二人の始まり
女の子の真由は小柄で細身なので、大人しい趣味なのかなという妄想が入ってます。
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眩しい日差しが照りつけ、セミがやかましく鳴き続ける。雲ひとつない青空が広がる今日は、ニュースによると真夏日らしい。なぜこんな日に、外に出ないといけないのだろうか。御子柴実琴は何度も考えたことをまた頭に浮かべ、溜息を零した。
高校生の御子柴は、既に夏休みに入っている。だが、浮かれてばかりもいられない。宿題が教師たちから山ほど出されているのだ。その中でも世界史のレポートは、本に載っている情報を元にしないと駄目だとか、参考文献も全て明記しろといった指示がある。このインターネット全盛期に、時代錯誤もいいところだ。そう考えつつも、御子柴は図書館に向かって歩いていた。到着すればクーラーの効いた室内で本を読める。それだけを支えに進んでいるようなものだ。
図書館に到着し、中に入る。館内の涼しさに一息つくと、世界史のコーナーへ向かった。宿題のテーマはまだ決めていないが、適当に本を見ていれば何か書きやすそうな題材が見つかるのではないか。そんな考えで目についた本を何冊か手に取り、座る席を探した。空いている場所がないわけではないが、御子柴と同じような理由で来ている人間が多いのか、そこそこ席が埋まっている。できれば知らない人間との相席は避けたいが、いい場所はないだろうか。
「あっ」
小さく上げた声に、一人の少女が顔を上げた。
「実琴さん?」
「真由」
小声で彼女の名前を呼び、近づく。野崎真由の横を見ると、本が何冊も重ねられていた。
「おまえも宿題か?」
「いえ、それは終わりました」
「えっ、もう!?」
周りの視線が御子柴に集中する。御子柴は気まずそうにお辞儀をして、また真由のほうを向いた。
「とりあえず、座ったらどうですか? 私の隣でよければ空いてますよ」
真由が示した辺りに本を置き、腰を下ろす。
「もう宿題おわったってどういうことだよ。まだ夏休みに入って一週間も経ってねぇぞ」
「三年生は宿題より受験勉強に集中しろってことで、もともと少なめだったんです。それに溜め込んで、後から慌てるはめになるのも面倒なので」
「……なるほど」
物ぐさな彼女が宿題を終えているのが意外だったが、そういう考え方もあるのか。
「なに読んでんだ?」
「『ライ麦畑でつかまえて』です」
「ああ、有名だよな。おもしろいか?」
真由が頷く。
「どういうところが」
「そうですね。男性が出てきて、女性も出てきて、男性が」
「分かった、もういい」
御子柴が遮ると、真由はまた本に目を落とした。
「いくつか翻訳があるんですけど、訳した人の中に野崎って人がいて」
彼女が持つ本の表紙に目を凝らす。確かに翻訳者の名字が野崎なのを確認して、また真由を見た。
「親近感でも覚えたか?」
「……そうなんでしょうか」
投げやりな答えに口元を緩め、持ってきた本の一冊を手に取った。それを開いた瞬間に初めて、西洋で行われていた拷問と処刑を記した本だと気づいたが、今の御子柴にとってはどんな資料でも見逃せない。有名な『鉄の処女』の写真を見ながら、彼が息を吐いた。
隣で本を閉じる音がする。そちらを見ると、真由と目が合った。彼女の瞳はいつも通り、感情が見えない。その目を怖いと思う時もあるが、御子柴はそれが嫌いではなかった。
「なぁ、真由。時間があるなら、付き合ってくれねぇか。俺さ、世界史のレポートの課題、まだ決まってなくて」
苦笑する御子柴を、真由が見つめる。
「そうですね。とりあえず、資料はそれ以外にした方がいいと思います」
下がった真由の視線を追う。また目に入った『鉄の処女』に、御子柴が苦笑した。
「そうだな」
開いていた本を閉じ、別の本を手にする。タイトルを見たところ、どうやら三国志に関する本のようだ。
「三国志ですか」
「だな。真由は、三国志で好きな英雄とかいるか?」
「いえ、特に」
真由がまた本を持ち、開いて目線を落とす。
