冷たい夢の中から | Of Course!!

冷たい夢の中から

エレンとミカサが出会ってから、15歳になるまでの話です。

タイトルはLOVELESSのOP「月の呪縛」の歌詞より。

 

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「お父さん、お母さん」

 なぜ、私だけが生き残ったのか。どうして、私も一緒に逝くことができなかったのか。

 いつものように学校から帰った私を待っていた両親の、物言わぬ身体を見つめながら、私は泣くしかできなかった。

 強盗にでも襲われたのか、部屋はひどく荒らされている。両親は血まみれで、床の上に横たわっていた。

 「今日はあなたの誕生日だから、お父さんも頑張って、早く帰ってきてくれるからね」と、母が囁いたのは今朝のことだった。その時はすごくあたたかい気持ちになったのに、どうしてこんなことになったのだろう。

 お父さん、お母さん。二人のいない世界は、すごくさむい。

 涙を拭っていると、玄関から物音が聞こえた。そちらに目を向けると、私と歳の近そうな男の子が、ドアの隙間からこちらを見つめている。金色の勝気そうな瞳が、真っ直ぐ私を捉えていた。

「あなたは、一体」

「何だ、お前は知らないのか」

 男の子はドアを開け放ち、私の傍まで来る。私の両親を見て悲しそうに俯き、

「お前、他に行くところはあるのか」

「……ない、どこにも」

「そうか。なら、ちょうどよかったのかもしれねえ。こんな状況で言うことでもないと思うけど」

 私を見据えた瞳が輝いた。彼の長いシッポが揺れる。

「オレのところに来い、LIMITLESS」

「リミットレス?」

「オレの、本当の名前だ。お前にとっても、そうであるはずなんだ。オレには分かる」

 彼は、何を言っているんだろう。意味が分からない。でも、

「ここにいて一人で生きるのと、オレについていくのと、どっちがいい?」

 そう言いながら、彼が手を伸ばしてくる。私の答えなど、分かりきっているかのように。

 どうしてだろう。訳が分からないのに、彼の手を取りたくて仕方がない自分がいる。むしろ私は、ずっとこの手が差し伸べられるのを、待っていたのかもしれない。

 目の前の手を掴んだと同時に、彼が笑った。ミミを嬉しそうに立たせ、

「やっと会えたな、オレの片割れ。LIMITLESSの意味は、果てしない無限だ。お前とオレ、ふたり揃って初めて完全なLIMITLESSになれる」

「あなたが何を言っているのか、よく分からない」

「そのうち分かる。多分、そう遠くないうちに、身体のどこかに名前が出てくるだろう。もしかしたら、もう出てるのかもしれねえけど」

 意味が分からないながらも頷く私に、彼は満足そうな表情を見せた。

「なあ、お前の名前を教えてくれよ。いつも呼ばれている方」

「……ミカサ。ミカサ・アッカーマン」

「そうか。オレはエレン。エレン・イェーガーだ。これからよろしくな、ミカサ」

 そして私は、その日から彼――エレンの家族となったのだった。

 エレンが自分の家に向かいながら、私の後ろ髪をかき分けて「まだ出てないのか」と呟いた意味が、その時は全く分からなかった。

 

 

 エレンと出会ってから、一年ほどでそれは現れた。最初にそれを見つけたのは、エレンだった。

「ミカサ。お前」

 私の髪を束ねようとしていたエレンが、興奮を抑えきれない声で呟く。私のうなじをそっと撫で、

「やっと出てきたな。本当の名前が」

「それは、どういうこと?」

 振り返ると、エレンが嬉しそうに笑っている。彼はシッポを揺らしながら、自分の首の後ろを見せてきた。そこには、「LIMITLESS」という文字が刻まれている。

「エレン、それ」

「お前にも」

 エレンは携帯で私の後ろ姿を撮ると、その携帯を見せてくる。そこには、エレンと同じように「LIMITLESS」の文字がある首筋が写っていた。

「ほら、オレの言った通りだろ。オレ達、同じ名前だったんだよ。一つ惜しむことがあるとすれば、オレがサクリファイスなことくらいかもな。お前は賢いし、オレはお前に、ダメージを負ってやる以上のことはできないだろうから」

