月と笑顔
エンドレスエイトな二人の話です。
孤島とEEのあいだに出会ってるという設定で書いています。
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「生徒会長になってください。世界のために」
初めてその言葉を聞いた時、こいつは頭がおかしいんじゃないかと思った。
それでもこの申し出を受けてしまった時点で、既に俺もおかしくなっていたのかもしれない。
「まだ宿題を終えていないんですか? これから生徒会長を目指そうという人が、聞いてあきれますね」
俺の鞄から数学の問題集を取り出し、流し見ながら古泉は呟いた。
「三分の一しか宿題を終えてない奴に言われたくはねえな」
「失礼ですね。今は八分の三くらい終わっていますよ」
「大して違わねえだろ。二分の一以上終えてから口出ししろ」
古泉は、問題集を閉じて俺を見る。微笑んで、俺の前にそれを置いた。
「あなたには、これから覚えていただくことが山ほどあります。宿題を早めに終わらせておくなんて、まだ序の口ですよ?」
「分かってる」
煙草に火をつけ、咥える。古泉は不思議そうに煙草を見つめ、
「煙草、変えましたか?」
「変えてねえよ。前からこれだ。お前と初めて会った時にも、これを吸っていただろ」
「そう、でしたね。不思議と、あなたがそれを吸っていることに違和感を覚えてしまったのですが、なぜでしょうか。すみません、変なことを言って」
全くだ。
「八月の最後の二週間がループしている?」
非常識にも夜の二時に訪ねてきた古泉は、俺の言葉にゆっくりと頷いた。
「あなたと初めてお会いした少し後から、ずっと繰り返しているようなんです。長門さんによると、既に千回以上は繰り返しているようで」
古泉は俯いていて、俺からは表情が見えない。だが少なくとも、初めて会った時のような余裕は全く感じられなかった。
「――嫌です」
古泉が膝の上で拳を握る。身体を震わせながら、
「あなたと出会って、こうして過ごしてきた時間がなかったことになるなんて、嫌です」
古泉の背中に、腕を回す。そいつを抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。
「俺も、そう思ってる」
それから後、俺達がどうなったかは、もう思い出せない。
「おや、もう宿題を終えているんですね。感心なことです」
「偉そうなこと言いやがって。お前の方が年下だろ。年上を敬う気がないのか」
「そんなつもりはありませんが。しかし、あなたにはこれからもっと、生徒会長としてふさわしい振る舞いを」
「もういい、分かった」
煙草を灰皿に押し付け、揉み消す。古泉は俺の手元を見て、満足そうに頷いた。
「その箱、あなたに似合いますね」
「初対面から一週間くらいしか経ってない奴が何を言ってるんだ。まあ確かに、これの方がしっくりくるが」
「そうですか」
微笑む古泉は、なぜか嬉しそうだ。
「何だ、その反応は。大体、俺がそう思うのはともかく、お前からすれば初対面の時に吸ってたやつの方がイメージに残っていそうなもんだが」
「確かにそうですね。なぜでしょう」
「全く不思議がってないくせに、よく言うぜ」
初めて会った時からそうだが、変な奴だ。それでも、こいつと過ごす時間は満更じゃないと思っている自分がいる。どういうことなのやら。
「あなたの夏休み最終日を、僕にください」
八月三十一日、朝七時に訪ねてきた古泉は、開口一番そう言った。
「いきなり何を言い出すんだ、お前は」
「もっと分かりやすく言いましょう。僕と一緒に出掛けてほしいんです」
楽しそうに、古泉が笑う。
「つまりそれは、デートの誘いか?」
「あなたがそう思うなら、それでいいですよ」
「いいのかよ」
苦笑した俺の手を、古泉が握ってきた。
「では、行きましょうか」
古泉に手を引かれるまま、家を出る。どこに行くのか訊いた俺に、古泉は考え込んだ。
「あなたとやりたいことは決めているのですが、夜にならないとできないこともありますし……最初はどこにしましょうか」
「どこにしましょうか、じゃない。先に決めておけ」
「うん、まあいいでしょうあそこで」
一人で納得して頷いた古泉が最初に向かったのは、近くのバッティングセンターだった。
