奇妙な婚礼 | Of Course!!

奇妙な婚礼

 一組の男女が夫婦となることが決まった。新郎は近ごろ勢力を増してきた武家の嫡子、新婦は広い荘園を持つが以前の勢いが見られなくなってきた貴族の娘だ。このご時世に家同士の都合による結婚など珍しくないが、今回の縁組は奇妙である。なぜなら、戦になった時、ひいては戦で男が命を落とした場合のことを考えれば、武家の嫁は同じ武家の娘がいいからだ。公家と繋がりを持つために武家の娘を公家へ嫁がせることはあるが、その逆は滅多に見られない。だが、この縁組のおかしなところはそこだけではなかった。

「鹿島の家に、姫は一人しかいなかったはずだが」

 髭をたくわえた顎を擦りながら、初老の男が眉をひそめる。

「おっしゃる通り、鹿島の家は男女ひとりずつの兄妹です。姫は坊ちゃんとは少し歳が離れていたはず。しかし、今回の相手は」

 若い男の言葉に、場の者達が顔を見合わせた。初老の男と同じく顔をしかめ、互いに目配せをする。今ここにいる者達は皆、同じことを考えていた。だが、自分からは言いづらい。誰かが口にしてくれないだろうか。そんなことを全員が思い始めた時、障子に人影が映った。

「父上」

 全員の視線が声の方へ集まる。

「政行か。入れ」

 初老の男が答えると、障子が開いた。正座した青年――政行が姿を現し、頭を下げる。

「失礼します」

 政行は立ち上がり、部屋に入った。初老の男の正面に腰を下ろし、再び正座する。

「ちょうどいいところに来た。政行、おまえの相手なんだが」

「父上のおっしゃりたいことは心得ております。私のわがままを受け入れ縁談をまとめていただいたことは、いくら感謝しても足りません。このご恩は一生」

「いや、それは大袈裟だ」

 また頭を垂れようとした政行を、初老の男が制する。

「面を上げよ。私とて鬼ではない。やはり、おまえが望む相手と一緒になれるのに越したことはないからな。だが政行、おまえはなぜあの姫のことを」

 初老の男を見ながら、政行が何かを考える。場にいる全ての者に目線を投げかけられながら、彼が口を開いた。

「それは、またの機会に。いつかしかるべき時が来るでしょう」

「そ、そうか」

 納得いかない様子の初老の男に、政行が微笑む。

「明日が楽しみですね。それでは、私はこれで」

 腰を上げた政行が、初老の男に背を向けた。

「待て政行。一つだけ聞かせてくれ。おまえは、なぜそこまであの姫を望むのだ」

 政行は目だけ後ろに向けて、前を見た。身体ごと振り返り、柔らかく笑う。

「申し訳ありません。例え父上が相手でも、それだけは申し上げられません」

 一礼し、政行が部屋を後にする。その姿を見送った者達は、疑念を深めた表情で互いに顔を合わせた。

 

 

 太陽が眩く輝く。めでたき日にふさわしく、今日は雲ひとつない快晴だ。柔らかく人々を照らす日差しの下で、若い二人が祝言を挙げていた。

 酒が注がれたさかずきに口をつける新婦を、政行が横目で見る。彼女を間近で見たのはこれが初めてだが、今まで見たどんな女性よりも端正な顔立ちだ。記憶していた通り、むしろそれ以上に美しく艶やかな横顔に、政行の目は釘づけになった。

「坊ちゃん」

 昔から家に仕える女中が、困ったように政行を見る。女中に向き直り酒を受ける政行を、新婦が僅かに見た。

 祝言は一見すると、つつがなく進んでいる。だがやはり、政行の親類が新婦を見る目は不信感に満ちている。彼女もそれが分からないはずがないし、胸の中は不安でいっぱいだろう。しかし、それでもいい。例え家の中が彼女にとって敵だらけだとしても、自分が守る。とにかく、彼女が手に入ったという事実が政行にとって重要だった。

 無事に祝言も終わり、夜が更ける。政行と新婦が共に閨へ入るが、見つめてくる彼女の表情は硬い。無理もないだろう。彼女は確実に、男を知らない生娘なのだ。

「あの、呼び方」

「ん? 何でもいいぞ」

「政行さん、って呼ばない方がいいですよね。私達はどのようなお方も誰々さんとお呼びしますが、武家はそうではないでしょう」

「確かに、何かすげぇ親しげに聞こえるなそれ。別に俺はそれでも構わねぇけど、周りからの目を考えると『おまえ様』が無難じゃねぇの? 俺の母上も、父上のことをそう呼んでる」

