上司と部下だからと言って、私に対して気を遣わせてしまって、申し訳ない。新兵の、七歳も下の男の子に甘えるなんて、班長失格だ」

「いいんですよ。どんどん甘えてくださいって言ったでしょう」

 それより、ミカサさんは今、何て言った? 上司と部下だから気を遣ってる? オレがミカサさんの部屋に来ることを、ずっとそう思ってたのか?

「ミカサさん。オレは、あなたが」

 ミカサさんの身体が傾く。倒れこんできた彼女はオレの肩に額を置いて、背中を上下させた。

「ミカサ、さん?」

 彼女の肩を掴み、顔を上げさせる。ミカサさんは瞼を下ろし、健やかな寝息を立てていた。

「あの、ミカサさん。今、すごく大事な話をしようとしてたんですけど」

 ミカサさんは口も開かない。完全に寝入っているようだ。

「ワイン残ってますよ、ミカサさん」

 やはり返答はない。仕方がないので、ワイングラスをどかした後、ミカサさんをベッドに寝かせた。布団をかけて、彼女の顔を見る。

 オレがミカサさんの部屋に来るようになって、最初の頃はこんなことはなかった。しかし段々と、ミカサさんがオレと話してるうちに眠ってしまったり、酔っ払って抱き付いて来たりと、オレに隙を見せることが多くなってきた。抱き付かれた時に役得だと思ったのは、仕方がないことだと思う。

 いつもはミカサさんを寝かせた後、残っている酒を片付けてそのまま帰っている。だけど無防備なこの人の姿を見ていると、よからぬことを考えてしまう。

 年頃の男の前で、こんな姿を晒しているミカサさんが悪い。ミカサさんを傷つけたくなくて、オレがどれだけ我慢していると思ってるんだ。いくらミカサさんが強くても、これだけ隙だらけなら、オレだって不意をついて押し倒すくらいできるぞ。

 ミカサさんに顔を寄せる。あと十センチも近づけば唇同士が触れ合うような距離で、留まった。やっぱりいくらなんでも、こんな形で唇を奪うのは卑怯だ。

 長い前髪を搔き上げて、額に唇を落とす。艶やかな黒髪は、手触りがいい。たったこれだけのことでも、頭に血が上ってのぼせそうだ。

「ミカサさん、好きです」

 これくらいは、いいよな?

 ミカサさんから離れると、ワインボトルに栓をした。グラスに残っていたワインは、外に誰もいないことを確認して、窓から捨てる。明かりを消して、ドアノブに手をかけた。

「お休みなさい、ミカサさん」

 

 

「エレン、何を呆けているの? ぼさっとしてないで、早く動いて」

 今日は立体機動の訓練だ。ミカサさんがいらついたように、オレを見た。

「すみません、気を付けます」

「口は動かさなくていい。手を動かして」

 ミカサさんの言葉に従い、アンカーを射出して行動に移る。立体機動装置を使って森の中を移動しながらも、脳裏にはミカサさんの怒った顔がよぎった。

 他の班員の心象を悪くしないためにも、ミカサさんは接点が多いオレやアルミンには訓練時に甘い顔をするわけにはいかない。アルミンの言うことはよく分かる。それでも、ミカサさんにあんな顔を向けられるのは嫌だ。彼女に、幻滅されたくない。

 目標を捉えて、剣で的を削ぐ。だが、斬撃が浅い。

「何をやってるの、エレン。今期の訓練兵団上位でしょう? あなたはもっとできるはず」

「はいっ!」

 次の目標へ意識を向け、的を抉る。今度は、だいぶ深い。

 残った的も全て斬り付け、訓練に使われている森を抜けた。ミカサさんが、不機嫌そうな顔でオレを見てくる。

 それから、他の班員も含めた全員の訓練が終わるまで、ミカサさんはオレに声をかけてこなかった。訓練終了後、オレのよく知る無感情な瞳で、

「あなたはこの班の中で、最も訓練兵団卒団時の成績がいい。その分、他の子よりも実力があると見なされる。他の子より強いはずのあなたに腑抜けられると困る」

 「後の方はよかったが、あれくらいできて当たり前」と言いながら、ミカサさんが去って行った。

 その日の夜、ミカサさんの部屋に行くと、ベッドにうつ伏せになっていた。ミカサさんが、真っ赤になった顔をオレに向けてくる。

「エレン。しばらくの間、ここには来ないでほしい」

「どうしてですか?」

「あなたの傍は、心地がいい。あなたといると、班長だということを忘れそうになる」

「いいじゃないですか。こんな時くらい、忘れても」

 ミカサさんが、首を左右に振る。

「もう、壁外調査まで一週間もない。このままじゃ、壁外でも班長としての自覚と責務を忘れてしまいそうで、怖い。私の後ろには、あなたやアルミンも含めた、班員達がいる」

 薄暗い部屋の中で、上半身だけ起こしてこちらを見るミカサさんは色気がある。でも、そんなことを考えている場合じゃない。

 そうだ。オレがどんなに休んでほしいと言っても、自分を追い詰めないでほしいと思っても、そんなの関係ない。この人は、班長なんだ。

「二度と来るなと言っているわけではない」

「……はい、分かってます」

「エレン。言わなきゃいけないと思っていたのだが、ここのところ訓練を厳しくしてごめんなさい」

「いえ。こちらこそ、すみません」

 「どうしてエレンが謝るの」と細い声が聞こえる。瞼も閉じそうになり、こらえているミカサさんの姿はあどけない。

「ちゃんと布団をかけて寝てくださいよ」

「分かっている。お休みなさい、エレン」

 閉じていくドアの隙間から、睡魔に負けるミカサさんが見えた。

 

