そして心は死んでいく | Of Course!!

そして心は死んでいく

堀ちゃんが魔術師な話です。

 

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 この世界には、魔術師と呼ばれる者達がいる。その名の通り、己の魔力をもって魔術を操る人間のことだ。魔力を持つ者が突発的に生まれることは稀で、通常は親から子へと受け継がれていく。昔から魔術師たちは、その魔力を人々のために使い、崇められてきた。むしろ常人では敵わない強大な力を持つ彼らにとって、人々に尽くすことは義務にも近かった。魔術師が欲望のままにその力を振るえば、取り返しのつかない事態を招くのは必至だからだ。人々に尽くすからこそ、魔術師は存在を許されるのだ。

 堀政行もまた、そんな魔術師の一人であった。彼にとって、自らの魔術で人々が笑顔を見せることは何物にも代えがたい喜びだ。自分が魔力を持って生まれたのは、人々の平穏を守るためであると心から信じている。自分を慕ってくれる人々は、みんな等しく大事だ。そう思っていた。

 だが、何事にも例外がある。

「せんぱーい! 堀せんぱーい」

 大きく手を振りながら、背の高い少女が駆けてくる。その姿を見た堀は小さく溜息を吐いた。

「また来たのか、鹿島」

「当たり前ですよ! 先輩に魔術を教えてもらえるまでは何度でも来ます!」

「おまえには魔力がないんだから、なに教えようがぜったい使えるわけねぇって言ってんだろうが」

「えー、練習すれば少しくらいは使えるようにならないんですか?」

「ならねぇよ」

 文句を言う少女――鹿島遊に背を向ける。何を言われようが、こんな不毛なことには付き合っていられない。

「ずるいですよね、魔術師って。生まれた時に魔力を持ってるかどうかが全てで、努力なんて入り込む余地ないんですから」

「文武両道、容姿端麗って周りから褒められまくってるくせに、更に魔術まで使えるようになりたいのかよ」

「うーん。単に魔術を使えるようになりたいというよりは、堀先輩と並びたいと言いますか、とにかくお揃いになりたくて」

「そんなくだらねぇ理由で毎日きてたのか」

「なっ、くだらなくないですよ! 私にとっては重要なんです!」

 「お願いします堀先輩!」と腕にしがみついてくる鹿島を引き離す。彼女は不満そうに堀を見て、頬を膨らませた。

「じゃあ魔術はいいので一緒に遊んでください」

「嫌だ。おまえ一人に構ってられるほど暇じゃねぇし」

「えーっ、構ってくださいよー」

「無茶いうな! あちこちから頼まれごとがあるんだ!」

 抱き付こうとしてくる鹿島を押さえつけ、走り出す。堀の名前を呼びながら追いかけてくる彼女の周りに魔術で壁を出現させると、「出してください!」と大声が聞こえた。

「しばらくしたら消えるから、それまで待っとけ」

「しばらくってどのくらいですか!? ちょっと先輩、堀先輩! 行かないでください!!」

 小さくなっていく鹿島の声を聞きながら、また走る。緩む口元を右手で隠し、堀は進み続けた。

 堀にとっての例外、それはまさしく鹿島のことだった。堀の通う学校の一年後輩である彼女には、病で倒れた彼女の父を助けてから異様に懐かれている。その好意は、幼子のように純真だ。魔術師である自分に取り入ろうとする人間も少なくない中、彼女の存在は堀にとって眩しく、ある意味では堀も彼女に救われている部分があった。魔力を持たない鹿島に魔術を授けることだけはどう足掻いても無理だが、彼女と戯れる時間を堀も密かに心待ちにしているのだ。

 いつまでもこんな日常が続けばいい。いや、続いていくはずだ。堀はそう信じていた。

 

 

 どうしてこんなことになったのだろうか。何度も考えたことをまた繰り返し、頭を抱えた。

 少し前から、町である病が流行り出した。伝染病と思われるが原因は誰にも分からず、次々に人々が倒れ、熱に浮かされながら命を落としていった。医者も魔術師も考えうる限りの対処を施し、僅かでも人々の病状を和らげようとするが叶わず、時間だけが過ぎていく。そんな状況で医師まで倒れ、生まれ持った魔力のために病への抵抗力が強い魔術師だけが残った。

 そんな状況下では鹿島もやはり病の波に抗えず、病床に伏している。堀は彼女に様々な魔術を試したが、一向に病状は回復しない。治癒の魔術は全て使った。薬草を煎じて飲ませてみたり、念のため呪術祓いも行ったりしたが快方へは向かわなかった。このままでは、鹿島の命も尽きてしまう。堀の胸に、ただ焦燥が募っていった。

 鹿島だけでも助けたい。例え他の人間がみんな助からなかったとしても、彼女だけは失いたくない。そう願ってしまった。魔術で人々を救うことを義務とし、その力がある己を誇りに思ってすらいた彼が、大切な少女と他の全てを天秤にかけたのだ。