「おまえ様」

 彼女は呟くと、何度か瞬きした。不思議そうに小首を傾げ、同じ言葉を数回くり返す。

「初めて聞く言葉なので、慣れるまで時間がかかるかもしれませんが努力します」

「お、おぅ。別にそんな気張らなくてもいいけどな」

「いえ、そうもいきません。私はこの家に嫁いだ身です。郷に入っては郷に従え。一日でも早く武家の生活になじみ、おまえ様の助けとなりますよう努めます」

 両手を身体の前についた彼女が頭を下げる。背筋の伸びた綺麗な礼に見惚れていると、彼女が顔を上げて政行を見た。

「恐らく今後、長い付き合いになると思います。ですので、互いにわだかまりは作りたくありません」

「そうだな」

「それにあたって、おまえ様にお尋ねしたいことがあります」

「分かってるよ」

 距離を詰めると、彼女の肩が僅かに跳ねる。右手で彼女の頬に触れ、顔を近づけた。

「鹿島遊輔という名の男として通ってるおまえが、本当は女だと何で知ってるかってことだろ? 鹿島遊」

 彼女――遊が眉をひそめる。互いの息がかかる距離で見つめる彼女の顔は、やはりとても麗しい。

「もう、鹿島ではありません」

「そうだ、うちに嫁に来たんだもんな。じゃあ堀遊か。語呂わるいな」

「語呂なんてどうでもいいです。答えてください」

 不満そうな表情の遊に、政行が笑みを漏らす。男として育ってきただけあって、公家の姫にしては勝ち気なようだ。

「おまえが無防備すぎるんだよ」

「……どういう意味ですか」

「おまえさ、前に山の中で水浴びしてたことねぇか?」

 遊が目を丸くする。彼女は眉を寄せ、目を閉じて考え込んだ。

「あります、ね。おもうさんと鷹狩りに行った時だったかな」

「俺たまたま近くを通ってて、おまえが見えたんだ。その時に見たおまえの身体が、その、胸はないようだけど、明らかに男の身体と違ってたから」

 口を大きく開けて呆けた遊に、政行はまた笑った。

「言っとくけど、本当に偶然だからな。木の枝に男物の着物が干してあるのに、わざわざ覗く気になるわけねぇだろ。でもおまえの姿はどう見ても綺麗な女だったから、びっくりしたよ」

「えっ? き、きれ」

 遊が耳まで真っ赤になる。うぶな反応に気をよくした政行は、滑らかな額に口付けた。

「ちょっ、今、何を」

「おまえが女だと知ってた理由、俺は言ったぞ。わだかまりを作りたくないなら、おまえも言えよ。何で男だと名乗っていたのか」

「えっ!?」

 遊の顔を覗き込むと、目を逸らされる。

「何だよおまえ。人には言わせといて自分は言いたくないのか?」

「いえ、その、そういうわけじゃないんです。でも、理由が何とも情けなくて言いづらいというか」

「情けない?」

 遊から身体を離し、距離を取る。まだ赤い顔の彼女を見ると、また目線を逸らした。

「私が生まれた時、最初の子ということもあって、おもうさんはとても喜んだそうなんです」

「ああ、それは分かる」

「それで、女児なら天皇家に嫁として差し出そうって最初は考えてたのが、惜しくなってしまったらしくて」

「……まさか、それで」

「はい。男として、育てることに」

 恥ずかしそうに俯いた遊に言葉を失う。自分が彼女の立場でも、こんな理由を他人には話したくない。それでも正直に教えてくれた彼女は素直な心根なのだろう。

 政行は頭を掻き、肩をすくめる。

「公家でも何でも、親馬鹿っているんだな」

「そりゃいますよ」

 大きく溜息を吐いた遊が頭を抱えた。彼女は一体これまでに、なんど父親に悩まされたのだろうか。

「それにしても、おまえ様も物好きですよね。いくら私が女だと確信してたとしても表向きは男だし、そもそも公家から武家への嫁入り自体あまり聞かないし!」

「ああ、自分でもそう思う。でも、どうしてもおまえが欲しかったんだ」

 遊が再び頬を染める。彼女は分かりやすくておもしろい。

「こんな鹿島側の得ばかり大きな縁談、よく押し通せましたね」

「そうだな。これから先、父上には頭あがんねぇよ」

 「それより遊」と彼女に詰め寄る。後ずさろうとした遊の腰を抱き、目を合わせた。

「これでもう、わだかまりはないだろ」

「そう、ですね」

「だから、分かるよな。今は結婚初夜、床入りの時だぞ」

「……はい」

 遊の手が、政行の背中に回ってくる。着物を掴まれるのと同時に、両手で彼女を抱き留め布団に転がり込んだ。身体を動かし、遊に覆い被さった状態になる。

「優しくするから」

 不安げに揺れる遊の瞳に見上げられた。微笑んでみせると、彼女の両手で頬を包まれた。

「よろしくお願いします、おまえ様」

 

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update 2015/3/10