 

「待って、止まって!」

 ミカサさんの制止を無視して、二人の兵士が十メートルはありそうな巨人へ向けて馬を走らせる。

「私から離れては駄目と言ったでしょう! あなた達の行動は立派な命令違反だ」

 叫びながら、ミカサさんも馬で追いかける。だが、彼女が身を浮かして動こうとした瞬間に、巨人が馬上の兵士二人を一度に鷲掴み、首を噛み千切った。ミカサさんが苦しそうな表情でアンカーを打ち出し、巨人のうなじを削ぐ。

 地面に倒れて蒸気と化す巨人を前に、首を失った二人の兵士を見るミカサさんは、泣きそうな顔をしていた。

 

 

「あれは班長のせいじゃないだろ。あの巨人、通常種だったぞ」

「ああ。本当なら、戦闘を避けられていた相手だ」

「手柄が欲しくて焦ったのか? それにしても、馬鹿すぎて同情する気にもならないな」

「結局、うちの班の犠牲はあいつらだけか。こんな結果じゃ、班長が気の毒だよ」

 寮の部屋を共にするミカサ班の同期達が、終えたばかりの壁外調査で死んだ班員の話をしている。オレは奴らと一緒に談笑する気にもなれずに、ベッドで布団を被って寝転がっていた。

 確かに、ミカサさんはあの巨人との戦闘を避けようとしていた。実際に避けられていたはずだったんだ。命令違反を犯してまで、巨人と戦おうとした奴らさえいなければ。それでも、口先で非難してるだけの奴よりはよっぽど勇敢だったんじゃないだろうか。

「エレン」

 アルミンが、オレの顔を覗きこんでいる。

「驚いたよ。君がこんなところで寝ているから」

「ミカサさんのところだったら、行ったけど門前払いを食らった」

「ああ、行ってはいるんだ」

「一番へこんでるのは、あの人だろうからな。もう、一人で落ち込んでほしくねえし」

 オレだって、できれば巨人と戦いたかった。ミカサさんに、いいところを見せたかった。自分がそれで死ぬ可能性は不思議なくらい考えていなかったし、怖くはなかった。だが、もしオレが死んだらミカサさんがどんな顔をするのかと考えたら、動けなくなった。結局、ミカサさんから「指示をするまで戦うな」と言われているのをいいことに、何もしなかった。

「エレンの選択は、間違ってなかったと思うよ。班長は、自分でもエレンに甘えてるって言ってるくらいだし、だいぶエレンに精神的に頼ってる部分があるんだろう。そんな班長のことを考えたら、君が生きて帰ることを優先したのは正しい」

「あー……悪いな、慰めてくれてんのか」

「終わったことだし、あまり気にしても仕方がないよ。そうじゃないと、次に進めない。またこれからも、壁外調査はあるだろう」

「それもそうだな」

 アルミンが溜息を吐く。右手をこちらに伸ばし、人差し指でオレの額を弾いた。

「何するんだ」

「君はいつまで、そうしているつもり? 追い返されたからって、諦めるの?」

「それは、その」

「今までの君は、班長に対してそんなに臆病だったっけ? 班長を甘えさせたいんだろ?」

 そうだ。今までずっと、ミカサさんに拒まれても食い下がっていた。その結果として、ミカサさんもだいぶ心を開いてくれるようになってきたんだ。オレは、こんなところで何をやってるんだろう。

