副官の初恋 | Of Course!!

副官の初恋

 オレの隣にいるミカサさんが、身体を捩る。布団を深く被った彼女を抱きしめると、安心したように息を吐いた。

「あたたかい」

 無邪気に笑う彼女に微笑み返して、額に口づけする。

「ミカサさん、好きです」

「私も、好き」

 唇を重ねて、また二人で笑い合った。

「ねえ、エレン。前から訊きたいと思っていたのだが」

「何ですか?」

「エレンは子どもの頃、シガンシナでどうやって過ごしていたの?」

「子どもの頃、ですか?」

 ミカサさんが楽しそうに頷く。かわいい。

「別に、普通ですよ。両親と三人で暮らして、たまにアルミンと一緒に遊んでって感じです。アルミンのじいちゃんが外の世界について書かれた禁書を持ってて、二人でこっそり読んだりしてました」

「そう。エレンが外の世界に興味を持ったのは、それがきっかけ?」

「はい。あの頃のオレにとって、調査兵団は英雄でした。犠牲を出しながらも、何度も壁の外へ向かっていく調査兵団に憧れていました」

 そして実際に調査兵団に入って、今に至るわけだ。あの頃の夢は、ミカサさんと出会ってから少し形を変えたものの、外の世界への憧れは少しも薄れてはいない。

「具体的に、外の世界に憧れだしたのはいつ頃のことなの?」

「そうですね。大体、十歳くらいの時だったと思います」

「ということは、十年前だ。その頃、私はもう、調査兵団に入っている」

「あっ、本当ですね」

 調査兵団は壁外との行き来をする時に、シガンシナを通る。オレもガキの頃、何度も調査兵団の隊列を目にしたものだ。

「それって、オレがシガンシナで見た調査兵団の列の中に、ミカサさんもいたってことですよね」

「いた、と思う。だがあの頃の私は、壁外調査の前後は気が立っていたので、あまり道中のことは覚えていない」

「そう、ですか」

 オレも、あの頃にミカサさんを見た記憶はない。周りの人間とは違う顔立ちで目立つ人だから、見たことがあるなら、覚えていないわけはないと思うんだけどな。

「まあ、十年も前のことだから、そんなものだろう。それより、そろそろ寝よう。明日も早い」

「そうですね。お休みなさい、ミカサさん」

「うん、お休みなさい」

 目を閉じて三秒で寝息を立てだしたミカサさんを見ながら、オレも瞼を閉じた。

 

 

 街中に、門が開くことを知らせる鐘が鳴り響く。

『調査兵団が帰ってきたぞ!』

 街の人間が騒ぎ出す。声のする方へ、拾った薪を背負ったまま走って行った。しかし、既に人垣ができていて、前が全く見えない。

 近くにあった木箱に上り、人垣の向こうを覗く。そこには、暗い顔をした兵士達の行進があった。

『これだけしか帰って来れなかったのか』

『今回もひどいもんだな。本当に、税金の無駄遣いだけは上手い連中だ』

 人垣から、声が上がる。壁の外に輝くような世界があることも知らない家畜どもの鳴き声なんて、聞きたくない。

 耳を塞いだ瞬間、目の前を黒髪の兵士が通った。左腕に包帯を巻いたその人物は、俯いていて顔が見えない。背中まで届く髪を束ねているから、恐らく女性だろう。

 よく見ると、その女性兵士は布に包まれた物を、馬の首元に置いていた。それがずり落ちそうになる度に、左手を手綱から離して位置を整えている。

『ごめんなさい、班長』

 周りが騒がしいにも関わらず、女性兵士の細い声がオレの耳に届いた。そうか、彼女が持っているのが、彼女の「班長」なんだ。大きさからして、頭だろうか。

 オレは木箱から下りて、隊列の向かう方へ走り出した。このまま、彼女を見送りたくない。

 地面の上にいるオレからは、彼女の姿が見えない。それでも、オレは走り続けた。

 見物人の姿がまばらになってきた頃、再び彼女の姿を捉えた。だが、オレの体力が限界だ。息が切れて、足が動かなくなってくる。しかし、目は彼女の方へ向けていた。

 その時、彼女がこちらを振り返った。涙を浮かべながらも、不思議そうにオレを見てくる瞳に、衝撃が走る。まさか、壁外で巨人と戦う兵士に、オレと十歳も違わないであろう若い女性がいるなんて。

 まだ十代と思われるその女性兵士は、白い肌が眩しくて、見慣れない目鼻立ちをした、とても綺麗な人だった。

 

 

 ゆっくりと、目を開ける。視界に、よく知っている天井が飛び込んできた。

 そうか、今のは夢か。でもオレは、あの光景を知っている。見たことがある。

 どうして、忘れていたんだろう。五年もの間、こんなに近くにいたのに。五年前に会った時に、思い出してもおかしくなかったはずだ。あるいは、一緒に過ごしているうちに、何かの折で。

 五年どころじゃなかったんだ。もっと前にオレは彼女と出会っていて、その時から、オレは彼女に魅入られていた。ずっとオレは、彼女に焦がれていた。

 横を見ると、ミカサさんが寝息を立てている。よく見るとミカサさんは、いつの間にやらオレの腕を枕にしていた。布団から覗く白い肩が目の毒だ。

 柔らかい唇にキスをすると、ミカサさんが身じろぎする。

「ん……朝?」

「はい。おはようございます、ミカサさん」

「うん、おはよう」

 優しく微笑む彼女は、オレより七つ上と思えないくらいあどけない。それでいて、すごく綺麗だ。

「エレン、いい夢は見れた?」

「そうですね、いい夢でした。とても大事なことを思い出しました」

「どんなこと?」

 ミカサさんの髪が、オレの腕をくすぐる。それがとても、心地いい。

「オレの、大事な初恋です」

 彼女は目を丸くした後、拗ねたように頬を膨らませた。この人が焼きもちを焼くところなんて、初めて見たかもしれない。本当に、いちいちかわいい人だ。

「知りたいですか?」

「別に」

「教えてあげますよ」

「知りたくないと言っている」

 それでも、オレは言いたくてたまらない。十年も前に、オレはミカサさんに恋をしていたんだってことを。

「あれは十年前の――」

「人の話を聞いてほしい」

 この人の膨れっ面が真っ赤な照れ顔に変わるまで、そんなに時間はかからないだろう。

 

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update 2014/3/2