 「これから先、お前を戦わせることになると思う。それはごめんな。でも、お前にダメージを負わせないで済むことだけは、ほっとしてる」なんて呟くエレンを、私は見上げた。

「エレン、いい加減に話して。サクリファイスって何なの? この文字はどういうものなの? 私が戦うというのは、どういう意味なの?」

 エレンは「あれ、まだ言ってなかったっけ」と呟きながら教えてくれた。サクリファイスと戦闘機は、二人で一つであること。ほぼ必ず、サクリファイスと戦闘機は、本当の名前を同じくする相手がいること。それが絶対でないのは、たまに本当の名前を持たない「空白の戦闘機」がいるためであること。「空白の戦闘機」は一回だけ、他の誰かの名前を刻めること。空白ではない、同じ名前のペアは必ず惹かれ合うこと。遅かれ早かれ、いつかは本当の名前が身体のどこかに浮かんでくること。戦闘機とサクリファイスは、他のつがいを相手に、言葉による闘争を行うこと。戦闘機が言葉を操って戦い、そのダメージはサクリファイスが負うこと。立場としてはサクリファイスが上であり、命令する側であること。全て、初めて聞いた話だ。

「でも、オレはお前と主従関係になりたいんじゃない。ただとにかく、自分と同じ名前を持った片割れがいるんだっていうのが、戦闘機とサクリファイスのことを初めて知った時から気になったんだ。お前と出会ったあの日、理由は分からないけど、片割れが近くにいるような気がして、お前の家に行った。そこで鍵の開いているドアからお前を見て、確信したよ。お前がオレの片割れなんだって。それだけは、絶対に間違いないと思った」

 エレンが、私のうなじにある名前を指でなぞる。

「お前はオレの物であり、オレはお前の物であるんだ。これは運命なんだよ。生まれた時から決まってることなんだ。名前の絆は絶対だからな」

「運命?」

 随分と乙女チックなことを言うものだ。そう思いながらエレンを見ると同時に、彼の顔が近づいてきた。彼が目を閉じたのを見て、私も瞼を下ろす。

 その日、エレンと私はオトナになり、ミミとシッポを失った。

 

 

 ミミのない姿を初めて見せた時、イェーガーのおじさんとおばさんは目を丸くした。確かに、十二歳でミミなしは早すぎる。怒られる、だろうか。軽蔑されるだろうか。いきなりエレンに連れ帰られた初対面の私を、温かく迎え入れてくれた、この優しい夫婦に。