 身体を起こし、被っていた布団を避ける。

「すまねえ、アルミン。お前には助けられてばかりだな」

「そんなことないよ」

 優しげに微笑むアルミンに見送られ、オレは部屋を後にした。

「行っけー、エレン!」

「おう!」

 アルミンの声に手を挙げて応じ、廊下を走る。驚いたようにオレを見る人々の間を抜けて、ミカサさんの部屋に辿り着いた。周りに誰もいないのを確認して、ノックする。

「ミカサさん。オレです、エレンです」

「……エレン?」

 ドアの向こうから、微かに声が聞こえる。

「さっきも言ったと思うが、今は一人に」

「嫌です。どうしてまた、一人で落ち込んでるんですか。めちゃくちゃでも理不尽でもいいから、思ってること、吐き出してくださいよ」

 せっかく、いろんな話をして距離が縮まったのに。せっかく、ミカサさんが自分を苦しめるためにお酒を飲むことをしなくなったのに。

「ミカサさん。せめて、部屋に入れてください。それまでずっとここにいますよ、オレ」

 ドアを睨んでいると、「それは困る」と声がした。五秒くらい経って、ドアが開かれる。

「入って」

 ミカサさんは俯いていて、表情は分からない。念のため周りを確認してから部屋へ入ると、ミカサさんがドアを閉めた。

「なぜ、来たの」

「なぜって、ミカサさんをほっておけないからですよ」

「そう。でも私は、あなたと距離を置いた方がいいと思っている」

 ドアの前から動かないミカサさんの、背中を見る。後ろ姿は、巨人相手に戦う時の頼もしさが嘘のように、細く儚げだ。

「どうして、そう思うんですか」

「……あなたといると、私はどんどん駄目な班長になってしまう。今回、うちの班から犠牲者が出たでしょう」

「はい。他の奴らは無謀で馬鹿だって言ってますけど、オレは勇敢な兵士だったと思います」

「勇敢と無謀は違う。他の皆の言うことが正しい。とは言え、私が指導していたのだから、彼らの死については私に責任がある」

 今まで聞いたことのない、細い声。余程、今回のことが堪えたのか。

「皆を先導する立場でありながら、彼らを巨人の餌にしてしまったことも、もちろんショックだった。だがそれ以上に、エレンやアルミンじゃなくてよかったと思ってしまった自分が嫌だった」

 ミカサさんの肩が、震えている。

「全員、大事な班員で、誰が欠けても駄目なのに。そのはずなのに、私はあなた達と他の皆を区別してしまっている。こんな状態では、他の班員に顔向けができない」

「そんなの、誰だって同じですよ。オレだって、ミカサさんと他の上官を同じには思えません」

「でも、私は」

 首を横に振るミカサさんに、溜息を吐いた。この人の心をだいぶ解かせたつもりでいたけど、思い上がりだったのかもしれない。彼女は、オレが思っているよりもずっと頑固だ。

「ミカサさんって本当に、自分で自分の首を絞めたがりますね。見ているこっちが息詰まりそうです」

「だったら、私に構わなければいい」

「逆ですよ。そんなミカサさんだから、構いたくなるんです」

 ミカサさんの右腕を掴む。彼女の身体が少し跳ねたが、そのまま振り返らせようと腕を引いた。

「駄目、離して」

「絶対に離しません」

 ミカサさんに抵抗され、顔は見れない。仕方がないので腕を離し、横から覗き込んだ。

「ミカサさん、泣いてるんですか?」

「みっ、見ないで!」

「どうしてですか? 綺麗ですよ」

 目を見開いたミカサさんが、オレを見る。

「何を、言ってるの」

「でもやっぱり、ミカサさんは笑顔の方が素敵です」

 ミカサさんの顔が赤くなる。彼女はオレから顔を逸らして、目元を擦った。

「あなたがそんなことを言うから、私は……いや違う、あなたに責任は」

 小さな声でそんなことを呟くミカサさんを、背後から抱きしめた。耳元に口を寄せて、

「好きです」

 ミカサさんが振り返って、オレを見た。目元は、まだ涙で濡れている。

「何を、言っているの。人をからかうのもいい加減に」

「からかってません」

 抱きしめる力を強めると、ミカサさんが戸惑うような顔になる。

「初めて会った時から、好きなんです」

 とうとう、言った。決定的な言葉を、口にした。もう、後戻りはできない。

「エレン。私は、あなたの上官だ」

「分かってます。いい返事は、期待してませんよ」

 それでも、言いたかった。自分で自分を苦しめようとするこの人に、あなたを思う人間がいるのだと伝えたかったんだ。

 ミカサさんは再び、オレに背中を向けた。

「少し、考えさせてほしい」

「いくらでも考えてください。いつまでも待ちますから」

 例え受け入れられなくても、彼女が少しでも自分を大事にしようと思ってくれるなら、充分だ。

「そう。しかしもし、私が結論を出せなければ、他にいい人を見つけて。私みたいな、歳の離れた女を気にする必要はない」

「嫌です。オレは、ミカサさんがいいんです」

 オレは確かに、兵士としての経験がほとんどない新兵だ。しかしだからこそ、必要以上に自分を縛るこの人に対して、できることがあるんじゃないだろうか。

「ミカサさんが望めば、いつでも愚痴を聞きに来ますし、いくらでも慰めます。都合のいい存在として使ってもらっても、オレは構いません」

「それは、私が構う」

 ミカサさんが、僅かにこちらを向く。

「しかしあなたが、そうしてほしいと言うのなら、検討する」

「そうですか」

 不器用なこの人は、一体どんな答えを出すのだろうか。気長に待つとしよう。今はとりあえず、抱きしめている腕を振りほどかれないだけでも、よしとするか。

「ミカサさん、好きです」

「……それはさっき聞いた」

 

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update 2014/1/29