一番大事なもの
エレンは前世の記憶あり、ミカサはなしです。
前世ではミカサが先にいってしまって、そのせいか外の世界に対する積極性が変わった二人。このエレンはミカサが絡むと思考が若干変な方向に行きます。
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学校からの帰り道。二人で公園を歩きながら、ミカサがオレへ視線を向ける。
「ねえ、エレン。エレンは、冒険とか興味ないの? 男の子なのに」
その言葉に、オレは目を丸くした。ミカサは不思議そうに首を傾げ、
「男のロマンって言うんでしょ? そういうの」
どこで覚えたんだ、そんな言葉。
「いきなり言われてもなー、特に考えたことねえ。第一、もしもの話だが、オレがいきなり山に登りたい! とか言い出したら引くだろ、お前」
「そんなことない」
ミカサは心外だという表情で、首を左右に振る。
「エレンが見るもの、感じるものを、私もできるだけ共有したい。ので、例えばエレンがエベレストに登りたいと言えば、私も一緒に行く。別に、止めるつもりはない」
「止めろよ、そこは。エベレスト登頂なんてむちゃくちゃ危ないだろ」
「それでも進むのが男というものだと、ジャンが言っていた」
なるほど、ミカサに余計なことを吹き込んだのはジャンだったのか。あの馬面、今度会ったらただじゃおかねえ。
「エレン、何か変なことを考えてる」
「考えてねえよ」
ただ、ミカサに変なことを言う奴を駆逐してやろうかと思っただけだ。もうオレは、お前を二度と失うつもりはないんだからな。
「もしオレが行きたい場所があったら、お前ついてくるんだろ」
「……さっきそう言ったと思うけど。アルプス山脈でも、南極でも、水深三千メートルの深海でも、エレンが行きたいのなら私も一緒に行く」
「なら、オレはどこにも行かねえ」
今でも、昨日のことのように思い出せる。「オレ」を庇って、強大な存在に、目の前で「お前」が食われそうになる光景を。何とか「オレ」が反撃して、身体を食い千切られるのは免れたが、もう、「お前」は息をしていなかった。
あんなのは、もう御免だ。
「どうしてエレンがそんなことを言うのか、私にはよく分からない。もしかして、私はエレンの足枷になっている?」
「そんなんじゃねえ。これはオレの問題だ。お前は気にするな」
逆だ、ミカサ。むしろオレの方こそ、お前を自分の傍に繋ぎ止めようとしている。お前を失いたくなくて、変化を恐れている。
だって、かつてはあんなに外の世界に焦がれていたのに。やっとそこに行けた時には「お前」はいなくて、それだけで、どんなに不思議で新鮮なはずの風景も色褪せて見えたんだ。
「馬鹿みたいだとは、自分でも思うよ」
これじゃ、前と反対だ。前は、外の世界を見たがる「オレ」の身を心配して、「お前」がそんな「オレ」を止めようとしていた。なのに今度は、お前がオレに、外の世界を見たくないのかと言ってくる。そしてオレの方が、どこまでもオレについてくるだろうお前を気にして、動けない。
別に、ミカサのせいだと言うつもりはない。オレが単に、気がついただけなんだ。求めるものを手にしたとしても、そのために一番大事なものを失ってしまったら、何の意味もないってことを。
「エレンは、馬鹿じゃない」
黒い瞳が、オレを見上げてくる。
「ただ、優しいだけ」
かつてオレと同じ高さにあったミカサの目を見下ろし、「そんなのじゃない」と呟く。前は「オレ」と並んでいた頭の位置が低くなって。女とは思えないほど、逞しく鍛え抜かれた身体も細く柔らかくなって。前の「お前」ですら、「オレ」より先にいってしまったんだ。ましてや今のお前なんて、オレがちゃんと守ってやらなきゃ、すぐに折れてしまいそうなくらいか弱い存在じゃねえか。
「えれ、ん?」
ミカサの身体を引き寄せて、腕の中に抱き込んだ。もうお前が、オレを守るために強くなったりしなくてもいいような時代なんだと思うと、嬉しくもある。今度は、お前に守られるばかりのオレにならなくて済むんだな。
「お前は」
背中まで伸びるミカサの黒髪を撫でる。前もそうだったが、触り心地がよくて、綺麗な髪だ。
「オレが、お前がついてくるからどこにも行かないなんて言ったところで、黙って待ってることはしないんだろ」
「それは、当たり前」
何が当たり前なんだよ。お前の言葉は、優しくて、すごく残酷だ。また、オレにあの痛みを味わわせたいのか?
「オレは、その当たり前をずっと、当たり前のままにしときたいんだよ。分かるだろ」
抱き締める力を強めると、ミカサが頷いた。
「エレンの言いたいことは、よく分からないけど、とても分かる」
「なに言ってんだよ、お前」
ミカサの腕が、オレの背中に回る。小さな手が、オレの服を握った。
「ねえ、エレン。今度の夏は、海に行こう」
「悪くないが、危ないんじゃねえのか。波とか、結構すげえのが来るだろ。この辺りの海は」
「エレンは心配性」
「ほっとけ」
「お前」をなくす瞬間を思えば、どんなに心配してもし足りないくらいだよ。
翌日の学校では、
「おい、見たぞエレン。昨日お前、公園でミカサと抱き合ってただろ。くそ忌々し」
「ジャンか。ちょうどよかった。オレもお前に話があったんだ」
殺意を込めた微笑みをジャンに向けたオレを見て、「珍しく二人が仲良し」なんてミカサが呟いていた。と、アルミンから後で聞いた。今世のミカサは、あらゆる意味で不安になる奴だ。ますますオレが守ってやる必要がありそうだ。
ちなみに、ジャンは校舎裏でしっかりシメてやったのは言うまでもない。
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update 2013/7/12