 おばさんを見ると、彼女は仕方なさそうに溜息を吐いた。「ちょっと待ってて」と姿を消したかと思うと、何かを持って戻ってくる。

 おばさんがエレンと私に手渡したのは、付けミミだった。ちゃんと、私達の髪と同じ色のものだ。

「遅かれ早かれ、そういう日が来ると思っていたわ。あなた達は同じ名前だから、惹かれ合って当然だもの。さすがに思ってたより早かったから、びっくりしたけど」

 なぜか優しい顔で、おばさんが笑う。この人は、何を言っているのだろう。私達が同じ名前だなんて、そんなこと、

「あら、もしかしてミカサは聞いてないのかしら。私とあの人も、同じ名前のつがいなのよ」

 おばさんの視線が、おじさんに向く。おじさんはエレンと私を見て微笑んだ。

「ミカサ。戦闘機とサクリファイスの関係については知っているかな」

「うん、エレンから聞いた」

「そうか。私達は、何度も一緒に戦ってきたんだよ。私が戦闘機、カルラがサクリファイスでな」

「オレに戦闘機とサクリファイスのことや、言語闘争のことを教えてくれたのも、父さんと母さんなんだ」

 「オレ達の大先輩なんだぞ!」と自慢げな表情で付けミミを握るエレンは、若干シュールだ。

「まあ、その話はまた改めて行うとしよう。ミカサにもいろいろと教えないといけないだろうから」

「そうね。エレンの説明だけじゃ、ミカサがどこまで理解できているか」

「どういう意味だよ、それ」

 頬を膨らませたエレンに、忘れず付けミミを着けるよう促し、おばさんが笑った。

 こんな穏やかな夫婦が、今の二人になるまでに、一体どんな戦いを行ってきたのだろうか。いつかしかるべき時に、たくさん教えてもらおう。

 そう心に決めて、私は付けミミを頭に着けた。

 

 

 結局、改めて二人から話を聞く機会は、来なかった。

 ダイニングで、エレンと向かい合って座る。エレンは宙を眺めながら、何か考えているようだ。

 ずっと、四人で囲ってきたテーブルだった。私がこの家に来た日から、おじさんとおばさんとエレンと私の、四人がいた場所だった。

 いつも所狭しと料理が並んでいたテーブルが、二人しかいないと、こんなに広いのか。

「まだ、父さんの捜索って続いてるんだよな」

 エレンが口を開く。

「捜索を打ち切るとは聞いていないから、恐らく続いているのだろう」

「だよな。でもオレ、父さんはもう見つからないと思うんだ。少なくとも、生きてる状態では」

「なぜ? おばさんが、もういないから?」

「そうだ。だって父さんは、母さんの戦闘機なんだぞ。だいぶ前から言語闘争はやってなかったみたいだけど、二人が戦闘機とサクリファイスだってことは、過去のことじゃないんだからな」

 そういえば、エレンも言っていた。名前の絆は絶対だと。

「戦闘機は、二人以上のサクリファイスには仕えない。サクリファイスが死んでいるにも関わらず、生き続けている戦闘機は恥さらしだ。それが、言語闘争に関わる奴らの共通認識らしい」

「サクリファイスが死んだら、戦闘機も死ねということ? 言語闘争も何も関係なく、おばさんみたいに事故で死んでも?」

「そういうことだな。まあでも、もしオレが先に死んだとしても、お前は気にしなくていい。他の奴は嫌なことを言うだろうけど、オレはお前に生きててほしいと思うんだ」

 「でも、オレ以外のものにはなるな」と言いながら、身を乗り出したエレンが頬を撫でてくる。

「うん、ならない。私は一生、あなただけの戦闘機だ」

 どうしてだろう。ちゃんと笑っているはずなのに、涙が出てくる。

 寂しそうに微笑むエレンを見て、実感してしまった。これからここは、エレンと私の、二人だけの家なんだと。ここでずっと、二人で生きていくんだと。

 おじさん、おばさん、今までありがとう。さようなら。

 

 

