それはとても愛しかった | Of Course!!

それはとても愛しかった

ケネス視点での続きです。

 

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 ソファに転がった状態で、ケネスが部屋の入り口を見る。先ほど出ていったギャスパーを思い出し、肩をすくめた。少しずつ身体を起こし、またそこへ目を向ける。

 意地の悪いことをした、とは思う。ギャスパーがケネスを求めていることは、分かっていた。そして彼は、ケネスが買われた身だという理由だけで自分の傍にいると考えている。そう思い込んで信じきっている辺り、彼はやはりどうしようもない馬鹿だ。それだけの理由で、怪人との戦いに付き合ってやるほど酔狂なつもりはない。

 あのまま抱かれてもよかった。力ずくで組み敷かれて、犯されてもよかった。例え心を伴ってなくても、触れてくれるならそれで構わなかった。そうしてくれたら、何度でも彼を求めてすがりついたのに。

 ケネスは、いつからかギャスパーを愛するようになっていた。いつその思いを自覚したのか、自分でも分からない。気がつけば、それが自分の一部になっていた。いつか神都を去るであろう相手に、恋をしても仕方がない。そう思うのに、捨てられない。

 自分の肩に手を滑らせる。押さえつけてきた手の感触を思い返し、目を閉じた。

 ギャスパーにとって自分は恐らく、情欲の対象ではない。彼がケネスを必要としているのは事実だが、ケネスが抱く欲望の混ざった恋愛感情とは、また別のものだと思う。例えるなら、親の愛を求めて縋る子どもだろうか。彼の心は、『ギャスパー』として独立できていない。『ギャスパー』を支えて一緒に形作る存在を求めていて、それがケネスだと認識している。とはいえ、普通の子どもは親を繋ぎとめる方法として、セックスなど選ばない。親のような存在とは、やはり違うのかもしれない。

「なあギャス。少しはうぬぼれてもいいのか?」

 自分を抱くことを考えられる程度には、自分と同じ気持ちを持ってくれている。そう思っていいのだろうか。

 出ていく直前の、ギャスパーの顔が頭に浮かぶ。ケネスにとって自分はなんでもない存在だと確信して、絶望した表情。内心いらだっていたとはいえ、やりすぎたかもしれない。仕事を投げ出すようなことはしないだろうから、戻ってこないということはないはずだ。だが戻ってきた時の彼は、どんな顔をしているのだろう。

 視線を電話機に向ける。今これが鳴れば、対応できるのは自分だけだ。その事実が、ケネスをこの場に留まらせる。電話というのは便利だが、厄介なものだ。

 小さな足音が近づいてくる。出入口の扉が開いて、ちゆうが顔を覗かせた。

「ただいま戻りましたー。ってなんや、ケネはんだけかいな」

「ああ、ギャスならさっき出かけたぜ。少し外を歩いてくるって。たまには意味もなく歩き回りたい時でもあるのかもな」

「気分転換やろか? 言うてくれたらウチがなんぼでも付き合うっちゅーねん」

「出かける時いなかったやつに言いようがないだろ」

 ケネスが立ち上がる。

「まあでも、ちょうどよかった。電話番たのむ」

 ちゆうが眉を寄せた。

「また競馬かいな。懲りんやっちゃな」

「やらないと強くなんねえだろ」

 口角を上げて、ケネスが鞄を手に取る。少し考えて、カメラを首から下げた。

「カメラなんてどこで使うねん」

「さあな。使うかもしれないし、使わないかもしれない。いちおう持っとく」

 ケネスが出入口の扉を開く。

「じゃあ頼んだぜ、ちゆう」

 不満げなちゆうに背中を向け、外に出た。周囲を見回して、肩をすくめる。カメラをひと撫でして、適当な方向に歩き出した。

 足を進めながら、ケネスが思考する。心のどこかで自覚していたが、見ないふりをしていた気持ちが頭を占めてきた。自分だけが相手を求めていると信じているギャスパーが馬鹿なら、そんな彼に思いを伝えない自分も馬鹿だ。言わずに察してもらおうなんて、虫がよすぎる。結局のところ自分は、怖かっただけだ。ギャスパーはきっといつか、神都からいなくなる。その時に、少しでも傷つきたくない。だから、自分から踏み出す勇気がなかっただけだ。