「あまりやらないんだけどな、こういうの」
「たまにはいいじゃないですか」
古泉は次々と球を打ち返していく。涼しい顔でこなしやがって。
「あなたの腕前も見せてくださいよ」
「簡単に言うなよ」
バッティングマシンが時速百二十キロの球を放ってくる。それは俺が振ったバットに当たり、ホームランと書かれたボードに当たった。
「お上手じゃないですか」
「まぐれだ」
十二時過ぎまでバッティングをした後、ファストフード店に移動した俺達は、向き合ってハンバーガーを食っていた。
「お前もハンバーガーとか食うんだな」
「食べますよ、それくらい」
「次はどこに行くんだ」
「そうですね。あなたと行きたいのは他に、映画とボウリングとカラオケです。ああでも夜には、天体観測と花火を」
「全部こなせるわけないだろ」
何を考えてるんだこいつは。というか、何を思ってそういうチョイスをしたんだ。
古泉は俺の考えていることを見透かしたように笑い、
「実は全部、夏休み中にSOS団の皆さんとやったことなんです。すごく楽しかったのですが、あなたもいてくださったら、と思わずにはいられなくて」
「いや、その中に俺がいたら変だろ。大体、俺とお前は会って二週間ちょっとしか経ってないのに、どうしてそう思うんだ」
古泉は持っていたコーラを飲み干し、トレイの上に置いた。
「そうですよね。すみません、変なことを言って」
今と同じようなことを言って苦笑する古泉を、前にも見た気がする。気がするだけだが。
ハンバーガーの包み紙を丸めてトレイへ投げた俺は、ポテトに手を伸ばす。三本ほど手に取って同時に食い、
「あと、映画とボウリングとカラオケだったか? これだけで夜まで潰れそうだな。映画は野郎二人で観るのもどうかと思うし、なしでいいだろ」
「そうですね」
「残りも二人でやるには微妙だな。おまけに両方やろうと思ったら、そんなに時間も取れない」
「もうお昼を過ぎていますからね」
少しずつチキンナゲットを口にして、古泉がゆっくり頷く。
「いきなり元気をなくすな」
「そう、見えますか?」
「調子狂うな、まったく」
そんな会話をしながら完食した俺達は結局、ボウリングとカラオケの両方に行った。ボウリングはともかく、カラオケで古泉がなぜかラブソングを何曲も入れた上に、それを俺に歌わせてきやがったことは一生忘れないだろうな。嬉しそうに聴き入る古泉の笑顔も、そんな古泉を抱き締めたくなった気持ちも、全部。
「おい、もう十時だぞ。調子に乗ってボウリングを二ゲームした上に、カラオケ延長なんてやるから」
「そうですね。天体観測と花火の、両方を行うのは難しいかもしれません」
「かもしれないじゃなくて、普通に難しいだろ」
俺の家に二人で向かいながら、古泉は空を見上げた。「月が綺麗ですね」と呟き、
「やっぱり、花火だけにしましょうか」
振り返って微笑んだ古泉は、月よりずっと綺麗だった。
「さすが、次期生徒会長候補になろうという方は違いますね」
古泉は嬉しそうに笑い、俺の問題集を見ている。
「半分以上残っていた宿題を、たった二日で終えてしまうとは」
「お前な。そんなことを言ってる暇があったら、自分の宿題をどうにかしろ。まだ四分の一しか終わってないだろ」
「今は三分の一になりましたよ」
「それでも半分未満じゃねえか」
問題集を閉じた古泉は、俺を見て首を傾げた。
「煙草、変えましたか? それを吸っているのは初めて見た気がしますが」
「ああ。どうにも吸いたくて仕方がないと思って近くの自販機に行ったら、いつものが売り切れてたんだ。他のとこに行くのも面倒だったから、要は緊急措置だ」
「持ってないですよね、あれ」
古泉がカード状のものを振るような動作を見せる。
「なくても買える自販機だって、探せばあるんだよ」
「そうなんですか。煙草は買わないので知りませんでした」
「買わなくても、煙草の自販機を見かけることくらいあるだろ」
俺が吐き出す煙を、古泉が興味深そうに見つめている。
「何だ、吸ってみたいのか?」
「そうではありません。ただ、あなたが煙草を吸う姿は様になると思いまして」
「何だそれ」
男にそんな褒め方をされても嬉しくない……と言いたいところだが、こいつに褒められるのは悪くないかもな。