 エレンと私の二人だけになって、四度目の冬が来た。

 公園でエレンと二人、真っ暗な空を見上げる。確か天気予報では、今夜は雪だと言っていた。

「ねえ、エレン。どうしてエレンは、自分の名前がLIMITLESSだと知っていたの」

「どうしてって言われても。お前と出会った頃にはもう、名前が出てたからに決まってるだろ」

 「お前は名前が出るの遅かったよな」と言いながら、エレンがハンバーガーを口にする。眉を寄せ、白い息を吐いた。

「あまりうまくないな、これ。お前の料理が食いたい」

「この戦いが終わったら」

「マジか。さっさと終わらせようぜ」

「まだ相手が来ていない」

 私の口からも、真っ白な息が出る。十二月の夜は寒い。首元のマフラーを持ち上げ、口元まで覆う。

「エレン、寒くない?」

「少し寒い」

「そう、なら」

「スペルだったら使わなくていいぞ」

 「これくらい耐えられる」と、エレンがハンバーガーの包み紙を丸めた。彼は近くのゴミ箱にそれを捨て、足を組む。

 ――あ。今、接触した。

「どうだ、奴らは」

「近い。恐らく向こうも気づいているはず。すぐに来るだろう」

「そうか」

 エレンがベンチから立ち上がる。エレンの視線を追うと、目的の二人組が公園に入ってきたところだった。互いに金髪碧眼で、小柄な男女二人組だ。

「君達、戦闘機とサクリファイスだよね。こんなところで、何をやってるんだい?」

 前に立つ少年が、困惑しながらこちらを見た。金色のミミが小刻みに動いている。

「ミミ、かわいい」

「またかよ、ミカサ。お前、ミミ付きの奴を見る度に言ってるじゃねえか」

「かわいいものはかわいいので、仕方がない」

 少年のシッポが毛羽立っている。警戒心がビンビンのシッポかわいい。

「シッポに見惚れてるんじゃねえよ」

 おもしろくなさそうに言って、エレンが少年を見た。

「オレ達がここにいるのは、お前達が目的だって言ったら、どうする」

「どうするって言われても、答えようがないな。僕達を待っていた理由にもよると思うよ」

「理由なんて、大したもんじゃねえよ。風の噂で、この辺りに歳の近い二人がいるって聞いたから、どんな奴らかと思って」

 「お前ら、出会ったのは最近なんだよな」と言うエレンを、少年は不快そうに見る。

「何が言いたいんだ? 僕達みたいなひよっこ、簡単に潰せるってこと?」

「別にそういうつもりじゃねえけど」

 一歩前に出て、エレンが無邪気に笑う。

「意外と骨がありそうだな、お前」

 ああ、楽しそうだ。エレンがこうなると、なかなか止められない。別に止める気もないけど。

「よし。お前ら、オレ達と戦え。久しぶりにおもしろい戦いが出来そうだ」

「えっ、結局戦うの?」

「顔だけ見て帰るってのも何だしな。ミカサも最近、退屈してただろ。ガキの喧嘩みたいなだるい戦いばかりで」

 驚く少年の顔を見て、頷く。

「余裕だね。私達には、絶対に勝てると思ってるんだ」

 少年の後ろから、少女が出てきた。彼女もミミがついている。かわいい。

「勝てると思ってる、じゃねえ。絶対に勝つ」

「私達よりキャリアはあるのかもしれないけど、あんた達じゃ無理だよ」

「言うじゃねえか。当然、戦いには応じるよな」

「いいよ。やるからには容赦しない」

「そうか。楽しみだな」

 エレンが私の手を引いて、背中合わせに立つ。互いのうなじにある名前がくっつくように、少しもたれかかりながら、エレンが口を開いた。

「我らはLIMITLESS。果てしない無限。我らの領域から逃れられる者は誰もいない」

「さあ、どうかな」

 少女が、私達を睨みつける。

「あんた達が何者なのかは知らないけど、私達に喧嘩を売ったこと、後悔するんじゃないよ」

「するわけない。私達は強い」

 私は二人の瞳を見つめ、口を開いた。

「あなた達の、本当の名前を教えて」

「私達は、PAINLESS」

「ペインレス? 痛覚がないの?」

「違う。PAINLESSには、物事の解決が困難ではない、努力を要しないって意味がある」

 「だから、私達は負けたことがない」と言う少女の後ろで、「実戦経験自体が少ないけどね」と少年が呟く。

「ということは、痛みはあるんだな。拘束された時とか」

「エレン。そういうことは、戦えば分かる」

「……それもそうだな」

「させないよ」

 少女が眉をつり上げ、こちらを見つめてきた。いい顔だ。自分にとって唯一無二のサクリファイスを守るんだという、使命感に満ちている。

「そう。でも私だって、エレンを拘束させる気はない。勝つのは私達だ」

「当たり前だろ。やるぞ、ミカサ」

 エレンの言葉に頷いた私は、目の前の少女を見据え、宣言した。

「戦闘システム、展開」

 雪が、ちらついてくる。本格的に降られる前に終わらせなければ、ダメージが大きくなるかもしれない。

 

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update 2013/9/17