「三国志って漫画やゲームでもよくありますし、実琴さんの方が詳しいんじゃないですか」
「そう思うか? しょうがねぇな、俺が見事な三国志レポートを書いてやるぜ。今に見てろよ」
声を潜めて言うと、真由が頷いた。御子柴は立ち上がると、明らかに必要のない本を棚に戻して、三国志に関係のある本を片っ端から手に取った。途中で真由へ目を向けると、涼しげに本を読んでいる。それだけ確認して、また資料を集めた。真由の隣にまた行くと、彼女が御子柴の持つ本の束を見上げてくる。
「真由。言っとくけどな、俺は三国志に詳しくねぇわけじゃねぇぞ。でもレポートにどの本を見たか書かねぇとだし、記憶が間違っている可能性も、まぁ全くねぇとは言いきれねぇし」
「はい」
真由が首を縦に振る。彼女の横の席に再度つくと、本を開いた。範囲が世界史の全般から三国志まで狭まったとはいえ、全体を扱うのか、誰か武将をピックアップするのかなど、細かい部分はこれから詰めないといけない。
「真由だったら、どういうテーマにする? 三国志は前提で」
「どういう、と言われても。全体的にと思うと長くて要約が面倒くさいし、かといってテーマを絞るのもやっぱり面倒くさいし」
「それじゃレポート書けねぇだろうが」
「適当に有名な武将のことでも書いとけばいいんじゃないですか。劉備とか曹操とか」
随分とぞんざいな決め方だが、この際それでもいいかもしれない。そう思いながら本を見ると、諸葛亮の名前が目に入った。もう諸葛亮をテーマにしてしまおうと、彼に関する記述がありそうな本を積み上げた中から探す。何冊か目の前に置いたところで真由へ目線を向けると、ライトノベルを読んでいた。御子柴も知っている、ハーレム物の学園ラブコメだ。さっきとはやけに傾向が違う本を読んでいるものだ。そういえば彼女はたまに、御子柴の持っている漫画を貸してほしいと言ってくることもある。もしかして、何か物語を読むのが好きなのだろうか。
「なぁ、それおもしろいか?」
真由の頭が上下に揺れた。
「読書が好きなのか?」
「嫌いではないです。自分で冒険したり、事件に遭遇したりしなくても、そうした気になれるじゃないですか。でも小説はぜんぶ文字だから、絵で状況が分かる漫画の方が楽です」
「なるほど。自分でやるのが面倒だから、涼しいとこで本を読んで疑似体験な。まぁ事件には遭遇したくねぇしな」
御子柴が再び真由の手元を見る。
「恋愛物を読むのは、自分で恋愛するのがめんどくせぇってことか?」
「面倒というか、敢えてしたいとは思いませんね」
「それをめんどくさがってるって言うんだろ」
真由の手がページをめくる。少女らしい、小さな手だ。
「でも最近は、興味がないこともないです」
「何だそれ。気になる奴でもいんの?」
「まぁ、そうですね」
「へぇー、おまえがなぁ」
彼女の興味を引く男とは、一体どんな人物なのだ。面倒くさがりの彼女に恋愛してもいいと思わせるくらい、いい男だというのか。
「やっぱり、本だけじゃ分からないこともあると思うんです」
「そりゃいっぱいあるだろうな」
「はい。だから実琴さん」
真由が手を伸ばす。御子柴のTシャツの袖を掴み、無表情で見上げてきた。
「私に恋愛を教えてくれますか?」
御子柴が何度か瞬きする。真由の顔には、やはり感情が浮かんでいない。それでも、見つめてくる瞳は確かに、御子柴でないと駄目だと訴えかけてきた。
真由は、御子柴の友人であり漫画家でもある野崎梅太郎の妹だ。御子柴にとっての彼女はあくまで友人の妹でしかなく、彼女にとっての御子柴も兄の友人というだけの認識のはずだ。彼女と自分の間に色恋が関わる可能性なんて、全く考えたことがなかった。でも、
「俺で、よかったら」
彼女と共に歩く光景は、悪くないかもしれないと思ってしまった。
御子柴の袖を握る力が強まる。
「よろしくお願いします、実琴さん」
「ああいや、こちらこそ」
見上げてくる瞳が少し嬉しそうに見えて、御子柴は口元を緩めた。
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update 2015/7/12