 鹿島の細い手を握る。高熱に苦しみ、荒い息を吐く彼女を、自分は見ているだけしかできない。

「せん、ぱい……どうした、んですか? 暗い顔、してますよ」

「俺のことは気にするな。しゃべらなくていい。おまえは大人しく寝てろ」

 頭を撫でると、鹿島が心地よさそうに目を閉じた。こんな時でもあどけない表情を浮かべる彼女に、泣きたくなってくる。どうしてこんな時に限って、自分は無力なのだろうか。ただ彼女を救いたいだけなのに。

 こうなったら、手段は選んでいられない。どれだけのものを犠牲にしようが、彼女を救ってみせる。どうせ町の人間はほとんど病に倒れ、まともに動けるのは堀くらいだ。何を恐れることがあるというのだ。

 そう決意した堀の脳裏に、一つの魔術が浮かんだ。理論は継承され続けているが、倫理的に問題があるため、何百年も使われていない秘術。あの術を使えば、鹿島を救うことも可能かもしれない。だがそれには、必要なものがある。

 外に出た堀は、誰もいない道を歩き出した。病が流行るまでは活気にあふれ、いつでも人々の笑顔が見られたこの町も、今ではすっかり寂れている。生きている人間が残っている家を探すのが困難なくらいだ。この状況では、必要なものを見つけるのも難しいだろう。それでも、もはや他に方法はない。

 しばらく道を歩いていると、町外れの森に辿り着いた。この森も人の手が入っており多少なりとも住人がいたが、それも既に病の餌食になっていることだろう。もう少し町から離れた場所まで出た方がいいかもしれない。そう思った瞬間、痩せこけた子どもと目が合った。子どもは警戒しながら堀を見上げてきている。

「……魔術師さん?」

「おまえ、こんなとこで何してるんだ」

「えっ、と。町に、行こうと思ってたの。お父さんもお母さんも熱がすごくて、ぜんぜん下がらなくて、だから」

「父ちゃんと母ちゃんが病気? おまえは、平気そうだな」

 子どもが頷く。恐らくこの子の両親も、例の流行病だろう。好都合だ。

「医者を呼んだ方がいいだろうな。俺さ、少し遠出しててちょうど町に戻るところだったんだ。一緒に行くか?」

 微笑みかけると、子どもが明るい表情で近づいてくる。魔術師という立場は、こういうとき便利だ。

「悪いな」

 目の前に来た子どもに魔術をかける。気絶したその子を抱えると、町へ引き返していった。こんなに早く準備が整うとは思わなかったが、もうすぐだ。もうすぐ、以前のように明るく笑う彼女に会える。

 鹿島の家に足を踏み入れ、ゆっくりと彼女の部屋に入る。彼女のベッドと平行に子どもを横たえた堀は、呪文を唱え始めた。元は呪術を祓うために編み出された禁断の秘術。健康な肉体に呪術や病気を転嫁する、誰かの犠牲を前提とした邪法。人のために力を使うべき魔術師が越えてはならない一線だが、鹿島が助かるのであればどうでもいい。彼女を失うこと以上に、怖いことなどないのだから。

 

 

 鹿島が目を覚ます。呆けていた彼女は、やがて飛び起きた。あんなに熱っぽくて身動きもできなかったのに、やけに身体が軽い。

「起きたか、鹿島」

 声の方を向くと、優しく微笑む堀がいた。口を開く前に、堀に抱き締められる。

「体調は問題なさそうだな。よかった、一時はどうなることかと」

「……もしかして、先輩が治してくれたんですか?」

 きっとそうに違いない。あれだけ手段を講じても対抗できなかった病を治癒する方法を、堀が見つけたのだ。

「やっぱり先輩はすごいですね! 改めて尊敬しちゃいま」

「鹿島」

 抱きしめる腕の力が強まる。堀の声はとても甘く柔らかい。だが、違和感がある。

「せん、ぱい? どうしたんですか?」

「鹿島。もうこの町は駄目だ。俺達しか残っていない。でも、問題ねぇよな。俺とおまえさえいれば」

 彼は何を言っているのだろうか。何が問題ないというのだ。

「先輩。私のこと、どうやって治したんですか」

「知ってどうするんだよ」

「だって、気になるじゃないですか」

 鼓動が速まっていく。本当に彼は、自分の知る堀政行なのだろうか。

 堀が僅かに身体を離す。顔を覗き込んできた彼の瞳は、暗く濁っていた。

「知らなくていい。おまえは、何も」

 鹿島は初めて、堀を怖いと思った。こんな彼は知らない、見たことがない。

 顔を寄せられ、唇を重ねられる。背中に回された手の力が強まった。よき魔術師としての堀を殺したのは、きっと自分なのだ。唐突にそう理解した鹿島は、彼を抱き返しながら涙を滲ませた。

 

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update 2015/2/14