「夏休みのラスト二週間が、延々とループしているんです」
古泉の言葉に、俺は溜息を吐いた。
「初対面の時からおかしい奴だとは思っていたが、そこまで来たかお前」
「信じられないのも無理はありません。しかし、これは真面目な話です。……僕だって、さすがにそんなことが起こるとは思っていませんでした」
そう呟く古泉は、見るからに疲れた様子だった。今の話が本当なら、多分こいつは、ループから脱出しようと様々なことを試したんだろう。
「吸うか?」
俺が差し出した煙草を五秒ほど見つめ、古泉は首を横に振った。
「それでこの状況をどうにかできるのなら、喜んで吸いますが」
「まあ、無理だろうな」
一本取り出して咥え、先端に火を点ける。煙を吐き出し、
「どれくらい繰り返してるのかっていうのは、分かるのか」
「長門さんによれば、確か一万……もういいや」
「挫折早いな」
「何だか面倒になってきました。ループを止められない可能性も高そうな気がしますし」
古泉は視線だけ動かし、俺が吐く煙を見ている。
「あなたと一緒に、月を見たことがある気がします」
いきなり何を言い出すんだ、こいつは。
「そんなことあったか? 記憶にないぞ」
「そうですね。そんなことはなかったと、僕も思っています。なのに、あなたと見た月がとても綺麗だったような、そんな気がして仕方がないんです」
「それは、告白のつもりか?」
煙草を灰皿に押し付け、古泉を見る。少し頭を動かした古泉と、目が合った。
「『あなたといると、月が綺麗ですね』でしたっけ。もしそうだとしたら、どうするのですか。どうにかなると思うのですか」
「無事に九月を迎えられたら、どうにかなれるんじゃないか」
古泉が俺を見つめる。見つめ返してやると、目を逸らしやがった。
「僕と、どうにかなる気があるのですか?」
「お前こそ、俺とどうにかなってもいいと思うのか?」
俺を睨み、古泉が姿勢を正す。
「九月になったら答えます」
「じゃあ俺の答えも、九月になってからだ」
古泉は「そうですか」と小さく答え、立ち上がった。
「帰ります」
「そうか」
玄関まで、古泉の後ろをついて歩いていく。古泉は靴を履いてドアを開けた後に振り返り、
「また、九月に会いましょう」
綺麗な笑顔でそう言って、ドアを閉めた。
「ああ。九月にな」
古泉がこちらに歩いてくる。俺に気づいた瞬間、そいつは目を丸くした。
「よう、古泉。遅かったじゃねえか」
「僕の家、教えましたっけ?」
古泉が眉を寄せる。こいつが疑問に思う通り、古泉の住所を直接聞いた記憶はない。だが、
「何となくここだって気がして来てみたら、奇跡的にも合ってたってわけだ」
「どういうわけですか。……もしかして、あなたを家に招いたシークエンスでもあったのでしょうか」
「さあな。そんなことはどうでもいい。それより」
古泉に歩み寄り、顔を覗き込む。古泉は息を呑んで俺を見た。
「顔が、近くないですか」
「別にいいだろ。それより、答えをくれ。九月になったんだからな」
視線を逸らした古泉が、「ああ、あれですか」と呟く。再び俺へ目を向け、
「先に入りませんか? こんなところでする話でもないでしょう」
まあ確かに、立ち話で済ます用件でもないか。
「ああ、分かった。古泉の部屋か。楽しみだな」
「そうですか? 大したものはありませんよ」
鍵を開ける古泉の横顔は、嬉しそうに笑っている。扉を押し、「どうぞ」とこちらを向いた。俺が玄関に入り、靴を脱ぎ出したところで、古泉も入り扉を閉めた。
これから俺達の間に何があるか、楽しみで仕方ないなんて、こいつと出会う前の俺からすれば考えもつかないことだ。でも仮に、こいつと出会ってからおかしくなってしまったのだとしても、別に構わない。靴を脱ぎ終えた古泉が俺に向けた笑顔を見ていると、そう思う。
「今夜はきっと、月が綺麗ですよ。一緒に見ませんか?」
「ああ、そうだな」
その時には、月の何倍も綺麗な笑顔で答えを言ってくれよ。俺も精一杯の笑顔で応じてやるから。それまでは、すぐにでも伝えたくて仕方がない気持ちを抑えておくか。
だから、ちゃんと言えよ。俺が好きだって。
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update 2013/1/13