悪魔たちのミッシング サンプル
(前略)
「魔王さま、折り入ってお願いがあります」
硬い表情のチヨに、魔王のマサユキが目を丸くする。
「なんだ、改まって」
「私を、悪魔にしてほしいんです」
マサユキが何度もまばたきした。
「なに言ってんだ、お前」
「私、思ったんです。私も悪魔の血を引いてるんだから、悪魔になれるはずだって。私の中にある悪魔の血は眠ってるだけで、目覚めさせれば悪魔になるんじゃないかって」
マサユキが考える。その肩を叩く手があった。
「いいじゃないですか、先輩。協力してあげましょうよ」
「ユウ」
マサユキの眷属――ユウが笑う。
「チヨちゃんもウメタロウも、ずっと一緒にいたいって気持ちは同じでしょ? それなら、チヨちゃんが悪魔になれれば、どっちにとってもいいことだと思いますけど」
「それはそうだが」
マサユキがチヨを見た。
「お前は淫魔の血を継いでるから、もし悪魔になれればサキュバスになるぞ。それは構わないか?」
「えっ!?」
チヨが赤い顔で固まる。
(中略)
初めてチヨを見た時、なんと可憐な少女なのだとウメタロウは思った。彼女の名前をかわいいと言ったのも、彼女に似合っていると思ったのも、紛れもない本心だ。女性に対してそんな気持ちを抱いたのは初めてだった。恐らく、ひとめ惚れだったのだと思う。これは自分にとってきっと、最初で最後の恋だ。
かわいらしくあどけなかったチヨは、身長こそ変わらないものの、大人の女性らしい美しさを見せるようになってきた。その変化を愛しく、喜ばしく感じる気持ちはある。だが一方で、焦りもあった。彼女と過ごせる時間が決して長くないことを、毎日のように実感させられる。彼女と自分の時間がずれていることを、見せつけられている気分になった。
マモンという種族は他人の強欲さを糧とするが、自身も欲深いことが多い。それは自分にも当てはまるのだと、チヨを通じて思い知らされていた。何があっても、彼女を失いたくない。先に逝ってほしくない。たった数十年で永遠の別れを迎えるなんて、もってのほかだ。この先、何百年、何千年でも彼女と共に生きたい。いつからか、そう考えるようになっていた。
そんな時、ウメタロウは思い出した。チヨは人間と同じように歳を取るが、悪魔の血を引いている存在だということを。本来であれば、彼女が悪魔であってもおかしくない。むしろ、悪魔であるべきなのだ。ならば今の状態は誤りであり、正されなくてはいけない。