 しかしそれはそれとして、やはりギャスパーもどうなのだろう。命の危険がある戦いに、買われたからというだけで付き合うほど、ケネスの忠誠心が高いと思っているのか。自分はそんな奴隷根性の持ち主になった覚えはない。ケネスを必要としている割に、ケネスのことを見誤っている。だがそれも、自分が思いを明かさないせいなのかもしれない。

 風が吹いて、ケネスのネクタイを揺らす。青いそれに、ギャスパーの瞳を思い出した。あの海のような瞳に自分が映り、自分の目に彼の姿を映すたびに、嬉しくなる。そんな感情を自分が抱くようになるなんて、彼と出会うまで想像もしていなかった。

 ギャスパーの絶望した顔が、また脳裏に浮かぶ。恋した相手に、あんな顔をさせてしまった。彼がどんな反応をするか、予測がついていなかったわけじゃないのに。自分の臆病さを棚に上げて、気づいてもらえないことに腹を立てて、八つ当たりをした。

 ケネスの目が、一つの背中を捉える。ゆっくり歩く姿は、どこかおぼつかない。

「ギャス!」

 彼がびくついた。立ち止まり、少しずつ振り返る。

「ケネ、ス」

 怯えるように、彼が目を向けてくる。そんな彼に、歩み寄った。

「こんなところで油を売ってていいんですか? 社主さま」

 彼を見上げ、口角を上げる。

「いい場所がある。行きましょう」

 ギャスパーがうなずいた。彼の腕を掴んで、足を進めていく。そのあいだ、彼は連れられるままだ。振りほどこうと思えば、そうできるだろうに。

 薄暗い路地裏で、ケネスが立ち止まる。

「ここはあまり人が来ない場所だ。絶対とは言わないけどな」

 ケネスが振り返った。ギャスパーの頭を抱き寄せ、笑う。

「さっきはよくも逃げたな、お前」

 ギャスパーの身体が震えた。身をよじった彼の頭を抱き留め、顔を覗き込む。海のような瞳が、わなないている。

「なぜ追ってきた。私は、お前を」

「本当にヤってくれてもよかったんだぜ、俺は」

 ギャスパーが目を丸くした。

「それは、どういう」

「もう、逃げるのはやめだ」

 ギャスパーを離したケネスが、背筋を伸ばす。ギャスパーの瞳を、そこに映る自分を見つめた。

 ケネスの唇が動き、言葉を発する。目を見張ったまま固まるギャスパーに、笑ってみせた。

「ちゃんと聞いてたか、ギャス。二度は言わないぜ」

 ギャスパーが何度かまばたきして、ケネスに視線を返す。

「本当に?」

「信用ねえな。俺だって本音を言う時くらいある」

「こんなの、都合がよすぎる」

 ケネスが口の端を釣り上げた。

「さあ、俺は賽を投げたぜ。お前は?」

 ギャスパーが肩をすくめる。彼から告げられた内容に、ケネスが表情を緩めた。それを見たギャスパーもはにかむ。ケネスが、首から提げていたカメラのシャッターを切った

「ケネス?」

 いたずらが成功した子どものように、ケネスが笑う。

「帰ろうぜ。いま撮った写真、現像したいし」

「私としては、現像されなくても構わないがな」

「そうですか。いいやつ撮れたと思うんだけどな」

 ケネスが楽しげに歩き出す。小さな笑い声が、後ろから聞こえた。後を追ってきた彼が、ケネスの隣に並ぶ。

「ところで、いま会社に誰かいるのか?」

「ちゆうが帰ってきたから、電話番まかせてきた。もしかしたらヴィッキーか今久留主あたりも来てるかもな」

「ヴィッキーは撮影があるはずだ。この時間には来ないだろう」

「そういやそうだったな。じゃあ来てるとしたら今久留主か。黒猫がいたらおもしろいんだけどな」

「どうだろうな。神出鬼没なやつだし、当たり前のような顔でデスクにいてもおかしくはない」

 たわいもない話をしながら、胸の奥につっかえていたものが取れたのを、ケネスは感じていた。ギャスパーも同じように、晴れ晴れとした顔をしている。

 彼に視線を向けると、海のような瞳に自分が映る。自分の目にも彼が映っているのを思いながら、ケネスが満面の笑みを浮かべた。

 

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update 2020/4/18